努力だけは、勝ってると思ってた
悔しくして悔しくて、叫び出したいくらいだった。
でもそんなの、さすがにちょっとかっこ悪い。だから叫びたい気持ちを全部ぶつけるくらいに走った。
風を切って、何人もとすれ違いながら、学内を縦断するように走って、正門まで来てようやく足を止めた。
切れた息を整えながら、戻らないとと思う。まだ朝だ。戻って、授業に出ないと。
正門には、全然人がいない。もう始業時間直前だから、みんな教室にいるんだろう。急がないと間に合わなくなる。それでも戻りたくなくて、重い足を引き摺るように学園に向けて踵を返そうとした時だった。
「エリン? 何やってんだ?」
聞き慣れた声に振り返ると、レオンがいた。短い赤毛は少し乱れていて、若干汗をかいているようだ。
「レオン様……朝練、ですか?」
「まあな。普段はあんまりやらねえんだが、今日みたいな日は体を動かしたくなる」
「今日みたいな日って……」
「試験の結果が出る日」
レオンは少し照れくさそうに笑う。
「あはは、私もです。なんか、じっとしてられなくて。ここまで走ってきちゃいました。もう戻りますけど」
「なんだか、戻りたくなさそうだな」
「まあ……そりゃあ……」
あんな風に走り出しちゃった手前、戻るのはちょっと気恥ずかしい。
「結果、よくなかったのか?」
「いえ……納得いく結果でした。私の全力だったと思います。でも、なんかちょっと、悔しくて。私の……幼馴染が、五位だったんです。私は、七位で……」
私は七位で、リタは五位。他の人たちなら良かった。貴族になんて負けて当然だし、平民だって裕福な家はある。そういう人たちに負けたなら、きっとこんなには悔しくなかった。なのに、ほとんど同じような環境で育ってきたリタにだけは、負けたくなかった。
「……そいつは、悔しいな」
そう言ってくれたレオンの声には、やたらと実感がこもっているように聞こえた。
「リタが、要領がいいことは知ってました。才能だってあって、ただの街の子供で終わるような人じゃないって思ってた。いつだって私の一歩先を行ってた。でも……努力だけは、勝ってると思ってたのに……!」
こうして話している間にも、時間は過ぎていく。今から走ってもギリギリ間に合うかどうか。
「よし。なら、今日はサボるってのはどうだ?」
「え?」
「俺も行きたくねえなあと思ってたんだ。いつだったか武道場に行きたいって話してたろ。今から行くとしようぜ」
「け、けど、レオン様だってこれから教室行くところじゃ」
「気が変わった。ほら、早く」
レオンはさっさと馬車の御者に声をかけに行ってしまう。少し迷う気持ちはあったが、私も教室に戻るよりは体を動かしたい気分でレオンの後を追ったのだった。
到着した武道場は閑散としていた。だだっ広い敷地には複数の建造物が並んでいて、数人の人影が道を行くのが見える。今日は普通に授業があるが、真面目に参加する人ばかりでもないということだろう。
「あっちが弓道場で、向こうが剣道場だ。奥の方へ行けば乗馬場もある。こっちの剣道場は授業で使うとこより広いんだ。他にもだいたいの設備は揃ってるが、何か希望はあるか?」
だいたい揃ってる、というのは弓や剣以外も、ということだろう。それこそ魔法を撃てる場所とかもありそうだ。それも気にはなるが。
「剣が振りたいです」
今はとにかく、そういう気分だった。
「お、いいな。稽古つけてやろうか?」
「えっ、いいんですか? 是非お願いします!」
レオンに先導されて行った剣道場は確かに広かった。二階が観客席のようになっているから、試合とかやるのかもしれない。おそらく全校生徒が一堂に会せる程度の広さはあるんじゃないだろうか。今は人の姿はなく、私たちの貸切状態だ。
訓練用に刃が潰された剣が、サイズ別に取り揃えられている。その中から標準サイズのものを取り出すと、適当に開けたところまで行って構えた。ひと月素振り授業だっただけあって、これくらいはもう慣れたものだ。
既にだいぶ体が覚えている基本の構えから、流れるように剣を薙ぐ。剣舞と言うらしい。そのまま実戦向けとはいかないが、剣に慣れて体力もつける目的で授業で最初に教わる。少しずつ続きを覚えていって、ひと月でようやく最初の構えに繋がるまでの動きができるようになった。後はこの動きを繰り返すだけだ。
「おっ、サマになってるじゃねえか」
レオンが感心したように言う。
「この剣舞が試験でしたので!」
剣の経験者は最初に教わるのか、サボっていた人たちも卒なくこなしていたのがやるせない。
「ああ、そういや最初はそうだったな」
「ッでも、やっぱり人と打ち合ってみたいですね!」
「へえ、そういうことなら相手するぜ」
レオンが私の前に来て、片手で剣を構えた。片手で持つこともないわけではない。それこそ剣舞の動きには片手で動く方が多いくらいだ。おかげで右腕も左腕も鍛えられる。しかし最初の構えは両手だし、単純に両手の方が力も体重も乗せやすいから実戦では大抵両手持ち……と聞いたのだが。
「両手で持たれないんですか?」
「お前なら片手で充分だ」
「そういうことでしたら、遠慮なく!」
ぐっと剣の柄を握り直すと、改めて取った構えから力いっぱい地面を蹴る。踏み込む足に体重をかけてレオンの持つ剣を斬りあげるように剣を振るった。
ガインッ! と音を立てて互いの剣が弾かれる。
「おっ……と。ははっ、いい剣筋じゃねえか」
「昔はチャンバラとかしてたので!」
久しぶりに振るう剣は楽しい。弾かれた剣を素早く引き寄せると、続けて突きを放つ。リタとは木の棒を打ち合っていた。剣と比べれば重さも違うしリーチも違う。それでも、ひと月素振りをしてだいたいの扱いは心得ている。
「ッ……と。なるほどな、こいつはチャンバラも馬鹿にできない」
レオンがスッと剣を引いた。隙……ではなくて、予備動作。慌てて剣を構え直したところに思いきり剣が打ち付けられた。びりびりと握った手が震える。軽く振っただけに見えたのに、さすがの膂力だ。
「ッ……」
「おっ、これを受けられんのか」
「まだです!」
右手で剣を持った私は、右下から左上に向けて斬りあげるように剣を振った。
「甘いぜ」
レオンはさすがの反射神経でもって私の剣を受ける。受け止められた剣としかし、真っ向からやり合うつもりはない。受け流すように手首を捻って、すかさず左手に素早く剣を持ち替える。
「やッ……!」
左手に持ち替えた剣でスルリとレオンの剣を流すと、そのまま上へと斬り上げた。剣の切先がレオンの顎先を掠める。
外した……!
左手を離して、そのまま剣を上へと放り投げる。背後へと跳躍し、落ちて来た剣を右手で……掴み損ねた。ガラァン! と音を立てて剣が床に落ちる。
「お、おお……」
レオンが反応に困ったよつに微妙な声を出す。
「……参りました」
「いやいや! ……すごいな。素直に驚いた。両利きなのか?」
「右利きですよ。けど、両手で力を込める以上はどちらの手でも扱えないとだめですよね」
剣を拾い上げつつ、軽く左手で振る。正直右手ほど器用には扱えない。最後だって狙った通りには剣は宙を舞わなかった。棒の時は上手くできていたのだが、やはり剣は重量が違う。
「あー……まあ、そいつが理想じゃあるが、さすがに利き手じゃない方で剣を振るってなると一年じゃできねえ奴のが多いと思うぜ」
「そうなんですか? 剣舞では左手で持つ機会だってありますよね」
「剣舞と実戦じゃ違うだろ。というか……持ち替えたのも驚いたが、最後投げたのは……わざとだよな?」
「はい。武器を手離すと一瞬相手の反応が遅れるんです。仕留め損なった時に距離を取るのに使ってて……。まあ、剣だと上手くいきませんでしたけど」
私はちょっとだけ誇らしげに答える。というのも、チャンバラして遊んでた子たちの中でもこれができるのは私だけだった。狙った場所に投げて、キャッチして即座に攻撃に転じるというのが、慣れないとなかなか難しいのだ。
「まあ、剣の試合で剣を手放せばそりゃあ驚くが……二度は使えない手だな」
「初見が一番効く戦法ではありますね」
とはいえ武器への注意はどうしたって割かざるを得ないから、二度目以降も多少の効果はある。こちらが一瞬武器を手放すことになるリスクと天秤にかけると、使えるかは微妙なところだが。
その後も私とレオンは休憩を挟みつつも剣を打ち合った。さすが毎日のように自主練してるだけあるということか、レオンの剣の腕は相当なものだった。私のような齧っただけの素人でさえ、その強さはわかる。一挙手一投足の余裕が違う。おまけに教えるのも上手い。




