目移りなんていたしません
「っえ、ええと……レジーナ、サフィアも一緒にというのは……」
レジーナは申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「その……ごめんなさい。たぶん、フィルが納得してくれないから……」
平民の私は許されてるのに? と思うが、フィリップの基準はたぶんレジーナで、レジーナがサフィアへの警戒をまだ解いていないということなのだろう。平民は逆に警戒するまでもないのかもしれない。
「大丈夫です。私のことはお気になさらないでください。私はこれで失礼します」
「えっ、あっ…………すみません、サフィア。また今度機会があればご一緒させてください」
サフィアは軽く会釈すると歩き去って行く。申し訳ないが、おそらく今日も私の分の食事も用意してくれているのだろうし、それを置いてサフィアと行くのも申し訳ない。レジーナとサフィアが仲良くなってくれれば、と思うが、それはそれでサフィアの父親が得をするのかと思うと気に食わない。
「ごめんなさい、エリィのご友人なのに」
「いいえ、仕方ないですよ。レジーナの立場もわかっていますから」
平民と仲良くしても、それは単に慈悲深く物好きな貴族でしかない。だが、貴族間には色々あるのだ。家同士が政敵だとか、あるいは過去に敵対していた歴史があって気まずいとかはまだわかりやすい。何の関係もないはずの家同士のご令嬢が特別に親しくしている、であっても要らぬ誤解を招きかねない。
もちろんただ貴族の娘同士が親しいだけということもあるだろう。だが、サフィアは将来的には爵位を継ぐし、レジーナは夫人に過ぎないとはいえ、食事を共にすれば必然的にフィリップも付いてくる。その上、彼ら全員ほぼ他人と関わらない。友人となれば目立つだろう。公爵家へ嫁入りした立場のレジーナでは、そんな怪し過ぎる交流はしにくい。
なんとかならないかなあ、と考えている間に、いつもの教室に着いた。試験期間中でも何も変わらない空気感で、フィリップは既に待っていた。今日はロレンスもいる。
「ロレンス様もご一緒だったんですね」
「うん。今日は少し、フィリップに用もあってね」
「ジーナ、会いたかった」
フィリップが蕩けそうな笑みを浮かべる。会いたかった、とか言っているが今朝ぶりであり、まだ別れて半日も経っていない。
「え、ええ……ありがとう。フィル」
レジーナが戸惑いがちに答えて抱擁する。
レジーナの魅了魔法の噂は、ひと月が経った今もずっと囁かれている。ロレンスの言うように、元より誰もが疑ってはいたのだろう。その噂を流した張本人であるロレンスは、以前とまるで変わらない。レジーナに敵意を見せる様子はなく、今も呆れ半分の視線で二人を見ている。
「エリンちゃん、剣術試験はどうだった?」
ロレンスに声をかけられて、私も定位置の椅子に座った。椅子というよりも重厚なソファだが。
「意外と簡単でした。いつもやっていることの延長、といった感じで」
つまり、ただの素振りだ。より正確に言うなら剣舞。ひと月の間素振りしかやっていないなんて退屈極まりなく、最近はほとんど出席者もいない有様である。にも関わらず今日は盛況していたけれど。
「まあ、剣術はそうだよね。食べようか、二人はまだ忙しそうだし」
振り返らずともわかる。フィリップはまだレジーナを抱きしめるのに忙しい。
「はい。いただきますわ」
「……あとは、最終日か」
「はい」
今日まで、一切手を抜かずに勉強してきたと思う。とはいえ、一学年七十五人のうち上位五人に入るのは相当狭き門だ。平民で、ただでさえ遅れている私が、そこに食い込むなんて、我が事ながら無謀だと思う。
「エリィならきっと大丈夫よ」
抱擁を終えて戻ってきたレジーナに言われて、苦笑する。相変わらず彼女の言葉は優しくて、根拠がない。ただの耳触りの良い言葉だ。
「ありがとうございます」
「別に成績優秀者にならなくても、学生会は入れるでしょ」
フィリップがそっけなく言う。
「それはそうですけど、もっと近くにいたいですもん」
せっかく同じ尞になったというのに、実際に殿下と言葉を交わせる機会はなかなかない。もちろん、食事のたびに顔が見られるだけで、同じ食卓を囲めるだけで、それこそ夢みたいな話ではあるのだけれど。だからといってここで満足などできるはずがない。
「エリンちゃんは一途だよね。これでも僕、割とモテるんだけどな」
「ロレンス様、揶揄わないでください」
「揶揄ったつもりはないよ。あれだけ僕の部屋に通い詰めておいて、本当に何もないんだから、自信なくしちゃうな」
「…………私が好きなのは、殿下ですから。目移りなんていたしませんわ」
少しムッとして言う。ロレンスにはそんな気なんてない。当然私にだってない。だからこそ、言葉遊び的に言っている。それでも、そういう冗談はあまり好きじゃない。
「そういえばロレンス様、フィルにご用事というのはなんでしたの?」
「ああ、来月の寮対抗戦の話ですよ。学生会も運営に関わるので、そのことで」
「寮対抗戦……ですか?」
レジーナが説明を求めるようにフィリップを見る。私も気になってフィリップに視線を向けた。フィリップは私のことはガン無視のままレジーナの方を見て口を開く。
「尞内の親睦を深めて、他寮との切磋琢磨を目的にした催しだよ。何を争うかは年によるんだけど、去年は料理対決で、一昨年はリレーだった」
「本当に色々ですのね。皆さんでお料理を作りましたの?」
「うん。色々と競い合って食材を確保して、料理担当が手料理を振る舞う。審査員は各寮の使用人でね」
ロレンスが「そうそう」と笑って補足する。
「僕らみたいな貴族は、普段から料理なんてしないでしょう? 優勝は、平民の女の子がいる尞だったよ」
「面白そうですね。リレーって、あの走るやつですか?」
かけっこでバトンを渡して繋いでいくものを思い浮かべながら聞く。街のお祭りでそんな催しがあった。
フィリップが頷いて肯定する。
「そう。魔法や妨害もなんでもありで。優勝はうちだったよ。みんなルキウスに道を譲るから」
さすが殿下。いくら競技とはいえ王族相手に不況など買いたくないだろう。
「それで……今年は何をするのかは決まっているのですか?」
「うん」
レジーナの問いにフィリップが答えようとしたところで、ロレンスが手を上げて制した。
「フィリップ。まだ言っちゃだめだよ」
「別にすぐにわかる」
「だとしてもだめ。試験が終わったら公開されるから、それまでのお楽しみ」
「そういうことでしたら楽しみにしておりますわ。フィル、何も言わないでくださいね」
フィリップが渋々といった様子で口を閉じる。
試験の結果が出たのは、その翌々週、五月も半ばのことだった。
学内の掲示板には、学年の上位二割……すなわち十五名の名前が掲示される。
緊張で胸が破裂しそうになりながら見に行った順位は……。
「ッ……うそ。なんで……?」
私の順位は、七位。
届かなかった。
でも、無謀なことだなんて初めからわかっていた。また頑張ればいい。そんなことより、そこに並んだ名前に、私は衝撃を受けていた。
「……平民が、上位に三人って」
「嘘だろ」
周囲で交わされる言葉が、私の耳を右から左へと抜けていく。
「エリィ、七位なんてすごいわ!」
優しい声が、背後からかけられた。でも、今の私にそれは、惨めなだけだ。
「ッすみません、レジーナ。私……ちょっと、行かないといけないので」
その場から駆け出した。
行かないといけないところなんてない。
ただ、その場から逃げ出したかった。




