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気持ち悪いほどに好意的

 気まずい沈黙が流れそうになったところに、レオンが口を開いた。


「……それにしても、魔力特性が自己暗示か。それ、他人にも使えるのか?」

「いえ。他人にかけるには、魔力濃度が低すぎるので。自分にかけられたのだって、大量の魔力を供給し続けられたからだと思いますし」

「そいつは良かった……で、いいのかな。それにしても、初めてだったんだろ。よく使いこなせたな」

「自分の魔力特性だから、かと思ったんですが……レオン様はどうだったんですか?」

「ああ、俺は魔力ないんだよ。まったくのゼロ。魔力特性どころか、魔法陣発動も無理だ」

「えっ、なんか……すみません」

「いや、気にしなくていい。これを言うといつもそういう反応をされるんだ」


 レオンが苦笑する。本当に慣れっこなのだろう。


「あはは……貴族だとそうなのかもしれませんね。平民は魔力を持ってたところで、使う機会なんてないことがほとんどですけど。私だって、自分が持ってたことに驚いたくらいで」

「ああ、確かにそうか。けど……そのうち誰でも使えるようになるといいな」

「……ボクは、そうは思えません」


 どこか沈んだ様子で、そう口を挟んだのはタキだった。


「……タキは、貴族の特権であった方がいいと思うってこと?」

「特権とまでは言いませんけど……。でも、魔法なんて超常現象が一般人でも使えるようになったら、きっといいことばっかりじゃないと思うので。冤罪だって……増えるかもしれない」


 タキくらいの年頃の少年なら、というか、少なくともそれくらいの年齢だった頃の私なら、きっとそんな超常現象をみんなが使えたら、なんて想像したらワクワクしていた気がする。貴族の中で働いているだけあって、歳の割に大人びている、ということなのだろうか。


「それは一理あるな。今でこそ魔法陣だって限られちゃいるが、この先研究が進めば、もっと手軽に脅威的な力が使えるようになるかもしれない」

「……そうですね」


 私の力だって、きっと魔力濃度が高かったら相当の脅威だ。


「そういや、タキは魔力持ってるのか?」


 レオンの問いにタキは苦笑して頷いた。


「はい。一応、持ってはいますよ。といっても使う機会なんてないですけど」

「そうなんだ。でも、調べる機会があったんだね」

「シン様がいらしてから、この学園の関係者は全員調べられたと思います」

「へえ……」


 タキまで名前を知っているとは、どうやらシンは相当の有名人らしい。今になってようやくわかる、レジーナの魅了や私の洗脳……そんな魔力特性を調べられる力となれば、その希少性は測り知れない。


 それから時は過ぎて、五月になった。

 キャサリンからの続報によると、催吐剤を盛った使用人の女はあっさりと白状したらしい。なんでも自分は入学試験に合格できず、平民の癖に合格した上に主人と親しくなっていることに嫉妬したらしい。キャサリンから丁重な謝罪の上、改めてもっときちんとした茶会に招待すると確約された。そんな確約いらないのだが。

 そんなことより、五月になったということは遂に試験日ということだ。

 一週間ある試験期間の三日目。私は複数の女生徒に壁際に追い詰められていた。


「エリンさん、先日のお話は考えていただけたかしら?」

「私たち良いお友達になれると思いますの」

「試験勉強をご一緒にいたしませんか?」


 にこにこと貼り付けたような笑顔を浮かべる面々に、私は目を泳がせる。

 入学した当初、目立ちまくった私は、いじめられたって構わないと覚悟を決めていた。馬鹿にされるくらいでちょうどいいとさえ思っていた。キャサリンやエレノアにさえ、身辺に気をつけろと忠告された。

 それがどうして、この状況を想像できただろうか。


「すみません、今週はもう他にお約束がございまして」

「まあ、残念ですわ」

「でしたら来週にでもいかがですか?」


 ちょうどキャサリンとのお茶会が終わった翌週あたりから、こうして私が一人の隙を狙っては囲まれるようになった。最初はいじめられるのかと思ったものだが、そんなことはなく、誰もが気持ち悪いほどに好意的だ。

 こうなると容易には抜け出せない。私としても仲良くしておきたいのは山々なのだが、誘いを全部受けていてはキリがないことには早々に気がついた。だいたい彼らは別に私と仲良くしたいとは思っていない。目当てはレジーナやフィリップ、その他諸々の私の知人だ。


「エリンさん、レジーナ様が探しておられましたよ」


 女生徒たちの背後から、そう声をかけてくれたのはサフィアだった。これ幸いと私は壁際から抜け出すことに成功する。


「すみません。私はこれで失礼いたしますわ」


 そそくさとサフィアとその場を後にする。背中に突き刺さる視線を感じながらため息を吐いた。


「皆さん焦っているみたいですね」


 サフィアがちらりと後ろを確認して囁く。


「助かりました。ありがとうございます、サフィア。焦ってるって……何をですか?」

「エリンさんと親しくなるのを、です。試験が終わって、貴女が上位に食い込めば、取り入ろうとするライバルが増えるでしょう」

「……なんだか少し、レジーナの気持ちがわかった気がします」


 サフィアへのあの冷たい態度とか。こんなに目をギラつかせた女生徒に囲まれ続ければ、それは確かに警戒もするし冷たくもなる。


「ですが……私は、構わないのですか?」

「え、何がですか?」

「…………私には、取り入られているじゃないですか」


 最初こそよくわからない人だと思っていたが、ここ一ヶ月の付き合いでサフィアの人柄もなんとなくわかってきた。


「サフィアって、真面目ですよねえ」


 他人の言葉をそのままに鵜呑みにするし、言われたことには正確に従うし、色々と律儀というか、よく言えば誠実な人だ。今だって、そんなの黙っていればいいのに自己申告してくる。


「そう、でしょうか?」

「そうですよ。確かにまんまと取り入られたかもしれませんけど、そこはサフィアが一枚上手だったってことでいいじゃないですか」


 サフィアは無表情のまま、ほんの少し首を傾げる。表情が変わらないのも相変わらずだ。その時、背後から声をかけられた。


「エリィ! 良かったわ、会えて。今日の試験は終わったの?」


 振り返ると、レジーナが小走りでこちらに来るところだ。私しか見ておらず、隣にいるサフィアには一瞥もくれない。この二人はずっとこんな感じだ。


「はい。終わりましたわ。レジーナは今日は何もないですよね」


 試験日程は二日目と四日目に必修の科目があり、残る奇数日に選択が一日ずつ割り当てられている。ちなみに今日は剣術の日だ。魔道学は才覚的に無理があり、工学は範囲が広すぎてリスクが高く、消去法で剣術にした。レジーナは一日目の魔道学選択で、サフィアは五日目の工学を受けるらしい。


「ええ。でも、フィルは全部受けるようだから、お昼をご一緒しに来たの。エリィも一緒にどう?」


 全部というと、選択三科目とも試験を受けるということだろう。一応全部受けることはできて、ただ成績に反映できるのは事前に申請した一つだけという話だ。本当に全部受ける人なんていたのか……。

 それにしても、サフィアの前で彼女を無視して私だけ誘うのは、やっぱりちょっと冷たい気がする。


「あれ? そういえばサフィアも剣術の試験は受けてませんでしたよね。どうしてこちらに?」


 ふと気がついて尋ねると、サフィアはちょっと顔を逸らした。


「……エリンさんと、お昼をご一緒できないかと思いまして」

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