危ない茶会
「今後は、このようなことも増えるかもしれませんわ。エリン、身辺には気をつけることね。今回に関しても、私たちはなんともなかった以上は嫌がらせですわ」
「こ、このようなことって……」
食事に変なもの混ぜられることが……!?
「ええ。私の茶会に招待されましたのよ。やっかみも増えますわ」
キャサリンも平然と言う。そんな危ない茶会に招待しないで欲しいんだけど。
「ですが……これまでは、何も」
この一週間だって、私はずっとレジーナと過ごしていたのだ。その上、殿下をはじめとした錚々たる面々と同尞である。その時点でやっかみなどいくらでもありそうなものだが。
「まだ一週間ですもの。今はまだ、貴女を見極めている最中なのでしょう。貴女に気に入られておくべきか、あるいは蹴落としておくべきか。何かしてくるのは、これからですわ」
エレノアが怖いことを言う。
「まったく。平民を僻んで嫌がらせなど……同じ貴人として恥ずかしいですわ。品位が疑われますわね」
「ええ。シン様のような前例が現れた以上は、有能な平民には取り入っておいた方が得ですのに。レジーナ様は誰より先にエリンを取り込まれた……さすが、フィリップ様が見初めただけの方、といったところかしら」
「私は……そんな大した者では……」
レジーナと知り合った時は、それこそただの平民だったのだ。無謀な夢を語る愚か者だと、誰もが私をそう評していたし、それは今も変わらない。今だってきっと、私が殿下の側室……なんなら正妃になるとまで期待しているのはレジーナだけだろう。
「まあ、私が茶会に招きましたのよ。謙遜が過ぎますわ」
「……どうして、お招きくださったのですか?」
若干の恨み節が混じりそうになりつつ尋ねると、やはりキャサリンは高慢に笑って言った。
「面白そうだと思ったからですわ! グレイス夫妻に加えて、スピアリットの嫡男、それにエレノアまで味方につけた平民ですわよ。何かあるに決まっておりますわ!」
つまり私の実力的なところは何ひとつ関係がなく、単に人との縁ということか。
「すみません。何もなくて」
「それはどうかしら。貴女自身さえ気が付かない何かを、グレイス夫人は見出しているのではなくて?」
まさかとは思うが、それを言われてしまえば何も言えない。実際、私自身どうしてレジーナがこんなに親しくしてくれるのかわからないのだ。以前は単に友人の末席くらいに思っていたのだが、学園入学以降のレジーナの態度からして私はかなり特別扱いをされている。
私が黙っていると、今度はエレノアが口を開いた。
「エリンとは知り合って間もないけれど、私もエリンは優秀な方だと思いますわ。私たちのような貴人に対しても物怖じしませんし、焦っても臨機応変に動ける方です。それに……私がレジーナ様のお噂を気にしていること、意外だと仰いましたわよね?」
「ッ……その説は大変失礼をいたしました!」
慌てて座ったままで頭を下げるが、エレノアは気にした風もなく笑う。
「失礼とかではなくて、きちんと相手を見る方だと思いましたの。伯爵家の令嬢だとか、婚約破棄された者だとか、そういう立場や周囲の評価を抜きにして、貴女は私という個人を見ているでしょう?」
…………そんなことはないと思う。正直伯爵家のご令嬢様だということはめちゃくちゃ気にしている。のだけれど……否、だからこそ。彼女の言葉を否定しにくい。
「か、買い被りですわ。私はただ……エレノア様から受けた印象で勝手なことを……」
「でしたら、客観的に人を見る目を持っているということですわ。貴女は付加情報に惑わされることなく、貴女自身の感じた印象に従ったのでしょう」
「そうですの? では平民、私の印象を仰ってみなさい」
「え゛っ」
キャサリンの突然の無茶振りに面食らった。エレノアが余計なことを言うから。下手なことを言えば不況を買う。かといって何も言わなければ、言いにくいような印象を抱いていると思われかねない。
「今だけは何を言っても許して差し上げますわ!」
エレノアまで興味を引かれたように私の方を見ている。他人事だと思って……!
「ッ……え、ええと、そうですね……大変、ご自身の興味に対して真摯な方だと思いました。周囲の言葉に惑わされないのは、キャサリン様こそだと思いますわ。本日も私のような平民をお招きくださいましたし、興味や関心の赴く物事に対して労力を惜しまない方なのだと」
それが私に出せる精一杯のポジティブな表現だった。
彼女は、利己的な人だと思う。自分の求める面白さのためなら他人の痛みなど顧みない。こんな質問をして私が困るかもなんて少しも考えちゃいない。
ただ、彼女のそういう割り切ったところは、割と好きだ。
果たして、私の言葉はキャサリンのお気に召したらしい。にっこりとその唇が満足げに弧を描く。
「その通りですわ! 人を見る目があるというのは、あながち間違いでもないようですわね。私、面白いものは大好きですの」
でしょうね。
「ありがとうございます。ですが……私のような平民が貴人を評するなど驕った行為でした。申し訳ございません」
「この場だけは許しますわ!」
やはり普段は許さないらしい。エレノアが寛容な人で助かった。
刹那、腹部に違和感を覚えた。なんとなく気持ちが悪い。先ほどエレノアに言われた「毒」という言葉が脳裏を過ぎる。いや、そんなはずがない。たかが平民に毒なんて大袈裟過ぎる。けれど、そんな不安は顔に出ていたらしい。エレノアが私の顔を覗き込んだ。
「……エリン、顔色が悪いですわ。キャサリン様、こちらのお食事のせいかもしれません。念のためお医者様を」
「ッい、いえ。大丈夫ですわ。もしかしたら、お腹を下したのかもしれませんが、お医者様に診ていただくほどではございませんから」
キャサリンが残念そうにため息を吐く。
「……仕方ありませんわ。このような事態となっては興醒めですもの。次はグレイス夫人もご一緒していただくとして、早いですが今日のところはお開きといたしましょう。平民、この後体調を崩すようなことがあれば私に一報なさい。できる限りのお詫びはいたしますわ」
やっぱり次があるのか……。
「すみません。お気遣い感謝いたします」
「いいえ。当然のことですわ! 私の客人に毒を盛ったのですもの。食事を運んだ者だけでなく、彼女を唆した人間もいるのであれば、責任を持って処分しておきますわ」
キャサリンはそう言うと手を叩いて使用人を呼びつけた。帰りの用意をするようにと指示を出して、私たちに立つように促す。
すぐにでも犯人を叱責するというキャサリンとは別れて、エレノアと共に帰りの馬車に乗り込む。馬車に揺られて五分も経った頃、それは来た。
「ッ……う」
唐突な吐き気。なんで? とか考えている余裕もない。だが、こんな高級な馬車を、私の吐瀉物で汚すなど、絶対にあってはならないことだけは間違いない。
「エリン……? どうかなさいました?」
正面に座っているエレノアが怪訝そうに言う。ここで吐けば彼女にもかかる。死んでも吐き出すものか、と口元を押さえながら、必死で考えを巡らせた。このまま、学園に着くまで耐えられるとは思えない。吐き出すわけにはいかない。なら馬車から飛び降りるか。とにかく何でもいい。この吐き気を抑える方法。
人は、死に瀕すると走馬灯を見るという。それはその場から助かる方法を、これまでの経験を総動員して探しているのだとか。そしてそれはまさに、私の身に起こっていた。
可能性があるなら、これしか……!




