たかが平民と侮られたくない
「すごいですね、エリィ様。そんな名家の方々と、もうお知り合いだなんて」
タキが感嘆の声をあげる。水色の髪の天才シェフは、驚きの十二歳。この子の方がよっぽどすごい。
「うーん……それはそうかも。できれば、仲良くなっておきたいよねえ」
側室に収まるのに反対は少なければ少ないほどいい。エレノアやキャサリンと仲良くなっておけば、少なくともそのあたりが反対してくることはないだろう。親の意向まではわからないが、彼らはおそらく実家とも良い関係を築いていそうだと思うし。
そしてその最大のチャンスでピンチは、実のところ目前に迫っている。
「最近はフィリップ様たちとお昼はご一緒されてるんですよね。きっと、他の方々ともすぐに親しくなれますよ」
タキは話しながらも手際良く動く。今は明日の朝食の仕込みをしているところらしい。既に夕食の仕込みは済んでいるのだという。一食作るのに半日以上前から仕込みをするだとか、私には理解の及ばない話だ。
「実はさ……その方々から、お茶会に誘われてるんだよね」
「ええっ! いつですか?」
「明日……」
「……随分と急ですね」
「そうだよねえ」
いくらなんでも急過ぎる。ちなみに誘われたのは今日である。本当に急過ぎる。
「ボク、お茶菓子か何か作りましょうか?」
「えっ! い、いいんですか……?」
思わず丁寧な言葉遣いになってしまった。この一週間タキは色々とデザートをつけてくれるのだが、そのどれもが絶品である。料理の付け合わせでこれなのだ。本気でお茶会の為のお菓子を作ったら果たしてどれほどの美味なのだろう。
「はい。もちろんです。ご一緒される方のお好みもわかると良いのですが……どなたとお茶会なのですか?」
「私と、エレノア様とキャサリン様、それに来られればレジーナもだよ」
「わあ、勢揃いなんですね……!」
「そうなんだよ! だからこの後、ロレンス様とレジーナにお茶会の作法を教えていただこうと思って」
言いかけたところで、玄関が開く音が聞こえた。
「あ、帰って来たんじゃないですか?」
「うん! 行ってくる。ありがとう、タキ! お邪魔しました!」
厨房を出て、食堂を通り抜けて玄関広間へ行くと、ちょうどフィリップとロレンスとレジーナが侍女のアンナに出迎えられているところだった。一緒に帰って来たらしい。
「あ、エリィ。良かったわ、先に帰っていたのね」
「すみません、はぐれてしまって……。三人ともご一緒だったのですね」
普段サボっている生徒も出張って来るためか、今日の学園内は盛況していた。特に一年生は勧誘の先輩に囲まれて大変だったのだ。私もまた人の波に揉まれてレジーナとはぐれてしまい、先に帰って来た。
「一人で狼狽えてたレジーナさんを僕が見つけたんだ」
「ありがとうございました。助かりましたわ。それで、ロレンス様にフィルのところまで連れて行っていただいたの」
「ちょうど学生会の後片付けが済んだところだったから、そのまま一緒に帰って来た。それで、君ははぐれたジーナを置いて一人で帰って来たわけ?」
フィリップがじとりと私を見る。
「あ、あの人混みから探し出すのは無理だと思いましたので。そ、それよりフィリップ様も学生会に所属されていたのですね!」
無理矢理話を逸らすと、フィリップはもう興味なさそうにレジーナのふわふわの髪を手持ち無沙汰に弄んでいた。
代わりにロレンスが答える。
「僕もそうだよ。あと、レオンも。といっても、籍を置いてるだけで、仕事はほとんどルキウスがやってくれてるけどね。エリンちゃんも入るの?」
「もちろんです! と、言いたいところですが……まさか、あのような加入条件があるとは知りませんでした」
早ければ来週にも、と思っていたのだが。殿下も、誰もやりたがらない裏方みたいな言い方をしていたし、希望すれば入れると思っていた。
ところが、今日説明されたことによると、そんなに簡単ではないらしい。
「エリンちゃんなら成績は問題ないと思うけど」
「まあ、それは私も頑張りますが……問題は、推薦の方ですわ」
教職員二人と現役の学生会所属の生徒三人からの推薦が必要、という話だ。教職員枠のひとつはシンに頼むとして、現役生徒の方はロレンスには頼れるだろうか。なんにせよ全然足りない、と思っていたらフィリップが口を開いた。
「僕とロレンスと……レオに頼めばいいんじゃない? この三人が推薦するなら、教職員枠だってどうとでもなるでしょ」
「…………え? フィリップ様、推薦してくださるんですか!?」
絶対「僕には関係ない」のスタンスだと思ってたのに。
「フィリップ、意外とエリンちゃんのこと気に入ってるよね。珍しい」
「……推薦なんて、一筆書くだけでしょ」
何を大袈裟なと言いたげにフィリップは呆れた顔でロレンスを見る。
「け、けど……それで私が何か粗相したら推薦した人も責任を問われるのでは……」
「君は粗相しない。学生会で何かやらかしたら、推薦者以前にルキウスにどれだけ迷惑がかかると思ってるの?」
「それはもちろんいたしませんけれど!」
殿下にご迷惑とか、なんなら腹切って詫びますけれど!
「なら、問題ないね。必要になったら言って」
「は、はい! ありがとうございます!!︎」
ちなみに、部活動はもう今日からでも入れるが、学生会は高成績も条件に含まれるから入れるのは最初の試験結果が出てからである。
「その時は僕にも声かけてね」
そう言い置いて、部屋に戻ろうとしたロレンスの前に慌てて飛び出した。
「あっ、ちょっと待ってください! あ、レジーナも待ってください! 実は……私は、はぐれた時にキャサリン様に人混みから助けていただいたのですが……その、お茶会に、誘われまして。是非レジーナもご一緒に、と」
急な話だから無理なら一人でも構わない、とも言われたのだが、私とてさすがに一人で乗り込むのは怖いので黙っておく。
「え? いつ?」
「明日の、午後に」
「随分と急だけど……まあ、キャサリン様なら言いかねないか」
ロレンスが納得したように言う。
「私は構わないけれど……」
「それで……そこにエレノア様が現れて、お茶会なら是非私も混ぜて、と」
レジーナの顔色が一気に青ざめる。
「ジーナ、別に行かなくていい」
「いえ、でも、そういうわけには」
「私、お茶会のマナーなどまったく知りませんので、お二人にご教示いただきたくて。よろしくお願いします!」
直角に頭を下げて頼み込んだ。
果たして、二人とも快く引き受けてくれて、食堂で教えて貰えることになった。
移動した食堂。
席に座った私の前にはお茶菓子……はさすがにないから、それに見立てたカットフルーツを乗せたティースタンドと、ティーカップ。それに砂糖壺とティースプーンもある。
向かいにはまったく同じティーセットを揃えたレジーナが座り、私の隣にはロレンスが机に肘をついて腰掛けている。ついでに見物について来たフィリップがレジーナの隣でレジーナに熱い視線を送っていた。
「じゃあ、私が先にお手本を見せるわ。エリィは私と同じようにすれば大丈夫よ」
レジーナがお砂糖を入れてティースプーンで混ぜる動作に一拍遅れて私も同じようにする。レジーナの動きを確認しながらも、淀みなく手は動いた。基本的な所作は食事作法と変わらない。
一連の動きを終えて、レジーナが手を止めたのと私がそれに倣って手を止めたのはほとんど同時だった。
「……ありがとうございますレジーナ。だいたいわかりました。それで、いくつか質問が」
レジーナの方を見ると、彼女は目を丸くして私を見ていた。
「すごいわ、エリィ。私が初めての時はもっともたついたものだけれど」
「……そうだね。動きに迷いがなかったよ。本当に初めて?」
隣からロレンスにも言われる。
「いえ、だって……目の前の動きを真似するだけですよ?」
「それはそうだけれど……それにしても、ティーカップの持ち方も、ティースプーンの扱い方もとても自然だったわ」
「ありがとうございます……昔、お茶会に憧れていたことがあったので、イメージトレーニングの成果かもしれません」
褒められるのがくすぐったくて照れ笑いすると、フィリップがレジーナから視線を剥がして私の方を見た。
「基礎ができてるんでしょ。基本は食事の作法と変わらないし、なんとなく丁寧っぽい所作をすればそれっぽく見えるものだからね」
ロレンスが苦笑する。
「フィリップは天才肌だからな……まあ、言わんとするところはわかるけど」
「イメージだけでこんなにできるなんて、エリィは器用なのね」
「…………それで、質問なんですけど」
それから、私は根掘り葉掘りレジーナとロレンスに質問した。お茶菓子の種類に応じたマナーはないのか、粉砂糖と角砂糖だと何か違うのか、口をつける順番、話す順番、お茶を飲む量、食べる量。
相手はさして親しくもない公爵令嬢と伯爵令嬢だ。少しでも粗相があってはいけない。完璧に振る舞いきってみせなくては。このお茶会は私にとって、歓迎会のリベンジにも等しい。
今度こそは、たかが平民と侮られたくない。




