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このネタで僕を強請る?

 ロレンスは少しの間の後で、いつもと変わらない柔らかい口調で答えた。


「…………正解。よくわかったね」

「否定しないんですね」

「……なんで僕ってわかったの?」

「消去法です。キャサリン様が話を聞いた時点で、レジーナがシン先生に魔力特性を見てもらったことを知っていたのは、私とクラスメイト、それにシン先生とフィリップ様と……ロレンス様だけだと思うので」


 シンの報告との正確な前後関係はわからないが、どの道そんなに早く情報は出回らないだろうし。報告というのがどれくらい手間がかかるものかは知らないが、そんな口頭で伝えておしまいとも思えない。


「君のクラスメイトが話したって可能性はないの?」

「ありますよ。だから、私も確信が持てなかったんですけど……でも、可能性は低いとは思ってます。メリットがないので。レジーナの魔力特性は公表されてないわけですから、話すなら推測になります。もしハズレてた場合、フィリップ様を敵にまわすのは避けられません。せっかくレジーナとクラスメイトになって、将来的に有利な繋がりを作れるチャンスを、不意にするっていうのは考えにくいですから」

「……消去法、か。カマをかけられたってわけか。けど、それでいくなら僕にはメリットがあると思ったの?」


 最初は私にもわからなかった。でも、考えてみれば当たり前のことだ。ロレンスは、フィリップの友人なのだから。


「ロレンス様は、以前からレジーナのことを疑っていたと仰ってましたから。フィリップ様に、レジーナと別れて欲しかった……いえ、魅了にかけられていることに気がついて欲しかったんじゃないですか? それに、ご自分の言葉だけでは足りないと思われたから、わざわざ噂を流したのかな、と」


 まあ、実際にはフィリップには自覚があったわけだけれど。周囲からすればそんなことはわからない。魅了の力に絡め取られているのだとすれば、一人が言ったところで耳を貸さないかもしれない。だからこそ、噂を流したんじゃないだろうか。というのが私の推測だ。

 果たして、ロレンスの表情を窺うと、なぜか笑っていた。


「うーん、不正解」

「えっ」

「僕は疑ってたんじゃない。知ってたんだよ。残念だけど、レジーナさんの魔力に魅了の特性があるのは間違いない。僕も一度はフィリップと一緒に魅了にかけられたからね。もっともそれは魔力暴走の結果だったから、レジーナさんも気がついてないとは思うけど。僕はすぐに自分で解いたんだけど……フィリップは解かないことを選んだんだ」

「じゃあ、フィリップ様が自覚されてることをご存知だったんですか?」

「もちろん知ってたよ。というか、結婚だって止めたよ。そんなの間違ってるし相手の子も可哀想だと言ったんだけどね、聞く耳を持たない。その上、誰かに魅了のことを話したら絶縁するとまで言われたら何も言えなかった」

「それなら、噂を流したのは……ッ、誰にも……話せなかったから、ってことですか?」


 ロレンスは、気まずそうに目を逸らした。


「そうだね。僕はフィリップに絶縁されたくなかった。でもあの関係を、見て見ぬ振りを続けるのも耐えられなかった。だから、噂を流して、誰かに気がついて欲しかったのかもしれない」

「……気がついて、レジーナを責めて欲しかったってことですか?」

「……結果的にはそうなるかな。僕としては、二人が別れてくれれば一番いいと思っていた。レジーナさんはこの件については何も悪くない。それでも……こんな歪な関係はやめて欲しかった。フィリップにももっと自分の感情を大事にして欲しかったし、レジーナさんが何も知らずにいるのも……」


 途切れた言葉の先は、面白くなかった、だろうか。ロレンスは一人で秘密を抱えていたということだ。その秘密を当事者のはずのレジーナも知らないというのは、確かに思うところもあるだろう。


「……私、フィリップ様があのご様子になるほど、魅了魔法は強力なのだと思っていました。でも、ロレンス様は解かれたのであれば、魅了魔法は本当にそこまでの脅威ではないのですか?」

「ああ、脅威はないと思うよ。正直僕は気持ちが悪かった。理性に関係なく、本能的に惹かれるというのかな。それに、他人の魔力が自分の中にあるのも結構な違和感だ。気が付かないはずがないし、魔力操作がある程度できれば解くのも難しくない」


 つまり、フィリップはそれでもなお魅了されていたいと思ったわけだ。それほどまでに、自分の心を動かしてくれるものに飢えていた……?


「ロレンス様。たぶん、この先何をしても、二人が離縁されることはないと思いますわ」


 確かに二人の関係は歪なものだ。でも、もう出会う前には戻れない。フィリップはもうレジーナに惚れ込んでいるし、レジーナだってフィリップを愛してしまった。

 ロレンスは力が抜けたように笑った。


「だろうね。翌日にはもういつも通りの様子になっていたし。噂にも動じないし。僕がしたことは完全に無駄だったらしい。それで……エリンちゃんはこのことをフィリップに話すの? それとも、このネタで僕を強請る?」

「えっ? 強請……れます?」


 予想外の言葉に混乱していると、ロレンスが苦笑した。


「強請れるでしょ。だって、フィリップにこのことを知られたら、僕は割と結構終わると思うよ」

「え、けど……」


 続けようと思った言葉を、寸前で飲み込んだ。フィリップは、たぶん知ってると思う。でないとフィリップがこの件に無関心だった説明がつかないから。あれだけレジーナを溺愛していながら、フィリップは犯人探しに興味がないようだった。恋人を悪女と侮辱されるような噂を流されて、フィリップが怒らないわけがないと思う。


「けど、なに?」

「いえ……そんなこと考えもしませんでしたわ。でも……強請れるなら、強請っても構わないでしょうか?」


 にっこりと笑い返した。これは黙っておいた方がいい。私が優位に立てるっていうのもあるし、そもそもフィリップだって何も言わなかったのだ。私がバラしても得はない。


「……ルキウスとの仲を取り持てって?」

「そんなこと頼みませんよ。ロレンス様お一人に取り持っていただいてなんとかなるようなことでもないでしょうから。それより、これからは入浴時間までと言わず、その後……いえ、なんなら休みの日にも勉強を見ていただけますと……」

「……ははっ、就寝時間まで付き合えって? そんな時間に男の部屋に入ったりしていいの?」

「私みたいな平民の女に、ロレンス様ともあろう方が手を出すわけないですよね?」


 何かあるかもなんて、疑うのも非礼だと最初にこの寮に来た時に言われたばかりだ。


「……仕方ないか。はあ……まったく、こんな悪い子に弱みを握られるなんて、僕もツイてないな」

「やった! ありがとうございます。ロレンス様。それで早速教えていただきたいところが……」


 教本のページをめくろうとしたところで、ココンと扉がノックされた。お風呂が空いたという合図だ。


「今日はここまで……いや、夜もやるんだっけか。また後でね」

「はい。とりあえず今は、失礼いたしますわ」



 それから翌々日の週末。休日返上の部活動紹介イベントも終わって早々に帰寮した私は、厨房でタキの仕事を眺めていた。

 本当は手伝いを申し出たのだが、ガンとして断られたため眺めるだけである。ついでにタキの暇つぶしになればと、この一週間のことを話していた。

 まだ入学から一週間しか経っていないとは……驚きの濃密さ。

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