そんなに友達思いじゃない
容疑者が、消えてしまった。
サフィアには一晩で噂を広げるような人脈はないはず。だとしたらエレノアだろうか? だが、エレノアがレジーナやフィリップを恨んでいる様子もなかったし、何より彼女自身噂の真偽を気にしている。学内の関係者から聞いたなら疑うはずがない。
考え込んでいた私は、ロレンスがいたことを忘れていた。
「エリンちゃん。アテが外れた、みたいだね」
そう声をかけられてハッと顔を上げる。
「あ、いえ……すみません。ありがとうございました。仲介してくださって、とても助かりました」
「ううん。僕としても興味深い話が聞けたし構わないよ。それより……今の話を聞くに、レジーナさんの噂は本当……ってことみたいだね」
思わず目が泳いだ。とはいえ誤魔化すのはさすがに無理だ。まさかキャサリンがはっきり兄に聞いたと言うとは思わなかった。
「……キャサリン様のお話が本当ならそのようですね」
「キャサリン様の兄君は、ここの職員だったはずだよ。彼が言ったとなると、信憑性はかなり高い」
「……そうですか」
ロレンスの方は見ずに答える。やばい。このまま話し続けたらボロが出そうだ。
「エリンちゃんは、レジーナさんの噂を否定したくて、この件を調べてたの?」
「え、ええ……まあ、そんな感じです」
ごめんなさい。そんなに友達思いじゃないです。
「そうか……残念だったね。でも……正直なところ僕も噂は本当だと思う。というか、フィリップのことを知ってる人はみんな薄々察してたんじゃないかな。魅了魔法なんてものはないはずだし、フィリップだって相当魔力に秀でてるからこそ、信じ難いところはあったけれどね。だからこそ、こんなにも簡単に噂が広まったんだろうし」
「そうですね……あ、私そのフィリップ様とレジーナとこの後約束があるんです。これで失礼いたしますわ。本当にありがとうございました」
深々と礼をして、ロレンスが何か言うよりも早く私は教室を飛び出した。これ以上話していたら本当に墓穴を掘る。
若干息を切らしつつ、いつも……といってもここ数日だが、レジーナたちと一緒に昼食を食べている空き教室へ入ると、フィリップとレジーナとシンは昼食の真っ最中だった。
「お、来たな。それで、キャサリンとは話せたのか?」
今日話せる予定になっている、という話を昨日のうちにしておいたからフィリップがシンも呼んでくれたのだ。私がシンとあんまり親しくしていると、担任が特定の生徒を贔屓にしていると疑われかねない。そういうわけで、義兄弟であるフィリップ経由だ。
「話せはした……んだけど」
「噂を流布された方はわからなかったの?」
「はい。サフィアは違うと思いますし、エレノア様も……正直、キャサリン様かと思っていたのですが、今日話した感じではそれも違いそうで」
「なら、三人とも違うんでしょ」
フィリップが興味も薄そうに言う。
「はああ? ならどっから話が洩れたってんだよ。俺の管理が杜撰みたいになるじゃねえか」
「たぶん、シン先生からじゃないと思うんだよね……。私の魔力特性を見てくれた時は、まだ報告してなかったんだよね?」
「そうだな。報告はその後すぐだよ。お前のとまとめて、な」
「それなら、私の魔力特性も一緒に噂になってないとおかしくない?」
シンがはたと食べる手を止めて考え込む。代わりのようにレジーナが口を開いた。
「そうですわね……。いくら私の話題性が高くても、エリィのことも一緒に話題に上っていた以上は、そちらの話が一切ないのは不自然な気がしますわ」
「…………なら、偶然にもでっち上げた噂がタイミング良く流されたってのか?」
「まあ、あの場にいた人たちはシン先生がレジーナの魔力特性を見たことは知ってるはずだし……」
ロレンスの話では疑っていた人も多いはずということだった。レジーナの魔力が強いこともあの場で一緒に授業を受けていたクラスメイトたちは知っているわけで、それならそういう話が出たとしても不思議はない……のだろうか。
「……俺は正直、うちのクラスの連中は違うと踏んでる。話してんのを聞いた感じ、クラス内で出た話題じゃない。こないだ入学したばっかのやつらじゃ部活動で言い触らしたってのもないしな」
答えの出そうにない会話をしていたら、食事を終えたらしいフィリップが立ち上がった。
「君も突っ立ってないで早く食べないと昼休み終わるよ。じゃあ、僕はもう行く。次は移動教室だから。また夜にね、ジーナ」
「はい、フィル。午後も頑張りましょうね」
「ん」
フィリップが蕩けそうに優しい微笑みを浮かべて、教室を出ていく。私もまた急いで用意してくれていた昼食をかき込みにかかった。せっかくの美味しい食事を早食いする羽目になるとは悔しくてならない。
「エリィはとっても食べるのが早いのね」
「んっ……まあ、急いでふので」
「……はあ、仕方ねえか。わからず仕舞いってのは気持ち悪いが……エリィが調べてわかんねえってんなら、ほんとに偶然なのかもしれねえしな」
「んぐふっ!?︎ じゃ、じゃあ私の報酬は!?︎」
「噂を流した人間の特定、が条件だった以上はなしだな」
「えええ!?︎ 頑張ったのに!」
「なら、特定してきてくれ。何か心当たりでもあるのか?」
もぐもぐと口を動かしながら、私は改めて思考を整理する。
まずキャサリンの話からして、噂元はシンじゃない。シンが報告してからだとしたら、キャサリンが耳にする時間が早過ぎる。でも、こんな狙い済ましたようなタイミング。きっとレジーナの魔力特性をシンが確認したことを知っている人のはず。クラスメイトじゃないとすると、彼らが誰かに話して、その人が噂をでっち上げた可能性もあるが……クラスメイトの大半はその後の授業だって一緒に受けている。そんなに話が広まるような時間があるとは思えない。
「レジーナの魔力特性を疑ってて、シン先生が見たことを間接的にでも知ってて、噂を広げられるだけの人脈が…………あ」
頭にポッと浮かんだ可能性に、私は固まった。他の可能性も考えようとするけれど、一度頭にこびりついたそれはなかなか離れてくれない。
「誰か思い当たる奴でもいたか?」
「あ……う、ううん! 勘違いだった。やっぱり、わかんないや」
首を振って否定して、食事に戻った。本当に急がないと、まずい時間だ。
その日の夜もまた、ロレンスの部屋に押しかけた私は勉強を見てもらいながらも集中しかねていた。あの噂の真相が気になり過ぎて。
「……だから、この考え方がわかってれば応用も解け…………聞いてる? エリンちゃん」
「はい! こっちの問題も同じように考えれば、ここがこう……それから…………こう」
口で言うよりやる方が早いな、と手を動かして回答を導く。心ここに在らずであっても理解できてる程度にはロレンスの説明はわかりやすくて、面白い。確実に解ける問題が増えていく。
「…………正解。だけど、今日もしかして元気ない?」
「えっと……そう、ですね。ちょっと、気になることがあって」
「レジーナさんのこと?」
「いえ……正確には、ロレンス様のことです」
「僕?」
これを、言っていいものか迷った。シンに言わなかったのも同じ理由で、たぶんフィリップもわかっていて言わなかったから。それに、確証だってないし。それでも、このまま胸にわだかまりを抱え続けるのも気持ちが悪い。
「……ロレンス様、ですよね。レジーナの噂を流したの」
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ここまで読んでくださった方。そんな方が本当にいるのかとは思いますが、ありがとうございます!!!
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