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嘘をつくのは得意じゃない

「ッ……ふふっ、そうね。レジーナ様と私……それに、サフィア様まで。少し、見くびっていたかもしれませんわ。それで……班へのお誘いでしたわね。ありがたくお受けしますわ。私のお友達はこの授業は受けないようで困っておりましたの」

「え。あ、ありがとうございます」


 予想外の返答に戸惑いながらもとりあえず礼を言う。エレノアは相変わらず優雅に微笑んでいた。


「よろしくお願いしますね」

「はい。こちらこそ」


 居住まいを正して答えると、エレノアはにこりと微笑んで、さっさと教室に入っていってしまった。固唾を飲んで見守っていた周囲の生徒たちも動き出し、レジーナとサフィアが私の近くまで駆け寄ってくる。


「エリィ、ごめんなさい。話しておくべきだったわ」

「すごいですね。エレノア様とお知り合いだったのですか?」

「いえ……知り合いというか……歓迎会の時に少し話す機会がありまして」


 あの時のエレノアは、私に対して特に親しげな様子でもなかった。ただ、シンの知り合いとしてしか見られていなかったはずだ。それがどうして急に私に興味を持ってくれたのか。

 などと考えていると、予鈴が鳴った。


「……とりあえず、教室に入りましょうか」


 レジーナが緊張の面持ちで言う。結局エレノアが同じ班になってしまったのだ。それは緊張もするだろう。

 授業が始まって早速、班分けは行われた。事前に話があった通りに四人組を組んで、人数が合わなかったところは調整される。エレノアが「友達が受けない」と言っていたが、それも納得の人数の少なさだった。おそらく魔道学が一番人気なのだろう。剣術は女子は少なく、大半が男子だった。しかし、ここには男子も女子も少ない。おそらく魔力や運動神経が皆無な人たちが消去法で選んでいる。受けている面々もどことなく地味……とか言っちゃいけないが、そんな中で私たちの班はそれはもう目立ちまくっていた。伯爵家のご令嬢に公爵家のご夫人、銀髪の美少女と平民の私。あまりにも異色。

 教室内は普通の教室とは様相が違う。床に絨毯はないし、椅子も固い。大きなテーブルがいくつかあって、それを班ごとに囲うように座る。人気がないのも当然な質実さ。昨日も教室を一目見るや踵を返す生徒がまあまあいた。

 全員が席に落ち着いたのを確認して、先生が教壇に立つ。工学の教科担任はかっこいい女性教師だ。男性にも負けない長身で、細く引き締まった体躯。髪は女性にしては珍しくバッサリと短い。あと胸が大きい。これは男でなくても見惚れる。


「今年は、意外と人数が多くて驚いているわ。昨日も言ったけれど、改めて。この場では私は貴方達の教官として厳しく指導します。剣や魔法と違って地味だと思うでしょうけれど、工学は遥かに広域を学び、危険物も扱います。くれぐれも、授業は集中して受けるように」


 瞬間、ピリッとした緊張感が教室を包む。運良くエレノアに声はかけられたが、これは話を聞けるのは授業が終わった後になりそうだった。

 かくして、無事に授業を終えた私たちは揃って教室を出た。他の生徒たちはまだ談笑に興じていて、一切の会話がない私たちが一番先に出てきていた。

 今日のところはまだ座学で、班で何かするという機会はほぼなくて助かった。レジーナは終始緊張しているし、それに対してエレノアはまったく動じることなく凛としている。サフィアはそんな二人には一切興味がないようで黙々と教本を読んでいた。協調性がなさすぎる。


「それでは、私はこれで失礼いたしますわ」


 エレノアが軽く会釈をして、廊下を曲がっていく。


「あっ。レジーナ、サフィア。すみませんが、私も失礼いたします」

「ええ、わかったわ。また尞でね、エリィ」


 エレノアよりは深く丁寧に二人に礼をしてから、私も慌ててエレノアを追った。意外と歩くのが早い彼女に追いついたのは、廊下の端にある階段に差し掛かったところだった。ここは中央校舎の三階だから、外に出るにはどこかで階段を降りる必要がある。


「ッ……エレノア様!」


 声をかけると、エレノアは階段の途中で足を止めて振り返ってくれた。


「エリン? どうなさいましたの?」

「すみません。少しお話ししたいことがございまして。歩きながらで構いませんから、少しお時間よろしいでしょうか?」

「ええ……構わなくてよ」


 歩き出したエレノアに対して、一歩遅れた位置に追いつく。さすがに隣に並んで歩くのは憚られた。


「単刀直入に伺いますが、レジーナの噂はご存知でしょうか?」


 そう尋ねると、エレノアはふと足を止めて再び私を振り返った。じっと見つめられて、私も中途半端に足を止めたまま硬直する。


「……噂、とは、魅了魔法を使える、というもののことで合っているかしら?」

「はい。その噂です。どちらでお聞きになられましたか?」

「なるほど……噂の出どころを調べていらっしゃいますのね。貴女も……真偽のほどが気になられているといったところでしょうか?」


 何か勘違いされた。どうやらエレノアこそ、この噂の真偽を知りたいらしい。その噂が真であることは知っているが、ここは下手に否定しない方がいいだろう。


「そんなところです。ですが……その様子ではご存知ないご様子ですね」


 エレノアは再び前を向くと、階段を降りながら答える。


「……ええ。私は友人の一人から聞いたのだけれど、その方も情報通の友人から聞いたそうで、出どころまではわかりませんでしたわ」

「そうですか……」


 本当なら、少なくともエレノアは噂の源ではなさそうだ。とはいえ、動機が一番あるのは彼女という気もするし、油断はできない。


「エリンは、レジーナ様とこのまま付き合い続けて良いのか、迷っていらっしゃいますのね」

「え?」


 いや、全然……と答えかけて呑み込む。私が噂の真偽を知りたがっていると仮定すれば、確かにその結論になる。当人であるレジーナに聞かずに第三者にそれを聞くというのは、レジーナを疑っていることに等しく、それはつまり関係を考えているということに繋がる。


「違いますの?」

「……それは、違います。私は、噂の真偽に関わらず、レジーナとの友人関係は続けるつもりですわ」


 嘘をつくのは、得策じゃない。私自身嘘をつくのは得意じゃないし、それに……エレノアはそういうの見破るの上手そうだし。


「……そう。それが良いと思いますわ。公爵家とのパイプは、あって困るものではございませんもの」

「エレノア様は、どうして噂の真偽を気にされておられるのですか?」

「気にするでしょう。私は婚約者を奪われたのですから。卑怯な手を使われたのかは、気になりますわ」

「ああ。それは……そう、ですよね」

「何か思うところでもございますの?」


 エレノアの追求に、私は少し迷ってから口を開いた。


「いえ……エレノア様からはあまり、レジーナに対する敵意のようなものを感じませんでしたので。このような噂を気にされるのが意外に思えたといいますか。噂の真偽がどちらであれ、既に事実のように語られている側面もございますし」


 過ぎたこと、と彼女自身も言っていた。あくまで表向きの話で、胸の内では違ったということなのだろうか。だが、授業中もエレノアは特にレジーナを気にする素振りはなくて、むしろレジーナの方がエレノアを気にしているように見えた。何より、エレノアはこんな噂に振り回されるような人にも見えない。

 私の言葉に、エレノアは足を止めた。気がつけば、階段はもう終わりで、一階についている。階上からは微かに騒めきも聞こえてきている。他の生徒たちも教室を出てきたのだろう。

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