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運はちょっと私を贔屓し過ぎだ

 私も休憩しようと剣を下ろす。そういえばサフィアは、私に平気で話しかけて来た。レジーナほどではないにせよ、私とて悪い噂が出回っているはずなのだが。


「……そうですか。工学は三人で受けられそうで嬉しいです」

「それは……いいんですけど、サフィア様は私やレジーナと一緒にいて良いのですか? 私もレジーナの取り巻きで、あまり良い噂はないかと思いますが」


 そう尋ねると、サフィアは意外そうな顔をした。


「取り巻き……ですか? 私には、レジーナ様の方がエリンさんにくっついているように見えましたが」

「え? いや、そんなことは……」


 ないよな、と思い返す。いつだって私を誘ってくれるのは彼女の方だし。そもそも次期公爵夫人を取り巻きにする平民って色々とおかしい。


「……それに、私も」

「え?」


 私も? 私も何? 気になったのだが、サフィアはそこで言葉を切ると再び木剣を構えた。


「エリンさん、私のこともサフィアと呼んでください。レジーナ様が呼び捨てで、私が敬称を付けられるのは落ち着きません」

「あ、はい……すみません。でしたら、私のこともエリィと」


 ところで、私といて良いのか、の返事を結局聞けていないのだが、これは良いということだろうか。


「いえ、エリンさんと呼ばせてください。今後とも、よろしくお願いします」


 サフィアは、そう言って嬉しそうに笑った。よくわからない人だと思っていた。けれど……少なくとも、その笑顔に嘘はないように見えた。もしかしたら、これも父親の言い付け通りレジーナに近づくためかもしれないけれど。

 まあ、いいか。


「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。サフィア」


 工学の授業内容は、簡単に言えば危険物の扱い方を学ぶものだ。まだ二度目の授業とあってさすがに本物は触らないが、ゆくゆくは爆発物の作成とか、薬品の調合とか、そういうこともやるらしい。実技というよりも、実習に近い。実際に魔法や剣を使う他二科目と比べれば、なんとなく地味で異質な印象だ。実施場所も剣道場や演習場ではなく、教室である。

 途中で合流したレジーナと、平然とついてきたサフィアと共に教室に向かう。サフィアとレジーナは互いに一言も口を効かない。私を間に挟むように並んで歩いているのだが……なんとなく気まずいのは私だけだろうか。


「しばらくは座学なのかしら?」


 レジーナが小首を傾げる。そういえばレジーナは昨日いなかったから知らないのか。


「みたいですね。知識なしに触るのは危険だと昨日仰ってましたから」

「そういえば、本日からは基本的に四人班だとも仰ってましたね。エリンさん、私と組んでくださいますか?」


 反対側からサフィアに尋ねられる。


「えっ、そう……ですね。レジーナ、サフィアも一緒で良いでしょうか?」


 レジーナは即答はしてくれず、しばらく黙ってから私の方を見た。なんとなく、怖い笑顔で。なんだろう、目が笑ってない気がする。


「私がいない間に、随分とサフィアと仲良くなったみたいね?」

「剣術が……一緒だったので」


 まずかっただろうか。もしかして貴族特有の派閥とかがあって、サフィアとレジーナは敵対しているとかそういう。いや、でもグレイス家とシルベリア家が不仲なんて話は聞いたことがない。


「そう。別に、サフィアが構わないならいいわよ」

「そうですか。サフィアも構いませんよね?」

「もちろん、私はそのつもりですわ」

「そしたら、あと一人……」


 誰かクラスメイトにでも声をかけようか、と考えながら正面を向いて、私は言葉を途切れさせた。

 ここはもう教室の目の前。そして、おそらくは同じ教室を目指して正面から歩いてくる人がいる。

 四人目。見つけた。

 足を早めて近づくと、気がついた彼女が微笑んでくれた。腰に届くほどに長い茶髪のストレートヘア。小さな顔に、細い手足。


「ごきげんよう」


 親しげな様子は一切なく、目が合ってしまった知人に軽く挨拶するくらいの社交辞令。だが、構わずに私は接近して尋ねた。


「エレノア様も工学受けられるんですか!?︎」

「え、ええ……エリンも受けられますの?」


 ちょっと引かれてしまった。少し淑やかさが足りなかったな、と一歩引く。


「私も受けるつもりで……本日からは班活動だと伺っております。よろしければ、ご一緒にいかがでしょうか?」

「まあ、私と? 他の班員は……後ろのお二方かしら?」

「あ、はい。レジーナとサフィア……」


 言いながら振り向いて、私の声は尻すぼみに消えた。

 レジーナが真っ青な顔をしている。何かやらかしたか、と自分の行動を省みるが、どこで間違えたかわからない。もしかしてエレノアと不仲だった? でも、彼女らの家の間に何かあった覚えはない。

 私が焦っている間に、エレノアは私の横を通り過ぎるとレジーナに近づいて行った。


「レジーナ様、そのような顔をなさらないでください。私はなんとも思っておりませんわ。もう、過ぎたことですもの」

「……寛大なお言葉、感謝いたしますわ」


 レジーナは青い顔をしたまま答える。その視線はエレノアの方を見ずに、どこか床の一点でも睨み付けているようだった。


「まあ、寛大だなんて。そのようなことはございません。私は諦めるしかなかった……ただ、それだけですわ」


 エレノアは哀しげに微笑んで、レジーナはますます恐縮したように肩をすぼめる。

 これはつまり、そういうことか。


「エレノア様。知らなかったとはいえ、失礼をいたしました。申し訳ございません」


 スッと頭を下げると、エレノアが私の方を振り向いた。


「……そう。仕方ありませんわ。私など、レジーナ様の眼中にはございませんでしょうし」


 淑やかに、繊細に、エレノアは苦笑する。彼女はおそらく、フィリップの元の婚約者。気がつくべきだった。マルティン家ほどの家のご令嬢に、婚約者がいないわけがない。シンのような歳上の、平民上がりを相手に選ぶはずがない。


「ッ……そのような、ことは……」


 反論しようとしたレジーナの声はしかし、消え入るように途切れてしまう。さすがのレジーナも直接の被害者であるエレノアには強く出られない。

 レジーナを庇うべきか。だが、エレノアにはまだ話を聞かないといけない。この場で敵対するのは避けたい。とはいえ、エレノアに味方してレジーナを責めるわけにもいかない。傍観しているだけではエレノアに味方したも同然。

 どうしてこの事態を収集しようかと狼狽えていると、エレノアが私の方に近づいてきた。


「エリン。貴女はレジーナ様とどのようなご関係ですの?」

「えっ……と、友人……です」

「いつから?」

「ええと……知り合って二年くらいだと思います」


 急に何の話だろう、と訝しく思いつつも答える。もうレジーナへの興味は失せたのか、完全に背を向けてしまっている。


「二年……では、入学前からのお知り合いですのね」

「はい。たまたま図書館で知り合って……レジーナには大変親切にしていただきました」

「たまたま? シン様のご紹介ではございませんの?」

「えっ、違いますよ。シン先生とは、この学園で再会したので」


 確かに言われてみれば、エレノア視点だとそう見えるのは頷けた。シンとレジーナは義理とはいえ親族で、普通に考えればどちらかにどちらかを紹介されたと思うだろう。実際にはまったく別の場所でそうと知らずに知り合ったのだが。


「……素敵なご縁をお持ちのようですわね」

「本当にそう思いますわ。こうして、エレノア様ともお近づきになれました」


 近づけたのかはわからないが、とりあえずそう言っておく。シンのおかげで持てた接点ではあるし、運はちょっと私を贔屓し過ぎだ。

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