私はただ、運がいいだけ
なのにキャサリンはあんなに偉そうなのか……。
「で、三人目な。サフィア・シルベリア。お前らと同じクラス……というか、そういえば昨日一緒にいたな。関係者は彼女の婚約者の妹だ。この三人のうちの誰かが噂の発生源であれば、ほぼ確定だな」
三人とも名前は知っていて話したこともあるが、とはいえ人柄を知っているわけではないからなんとも言えない。まずは情報収集が必要。となれば。
「…………まずは、サフィア様からかな」
「お話を聞きに行かれるなら、私もご一緒しましょうか?」
レジーナの申し出には少し考えて、首を横に振った。
「いえ……とりあえず、一人で行ってみます。レジーナがいたら警戒されてしまうかもしれませんし」
「それもそうね……。でも、何かあったら言ってちょうだい」
「はい。ありがとうございます」
昼休みの後は選択科目の授業である。
昨日と同じ演習場に向かうと、今日は昨日よりも人が多かった。初回はクラス毎だったが、今日から選択科目については二クラス合同なのだ。ちなみに学年あたり五クラスあるから、もう一方は三クラス合同でやるらしい。
「……サフィアはいないようね」
レジーナが見渡して言う。サフィアは美しい銀の髪をしているから、いればすぐに見つかるはずだが、確かにその姿は見えなかった。
「魔道学は受けられないのでしょうか?」
「そうかもしれないわね」
見渡しながら、私は別の知った顔を見つけていた。リタだ。見慣れたクセのある茶髪は見間違えようがない。だが……。
「なんで囲まれてんのあいつ……」
なぜか女生徒に囲まれていた。しかも普通にチヤホヤされているようだ。というか、なんなら男子生徒もいる。
「エリィの知り合いの方?」
「幼馴染のリタです」
「ああ! 初日にエリィの可愛らしい髪型を変だなんて言ってくれた、あの失礼な方?」
「そうです。あの失礼な奴です」
思い返したら少し腹が立ってきた。だが、そうは言っても幼馴染だ。囲まれている理由は素直に気になる。
「でも……すごいわね。この学園まで一緒に合格するだなんて。エリィが勉強を見てあげていたの?」
「いいえ……私は、何も」
むしろ、受験勉強の間は疎遠になっていた。だからこそ、彼がこの学園を受けたなんてことも知らなかった。平民が何の支援もなしに合格できるほどこの学園は甘くない。彼もどこかで良い師に巡り合っていたのだろう。
「おっと、意外といるな。最初はサボる奴も多いんだが……ははーん、リタ目当てか」
背後で聞こえた声に振り返るとシンがいた。教室で一度別れてきたのだが、もう追いついてきたらしい。
「リタがどうかしたの?」
「ああ、お前らは別の噂の渦中だったから耳に入らなかったのか。久しぶりの逸材だよ。濃度が高く、粘度が低い。魔力量は測ってないからわからないが、そんなものは後からでも伸ばせるからな。縁談と養子縁組の話が押し寄せんのも近いだろうぜ」
「……それって、リタもシン先生みたいになるってこと?」
「宮廷魔道士に、ってことか? 可能性はあるだろうな。国としても、今は平民を重用したがってる。成功例がないと、平民の入学志願者が来ないからな。有能な奴は手放さないだろうさ」
悔しい。そんな感情が、ぽつりと湧いた。それは生まれ持った才能で、それにリタが要領が良くて優秀なことくらいは知っていて、幼馴染としてそのことが嬉しくもあるのに。似たような環境で生まれ育って来たのに、自分を置いて遠くに行ってしまう気がして悔しかった。
私ばかりが、置いて行かれているみたいで。
実力じゃ、きっと全然及ばなくて。
私はただ、運がいいだけで。
「……すごいな。さすが、リタ」
認めてるみたいなことを言って。悔しいなんて気持ちはおくびにも出さない。でないと、一層自分が惨めになりそうだから。せめて、それを祝福できる人間でありたいから。
「……エリィも、すごいわよ?」
「あはは、ありがとうございます。わかってますよ。でも……リタだってすごい人ですから」
「さて、リタ目当ての奴らは追い払って授業を始めるとするか」
私たちを追い抜いて、演習場の中心に向かって歩き出したシンに私たちも続いた。
魔道学の後は、剣術、工学と続く。サフィアに接触できたのは剣術の授業の時だった。
ちなみに今日の剣術の内容はひたすら素振りだ。地味なことこの上なく、早々にサボりを決めたのか帰っていく生徒もまあまあいた。魔道学もそうだったし、なんなら午前中からいない人もいた。序盤はそんなものなのかもしれない。家で学んできた貴族にとっては復習でしかないのだ。
サフィアの目立つ銀髪は探すまでもなく見つかった。話しかけようと近づくと、意外にもサフィアの方から声をかけてくれた。
「エリンさん。黙っていてくださったようで、ありがとうございます」
少し考えて、彼女の姓のことだと気がつく。昨日ついてきていたのも、もしかしたら見張っているつもりだったのかと今更思い至った。
「言いふらしたりはいたしませんわ。そういえば、サフィア様は魔道学は受けられないのですか?」
尋ねるとサフィアは僅かに目を伏せた。
「はい。私には、魔道の才はございませんので」
嫌味か。
「私より光は強かったかと思いますが」
「あ……いえ。そのようなつもりでは。たしかに、粘度や濃度は一つの指標ではございますが、それが才に直結するわけではありませんから」
まあ、そういうことにしておくか、と釈然としないながら一旦傍に置いておく。それよりも今日は話すことがある。
とりあえず真面目に授業も受けるべく私が剣を構えると、サフィアも隣に立って構えてくれた。木剣ではあるが、それなりに重量もあり、サフィアは慣れていないのか少し危なっかしく剣が揺れている。
「……レジーナの噂は、聞きましたか?」
とりあえず単刀直入に切り込む。ついでに剣も振っておく。剣なんて昨日初めて持ったが、意外と楽しい。割合的に女生徒は少なめ。こちらも二クラス合同だが、魔道学とは別の組み合わせのためリタはいない。
「ええ……まあ」
サフィアも曖昧に頷きつつ危なっかしく剣を振る。
「誰から聞きました?」
「誰から……というか、皆さん話しておられますから。ああ、でも……詳しい話を知ったのは今朝、エリンさんたちが話していたのを聞いたからです」
「え? 私たちですか?」
「キャサリン様と話しておられましたよね」
「ああ……」
確かにかなり目立っていた。あのタイミングで知った人も多いだろう。
「……レジーナ様は、剣術は受けておられないのですか?」
「はい。剣を振るのは無理だそうで。この後の工学は受けるみたいですけど」
「エリンさんは、工学は……?」
「とりあえず受けるつもりです。サフィア様は剣術だけですか?」
「いえ。剣術と工学を受けるつもりです。試験は、工学で取るつもりで……っわ」
ふらりと揺らいだサフィアの持つ剣の先がカツンと地面を打つ。重くて支えきれなかったらしい。
「私は……まだ試験については考え中です……ッ!」
思い切り振った剣をぴたりと止めて戻す。今のは割と良かった気がする。少しコツが掴めてきたかもしれない。
「……エリンさんは、あのような噂があっても、レジーナ様を味方されるのですね」
サフィアは小休憩のつもりか、剣先を地面につけたままでそう言った。
「噂は、所詮噂ですから」
「信じていない、と?」
「私はレジーナとはそれなりの付き合いですから。彼女が噂されているような人でないことは知っています」




