行き過ぎた謙遜は嫌味
「それは……私のせいだわ。私が余計なことをしたから」
「いえ、恨まれる以上に得たものの方が遥かに大きいので気にしないでください。むしろ、ありがとうございます。フィリップ様に聞きました。レジーナが私が殿下と同じ寮になれるように気を利かせてくださったんですよね」
「それは……そうなのだけれど、そんな善意だけじゃないのよ。私自身が、エリィと同じ寮になりたかったの」
そう言ってレジーナは少し照れくさそうに笑う。その表情と仕草があまりにかわいくて、私は思わずレジーナにハグしようと手を伸ばした。同性なれば許される。いや、異性であれど許されろ。こんな可愛い顔で可愛いことを言われたら抱きしめたくなっちゃうじゃん!
「レジーナ……! 私も同じ寮で嬉しいです!」
「えっ、ちょっとエリィ待っ」
その時、教室の扉が開く音がした。殺気。視線を向けた時にはすでにその姿はなく、私は背後から首を鷲掴みにされてレジーナからひっぺがされていた。
「僕のジーナに何してるの?」
「ッ……フィリップ様……は、速すぎませんか!?︎」
「むしろ待たせたでしょ。ごめんね、ジーナ。遅くなって」
フィリップは私への殺気はそのままにレジーナに優しく話しかける。というか、速いというのはそういうことじゃない。教室の入り口から、私の背後を取るまでが速すぎる。瞬間移動でもしたかのようだった。入り口からここまでは机だとかもあって、それらにまったくぶつからずに、私の目にすら止まらずに背後までなんて、瞬間移動でもしなければ不可能。
「フィル! エリィを離してください! 私のお友達です!」
レジーナが叫んで、ようやく解放された私は首筋をさする。アザにならないといいけど……。
「それで何してたの?」
冷気すら感じる声音でフィリップが言う。
「いえ……その……失礼いたしました。レジーナもすみません」
レジーナがかわいかったので、とか言ったら本気で殺されかねない。
「ははは、賑やかだなー」
朗らかな声が聞こえて、振り返ると教室の入り口にシンが立っていた。
「あれ? シン兄ちゃん、いつの間に」
「最初からいたっての」
呆れたみたいに答えて、シンは扉を閉めつつ教室の中に入ってくる。他に人はいないらしい。つまり、この三人分の食事は……。
「シンお義兄様とお話されていて遅くなりましたの?」
レジーナがフィリップに尋ねる。
「うん。ジーナの魅了魔法の件で。何か申し開きがあるのかと思ったんだけど」
「あるわけないだろ。俺は俺の仕事をしただけだ」
「仕事って言うなら生徒に漏らさないでよ。一日で学園中に噂が広まってるってどういうこと?」
私の言葉にシンは一転して真面目な顔になると頷いた。
「そうなんだよ。いくらなんでも早すぎる。一応は個人情報なんだ。そんなホイホイ言い触らされるような管理はこっちだってしてない。まさかお前らが言い触らしたなんてこともねえだろうしな」
シンの反応にレジーナが眉を顰める。
「どなたかが意図的に私の噂を流したと仰いますの?」
「そうとしか考えられない。しかも……このスピード感となると、俺が報告上げた時に居合わせた奴らくらいしか疑わしい人間がいないんだよなあ」
後を引き継ぐようにフィリップが口を開いた。
「それで、義兄さんはその疑わしいって三人からの犯人の特定を君に頼みたいんだって」
フィリップの視線を感じて、フィリップの方を振り返る。君……。
「え? 私?」
「ああ。俺が動けば警戒されるし、目立つだろ。お前は人に取り入るのが上手いからな。適任だ」
なぜだろう。あまり褒められている気がしない。
「取り入ってるつもりはないんだけど」
「おいおい、俺の義弟が絆されてるんだ。行き過ぎた謙遜は嫌味だぞ」
「絆された覚えはないけど」
相変わらず冷ややかなフィリップの視線が向けられる。これで絆してるのだとしたら、私以外に向ける視線っていったい……。
フィリップの言葉は無視してシンは話を進める。
「それに、お前は平民だ。貴族ってのは無条件に平民を見下すもんだから、お前なら油断を誘いやすい。その上、多少目立つ行動をしたところでもう十二分に目立ちまくってるから警戒もされにくい」
なるほど。理由はわかった。なんとなく釈然としないが、とりあえず私が適任……もとい、都合がいいことはわかった。わかったのだが、そもそもこれは学園側の問題のはずで。
「……それ、私に何のメリットが?」
シンがにやりと笑った。
「犯人を見つけ出した暁には、俺が魔道具開発部に資金援助してやる」
「ッ……!」
思わずシンの顔を二度見した。魔道具開発部には殿下が所属している。そして私は勧誘を受けている。だが、目下の問題として、私には活動費が払えない。だからこそそれを免除される成績優秀者を目指している。だが……部のスポンサーがお金を出してくれるなら活動費を自分で工面する必要はない。
「今週末には部活動紹介がある。入部は来週からだ。先を越されたくはないだろ?」
成績優秀者となるのは、どんなに早くとも五月の試験が終わってから。
「……やる。やるけど、そんなお金持ってるの?」
ふふん、とシンは得意げに笑って答えた。
「宮廷魔道士の給料は結構高いんだぜ? それに、犯人が見つかってくれねえと最悪俺の責任になる。それくらいの報酬は出すさ」
後半の理由には納得できた。どうやらシンも本気で困っているらしい。
「わかった。噂を流した人を特定すればいいんだね」
「話がついたなら、食事にしよう」
「エリィもどうぞ」
声に振り返ると、既にフィリップとレジーナは食事を始めていた。
「えっ、私もいいんですか?」
「ええ。フィルに頼んでエリィの分も用意していただいたの。あ、今日もお弁当だった? ごめんなさい、伝えるのが遅くなって」
「あ、ええと……シン兄……先生も、食べる?」
今更ながら呼び方を改めた。教室では気をつけているのだが、こういう場になるとつい、兄ちゃん呼びが出てしまう。
「おう。そういうことなら貰うよ。それに、容疑者についても話さないといけないしな」
適当な椅子に座って、私は自分のお弁当を広げて、シンもまた私のために用意されていた食事に手を伸ばす。明日からは用意して貰えるということだろう。タキにお弁当はいらなくなったと忘れずに伝えなければ。
「……それで。容疑者は?」
フィリップの言葉に、シンは頬張っていたものを飲み下してから口を開いた。
「ああ、教職員の名前言ってもお前らにはわかんねえだろうから、そいつらが接触した可能性が高い生徒の名前を教える。まず一人目は、エレノア・マルティン。彼女の叔父がここで働いてる」
「エレノア様ってたしか……シン先生の婚約者の」
「候補だ。こっちは承諾してない。二人目はキャサリン・クネフ。三年の生徒で、関係者は彼女の兄」
「今朝声をかけて来られた方ですわね」
レジーナの言葉で、頭の中に金髪ドリルの顔が思い浮かんだ。そうか、あの人が。え? あの人が?
「三人目が」
言いかけたシンを遮って思わず身を乗り出した。
「ま、待って! クネフって、あのクネフ家!?︎」
「ああ。あのクネフ家だ。さすがに知ってるか」
「それはもちろん……。魔道学の祖じゃない。そうなんだ、キャサリン様が……」
クネフ家は割と最近公爵位を叙爵された家だ。その最たる功績は、魔道学の確立。単なる超能力を学問にまで昇華させた。その他にも様々な功績を一代で上げて公爵家まで成り上がった偉人……が、キャサリンの祖父にあたる人物だろう。ちなみにその人が一線を退いてからは、これといって何かをしたとは聞かない。