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自分から進んで魅了魔法にかかりに行く点はかなり面白い

「フィリップ様」


 声をかけて来たのは、金髪カールの女生徒だった。周囲には取り巻きらしい女生徒たちを引き連れている。派手な化粧に派手な扇。どこかで見た顔だな……と考えて、先日の新入生歓迎会で見たのだと思い出す。私をコケにしてくださった、名前はたしかキャサリンといったか。


「……君か。何か用?」


 このいかにもなご令嬢を『君』呼ばわりしたフィリップは、心底興味薄そうに尋ねる。


「相変わらず無作法な方ですのね。噂の渦中の方の顔を見に来たのですわ」

「暇なの?」


 めちゃくちゃ冷たい。こんな態度を取られてさぞかし怒っていることかと思ったが、キャサリンはまるで気にした風もなく笑っていた。


「暇ではございませんわ。ところで、お噂は聞きましたの?」

「さあ」

「相変わらずつまらない方ですわね。ご存知ないなら教えて差し上げますわ。貴方のご夫人の魔力特性、魅了だったそうではございませんの。一切女性……いえ、それどころか男性にすら興味を示さなかった貴方が、いきなり人が変わったように溺愛し始めた……。誰だって気がつきますわ。そこの悪女が貴方を誑かしたのだと」


 笑みすら滲ませながら語るキャサリンに、しかしフィリップも少しも動じない。


「人の妻を悪女呼ばわりか。無作法なのはそちらの方では?」

「まだ現実が見えておりませんの? 貴方ほどの強力な魔道士をそこまで……素晴らしいですわ! フィリップ様、魅了にかかるとはどのような感覚ですの? 私は絶対にごめんですけれど、興味がありますわ」


 楽しげに話すキャサリンを見ながら、私はただの派手なご令嬢と思っていた評価を改めていた。ここに着くまでに感じた視線も耳に届いた囁き声も、その大半はレジーナを非難する類のもので、フィリップに同情するものだった。けれど、この人は本当に面白がってレジーナとフィリップを見ている。その態度には一切の同情も非難も見て取れない。


「君に話す義理はない。話がそれだけならもう失礼する」

「本当につまらない方。ねえ、グレイス夫人? 私、貴女に興味が湧きましたわ。今度ごゆっくり一緒にお茶でもいかがかしら?」


 完全に空気になりつつレジーナの様子を窺うと、レジーナもまた少しも動じている様子はなかった。


「機会がございましたら是非」

「近いうちにご招待いたしますわ。ああ、それと……よろしければ、貴女もいかがかしら? どのようにレジーナ様に取り入られたのか、興味がありますわ」


 ここまで空気だったのに突然その視線が私に向いた。周りの野次馬も初めて私の存在に気がついたように一斉に視線がこちらに向く。


「……取り入っただなんて。ただ、運良くお知り合いになれただけですわ」


 とりあえずにこりと笑ってそう返すが、キャサリンは少しも信じていないようだった。探るような無遠慮な視線に、努めて笑顔を返す。だが、浴びた注目をなかったことにはできない。そういえばあの女は同じ寮ではなかったか、同じ馬車から降りて来てはいなかったか、と囁く声が聞こえてくる。


「ふふ……今日のところは、そういうことにしておいて差し上げますわ。では、ごきげんよう」

「ごきげんよう、キャサリン様」


 レジーナが品よく別れの挨拶を返すと、キャサリンの真っ赤なルージュの唇が弧を描く。そうして踵を返すと、ふわりと制服のスカートを翻らせて、堂々たる足取りで颯爽と去っていった。その後ろを取り巻きがくっついて行く。


「……面白い方でしたね」


 そう感想を溢すとレジーナが信じ難いような目で私を見てきた。


「面白い……?」

「フィリップ様をつまらないと評する方ですよ。面白いじゃないですか」


 いくら態度が最悪とはいえ、この美男子相手に「つまらない」と言い切った。それを面白いと言わず何と言うのか。


「君もそう思ってそうだよね」

「そんなことはございませんよ」


 フィリップの言葉は素知らぬ顔で受け流す。別につまらない人とまでは思ってないし。むしろ自分から進んで魅了魔法にかかりに行く点はかなり面白いと思う。


「……じゃあ僕は行くよ。また昼にね、ジーナ」


 フィリップは改めてレジーナの額に口付けを落としてから、東校舎の方へ向かって歩き去った。

 その後、周囲の視線は増えたが話しかけて来る者はもうおらず、レジーナも視線に動じることなく午前中の授業中を終えた、昼休み。

 昨日と同じフィリップと待ち合わせた教室でレジーナは机に顔を突っ伏していた。


「だ、大丈夫ですか……?」


 放置もできず声をかける。フィリップはまだ来ておらず、教室には二人きりだ。ちなみに食事は準備万端用意されていた。しかも三人分である。これは私の分と自惚れてもいいのだろうか。それとも殿下とかロレンスとか来るのだろうか。


「無理よ。身が持たないわ。なんで……どうしてフィルは平然としているの……! どうして私を追い出さないの。これが私への罰だというの? これほどの罰を受けるほどのことを私はしたの……!?︎」

「でも、レジーナかっこよかったですよ。少しも動じていなかったじゃないですか」

「それは……エリィがいたからよ……。貴女が堂々としているから、私も……」

「え? いや、私その場に居合わせただけ」

「居てくれた、でしょう? それに、少しも疑わずに私のことを信じてくれた。私ね、貴女の存在にとても救われているのよ。私は……他人の婚約者を奪った悪女で、私がフィルの心を弄んだのだと、今は誰もがそう思ってるわ。私が彼らの立場でもきっとそう思う。まさか……フィルがそうとわかっていながら結婚しただなんて誰も信じない……。当事者の私でさえ信じ難いのよ?」

「それは……二人のことをよく知らないからで」


 レジーナは諦めたように笑った。


「そんなの、関係ないわ。そんな人だと思わなかった、と言う人はいるでしょうけれど。そんな人じゃない、と断言してくれる人はきっといない」


 それは単に悲観的な推測でしかないのか、あるいは事実としてそうなのか、私にはわからなかった。ただ……どちらにしても、そこまで自分を信じてくれる人というのは案外稀なのだろう。私だって、レジーナから先に話を聞いていなければ疑っていた気がするし。


「……まあ、一つだけ確かなことは、だいたいシン先生とフィリップ様のせいってことですよね」


 立場的に断れないレジーナに結婚を迫ったフィリップもそうだが、それ以上に事を厄介にしてくれたのはシンだ。せめて庇ってくれればいいものを、彼は完全に中立の立場の様子だった。教室でも魅了魔法の真偽を問いただした人がいたのだが、シンは肯定も否定もしなかった。守秘義務があるから自分の口からは何も言えない、の一点張りである。つまりはその守秘義務とやらを破った奴がいるから噂になっているのだが。


「……私には、どうにもできなかったわよね……?」

「聞いた限りでは完全に事故です。レジーナは悪くありません」


 二人にはもう少し本気でレジーナを庇って欲しいところだ。一応家族なのだし。


「……ありがとう。そう言って貰えてほっとしたわ。でも……エリィ。やっぱりこれ以上は私と一緒にいない方が」


 本日何度目かのことを言い出したレジーナを遮って口を開く。


「くどいですよ、レジーナ。そもそも今更レジーナと距離を置いたところでどうにもならない程度には私も恨みを買ってます」


 今朝のこともあって、私の噂も瞬く間に広がってしまった。レジーナという悪女の友達、という点はおまけでしかない。噂になっているのは、私がまんまとルキウス殿下と同じ寮になっていることだ。さすが悪女の友人、何か卑怯な手を使ったに違いない、と思われている。そして厄介なことに、私は実際にフィリップの口利きという卑怯な手を使っているため否定できない。

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