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私の中ってこんなに深かったんだ

「あ、ありがとう、ございます」

「ふっ、実を言うと……僕もこうして人の魔力量を測るのは初めてなんだ。緊張するものだな」

「えっ」


 殿下の初めて……!?


「では、失礼する」


 ぬるりと熱い殿下の魔力を感じた。どきどきしながら待ち構えていると、魔力は私の奥まで浸透してくる。レジーナやシンに触れられた時よりも、もっとずっと深く。私の中ってこんなに深かったんだな、と気がついた。まるで触れられた場所が目覚めていくように、見えなかった場所が、曖昧だった感覚が、殿下の魔力が通ったところから鮮明になっていく。

 というか待って。どこまで入ってくるの?


「ッ……う」

「…………深いな」


 魔力が沸騰するみたいに熱い。自分の中の、自分の知らない場所。肉体とは別の、重なり合う何か。やがて殿下の魔力が……中心に、魔力の源に、触れた。刹那、波が引くように殿下の魔力が私の中から出ていく。


「ッ……は、はあ……ッ!」


 いつの間にか詰めていた息を吐き出す。いつの間にか殿下にもたれていたことに気がついたが、体が脱力してしまっていて、すぐには離れられない。


「エリン嬢、大丈夫か? 驚いた。僕と変わらないな……一等級だ」

「へっ!? い、一等ってたしか、特級の次の」

「ああ。だが、特級は測定不能なレベルだから規格外だ。一等級もあれば充分に優秀な魔道士になれる。だが……触れた感じ、濃度はあまり高くないようだな」

「はい……濃度も粘度も低くて、典型的なヘタれるタイプって。あ、すみません、寄りかかったままで」


 慌てて距離を取ると、殿下は気遣わしげに肩を支えてくれた。


「ヘタれる……か、まあ高威力の魔法を使うには難があるのは間違いないが、別に悪いわけじゃない。粘度が低いということは素早い発動が可能ということだ。威力の弱い魔法でも数を撃てれば充分に脅威になる」

「……殿下も、一等級なのですか?」

「ああ。といっても、僕は訓練して伸ばした。魔力濃度と魔力粘度は完全な生まれつきだが、魔力量は体の成長に加えて、使うことでも伸びる。それもあって、貴族には三等級や二等級が多いんだ。五等、四等から訓練で上げられるからな。だが……一等まで上げるとなると難しい。まして、君は平民だろう。完全に生まれ持ったのだとすれば紛れもない才能だ」


 才能……才能……。殿下の言葉が頭の中でエコーする。私にも、あったんだ。


「この力は、殿下のお役に立ちますか?」

「ああ、もちろんだ。強い魔道士の存在は国の力になる。この学園も、君のような才ある若者を見出すための取り組みだしな」


 もちろんだ、に続く言葉は右から左へと抜けて行った。役に立てるんだ、という事実が頭の中をじわじわと満たす。


「わ、私、頑張りますね!!︎」


 ぐっと拳を握り締めた。いつか隣に立てるようにと思っていた。果てしないように思えた夢は、入学できた時点でほんの少しの現実味を帯びて、同じ寮になってさらに期待は増して、そして今、手が届きそうな夢に思えてきた。


「ああ。期待している」

「はい!」


 立ち上がろうとしたら、殿下に手首を掴んで引き止められた。


「待て、そう急くな。魔力量を測った者は、その測り方も教えるのがルールだ」

「わっ……と、し、失礼いたしました。その……少し、舞い上がってしまい」

「気持ちはわかる。自分の身に力があるとわかれば、気分も高揚するものだ。それで、測り方だが……やり方は簡単だ。自分の魔力を相手の魔力に繋げて、その源へと辿っていく」

「…………それだけ、ですか?」

「口で言えばそれだけだ。だが……今の感覚で、なんとなくわからないか? 自分の中にある魔力の導線と量感が明確になっただろう」


 言われて、こくりと頷いた。それは確かにその通りだ。不思議なもので、それまでまったくの無意識下にあったはずのものの存在が、今は手に取るようにわかる。


「これが……他の人の中にもあるってことですか?」

「ああ。魔力量の測定は、その魔力導線を刺激して活性化させる意味合いもある。目覚めていく感覚は、辿る側にもわかる。そして、その中心に触れた時、全体像がわかる」


 殿下の言葉はすごく感覚的なのに、それが理解できるのが不思議だった。たしかにきっとそうなのだろうと確信できるし、これくらいなら初めてでもできるだろうという気がする。ただ……。


「結構……恥ずかしいですね」


 プライベートなものとか、親しい人にやってもらうもの、と言われた意味を今になって実感する。なんというか、内臓まで見られたような気分とでも言おうか。それにこれは……たぶんやる側も恥ずかしい。なんで殿下はこんなに平然としているのか。


「だろう? だが……するとしないでは魔力の出しやすさが違うからな。他にアテがないのであれば、それくらいは引き受けるさ。さて……そろそろ夕食の時間だな。僕は荷物を片付けてから行くから先に行ってくれ」

「あ、はい。ありがとうございました」


 立ち上がって居住まいを正して、深々と礼をしてから部屋を出た。

 そのまま階段を下りて食堂に入ると、そこにはまだ誰も来ていなかった。無人の部屋の中、整然と食器だけが並んでいる。厨房の方からはいい匂いが漂ってきているからすぐに用意もできるだろう。先に座って待っていようと椅子を引いたところで扉が開いた。


「あれ? エリンちゃんだけ?」


 入ってきたのはロレンスだ。外に出ていたのか、薄緑の髪が少し乱れている。


「はい。もうすぐ殿下は来られると思いますけど。ロレンス様はどこかへ出掛けていらっしゃったのですか?」


 そういえば、レジーナが飛び出して行った時にもロレンスは出て来なかった。


「うん。ちょっとね。ところで、エリンちゃんが戻って来てるってことは、フィリップも一緒?」

「あ、ええと……色々あったんですけど、たぶん今フィリップ様はレジーナを探しに行ってると思います」

「……何があったのかよくわからないけど、そしたら今日は三人だけかな」

「レオン様はいらっしゃらないんですか?」

「うん、レオは割と帰りが遅いんだよね。たぶん今日も自主練かな……」

「自主練って」


 と、言いかけたところで厨房へ続く扉が開いた。アンナとキエラが食事を乗せた盆を持って出てくる。邪魔にならないようにと私がそそくさと壁際に寄るのと反対に、ロレンスはさっさと席につく。むしろ座った方が邪魔にならないのかもしれない、と思いつつ壁際で固まっている間に、食事を並べ終えたアンナたちはさっさと引っ込んで行った。

 それを見届けてから席につくと、ロレンスが口を開く。


「……エリンちゃんは、ルキウスのことが好きなんだよね?」

「は、はい……好きですよ」

「なのに、ルキウスの側室になりたいんだ?」


 穏やかな微笑みでそう続けたロレンスに、思わず身構えた。何が言いたいのかなんて、聞き返すまでもない。


「……私では、釣り合わないと仰りたいのですか? 殿下の風評をいたずらに落とすことになると」

「へえ、わかってるんだ」


 ロレンスはほんの少し意外そうな顔をする。


「そのような浅慮をなさる方がいらっしゃるのは承知しておりますわ。ですが……平民の側室程度で評価が落ちるほど、殿下は低能な方ではございませんわ」

「そっか……それも、よくわかってるね。でもそれは、君の振る舞い次第じゃない?」

「その通りですわね」


 警戒を緩めずに、まっすぐにロレンスの目を見返す。ロレンスの翠眼もまた、揺らぐことなく私を見据える。私を見定めるみたいに。


「随分と自信があるみたいだね」

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