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愛してる

「魅了を……レジーナが?」


 じゃあ本当に、フィリップは魅了魔法の力でレジーナに恋をしていたのか。でもレジーナが魔法を解いた……? 魔法をかけた自覚もなかったのに、解くなんてことできるのだろうか。いや、それよりも魅了を解くメリットなんてレジーナには。


「その様子じゃ違うのか。ほんと……何の嫌がらせだ。解く前に言って欲しかった。『愛してる』なんて言葉」


 その言葉で、レジーナの行動がストンと腑に落ちた。


「なんだ……やっぱり、ちゃんと好きなんじゃん」


 好きな人を騙し続けるなんて、ましてや気持ちを弄ぶだなんて、気分のいいものじゃない。解くことができるなら、私でもきっとそうしただろう。好きな人の表情から、自分のへの親愛が消える瞬間を、レジーナは見たのだろうか。


「ともかく、これは僕たちの問題だ。君はこれ以上首を突っ込まないで」


 突き放すように言ったフィリップの顔を、正面から見上げた。


「わかりました。でも、これだけ、聞かせていただきたいです。レジーナに会って、どうするおつもりですか?」


 場合によっては行かせられない。そう思っての問いだったが、フィリップの返答は意外なものだった。


「もう一度、魅了をかけてもらう」

「…………え?」

「僕をもう一度魅了してもらう」

「いや、聞き返したわけじゃなくて。な、なんで……ですか?」


 せっかく解けたのに? フィリップは呆れたようにため息を吐いた。


「その方が都合がいいだろう。僕と彼女は夫婦なんだから」


 都合がいい……?


「ま、待ってください。なんですか、都合って。だって、そんな……自分の感情を、騙すみたいな」

「それの何が問題なの?」


 いや、問題しかなくない?


「だって、嫌じゃないんですか? 自分の気持ちが、自分のものじゃないみたいな」

「僕にはもともと、守らないといけないような感情はないから。問題ない」


 ロレンスが言っていた、『フィリップにとっては、等しく他人』という言葉が脳裏を過った。まさか本当にそういうことなのだろうか。でも、だとしたらそれは、やっぱり、あんまりにも寂しい。そして……レジーナの魅了は、その寂しさを埋めるものだったのかもしれない。


「フィリップ様は、レジーナに魅了されていること、自覚していらしたんですよね?」

「当たり前だろう。気が付かないわけがない」

「……どうして、最初からレジーナに解かせなかったんですか? なんで何も言わなかったんですか? レジーナの立場じゃ断れないことをわかっていて結婚までするなんて」


 フィリップは怪訝そうな顔をしてから、何かに気がついたように口を開いた。


「ああ……なるほど。君もレジーナも誤解してるみたいだけど、彼女の魅了は僕でも解けるよ。魔法をかけられた本人と魔法をかけた当人にとっては、解くのはそう難しくない。何も言わずに結婚したのは、その方が都合が良かったからだ。彼女に言えば、今みたいに解こうとするだろう」

「レジーナに、魅了されていたかった……って、ことですか?」

「ああ。もちろん」

「……すごい力ですね」


 自ら解けるものに、解かないという選択をさせるだけの依存性。魔法をかけている間だけでなく、その力の記憶さえも人を魅了する。一度それを知ってしまえば、知らなかった頃には戻れないのかもしれない。感情操作……もし、私にも同じ力があるのだとしたら、なんて考えてしまって慌てて振り払った。


「そうだね。でも、ただ惹かれるだけだ。理性を奪われるわけじゃない。自分で解くことも容易だし、怖がるほどの力ではないよ」


 …………あれで、理性あったんだ。

 理性あってなお、あの溺愛……それは、脅威なのではないだろうか。


「……レジーナのこと、お願いします」

「お願いしていいの? 僕みたいな冷たい人間に」


 ほんの少し、意外そうな響きを纏った声に、私の方が意外に思って笑った。


「冷たいとは思いません。それに……フィリップ様はまだレジーナに『魅了』されてるみたいですし」


 都合がいいから、なんて淡白なものだと思う。私が殿下を愛してるみたいに、レジーナを愛してはいないのだろう。でも少なくとも、レジーナが恐れたようなことにはならなさそうだし。それなら、ここで私が首を突っ込むことでもない。


「君は変わってるね」

「フィリップ様には言われたくないですよ!?」

「ふっ……たしかに、その通りだ」


 えっ、笑った?


「なんだ、ちゃんと感情あるじゃないですか」


 そう言った次の瞬間には、もうフィリップは真顔に戻っていた。それでも、よく見ればわかる。ほんの少し、晴れやかな顔をしている気が……いや、やっぱり気のせいかもしれない。レジーナなら、わかるのだろうか。


「守るほどのものはないって言っただけで、感情がないとまでは言ってないでしょ」


 呆れたように言い返されたその時、ガチャリと玄関の扉が開いた。弾かれたように振り返ると、目の前に殿下が立っていた。金の髪の一本一本まで見えそうな至近距離にバックンと心臓が跳ねる。


「おっ、お帰りなさいませ!」

「おっと……珍しい組み合わせだな。こんなところで立ち話か?」

「少しね。僕はちょっと出てくる。あ、そうだ。ルキウス、エリンが魔力量測って欲しいって。見てあげたら?」

「え゛っ!」


 急に何を仰って……!? と焦っている間にもフィリップは殿下と入れ替わりに出て行ってしまった。そういえば、何気に名前呼ばれたの初めてじゃないだろうか。覚えてたんだ。


「……魔力量、か」

「あっ、その、申し訳ございません! ご迷惑ですよね。ただ、その……他に見ていただける方のアテもなくて。で、ですが殿下のお手を煩わせるほどではございませんので」

「いや。ちょうど夕飯までも少し時間がある。僕の部屋で構わないか?」

「ッ……は、はい!」


 これは、思わぬ援護射撃に恵まれた。

 緊張しつつ殿下の後について部屋に入ると、間取りは私の部屋とほとんど変わらなかった。ちなみに部屋の場所は右の階段を上って二階の奥、レジーナの隣の部屋である。


「すまないが、椅子は置いていなくてな。寝台に座って貰えるか?」

「失礼いたしますわ」


 いや、むしろ床で構いませんが!? と内心で思いつつ遠慮がちに寝台の端に腰掛ける。たぶん私の寝台と同じで、寮の備え付けなのだろう。私の部屋との違いといえば、床に青い絨毯が敷いてあることくらいで、クローゼットやドレッサーについても同じだ。もちろんそこに置いてあるのは私の部屋とは比べ物にならない高級感漂う品々だが。

 ルキウス殿下は荷物を適当に部屋の隅に置くと、早速私の隣に座った。その体温が感じられるほどの距離。すぐ隣で体重を預けられたマットレスが沈み込む。どうしよう。心臓がうるさすぎる。というか、個室で、寝台で、男女が二人きりって。いいのだろうか。貴族ならそういうものなのだろうか。いやでも殿下はいつも通りだし。


「さて、やろうか。手を」

「ッはい! お願いいたします」


 おずおずと差し出された手に手を重ねる。大きな手で、少し硬いのは剣だこだろうか。私よりも少し熱い体温が伝わる。手を握り返されて、かあっと頬が赤面した。やばい。どうしよう。それはもちろん側室になる気で学園にだって入学したのだけど、だからってこんな急展開は予想していなかったというか。あっ、呼吸音が聞こえる。殿下の呼気で空気が揺れるのを感じられる気がする! 

 無心無心無心無心……などと雑念だらけの思考をしていると、殿下がぎしっと距離を詰めてきた。


「気分が悪くなったら、こちらに寄りかかってくれて構わないからな」


 そんな畏れ多いことを!?

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