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正直、結構な豪運だとは思っている

 サフィアが驚愕したように顔を強張らせた。そんなに驚かせるようなことを言っただろうか、と私の方が驚く。


「どうして……? 自己紹介でも、家名は言っていないのに……」


 そうだったんだ。


「サフィア様というお名前……それに、その美しい銀の髪は、他にございません。ただ……瞳の色が、赤ではないのですね」


 サフィアの顔をまじまじと見る。その瞳の色は、燻んだ濃い茶色のように見えた。サフィアがサッと顔を伏せる。


「……まだ、そんなことまで覚えている方がいたのですね。もう……百年以上経っているでしょう」


 サフィアは、かつて氷の魔女と畏れられた女の名前だ。北方のシルベリア辺境伯で、長い間国境を守ってきた。サフィアという名は代々受け継がれ、珍しくも女系の家柄で、当主の名は常にサフィア・シルベリア。近親交配を繰り返したためか、あるいは元からそういう血筋だったのか、銀の髪に血赤の瞳が特徴の家。

 それが……隣国と共謀して国に反旗を翻して、男爵家まで没落したのが、百年と少し前のことである。


「本で読みました。有名な家ではないのですか?」


 サフィアはゆっくりと首を横に振って、声を潜める。


「当時、その顛末を語ることは憚られたのです。本来であれば、一族郎党皆殺しのところ。それでも……国は魔女の才を惜しんで、目立たない辺境の小さな領地と男爵位を与えて、蟄居させた。家の名前くらいであれば、ご存知の方もいるでしょうが……今となっては、何も知らない方も少なくはないかと」

「……すみません。他言はしないようにします」

「そうしていただけると助かります。それで……貴女は私の領地の場所、特産品、経営状況まで答えられるんですか?」


 顔を上げたサフィアは、もう元の無表情に戻っていた。


「……領地は、南西の外れ。稲作が主な産業ですね。ただ……それも近年は不作と伺ってます。加えて、近年は小麦産業も活発になっております。経営状況はよくないのではないでしょうか」


 嫌な想像が、脳裏をよぎった。貴族の家を学ぶ中、多くの貴族の歴史を知った。すると、ある種の傾向のようなものが見えてくる。傾いた家が立ち直ることは滅多にない。落ちぶれた家では、縁談の相手も選べなくなる。資金援助を得るためには、不利な条件でも飲まねばならない。


「……そこまで、ご存知なんですね。さすが、レジーナ様が見込んだお方。失礼なことを言ってしまったこと、謝罪します」

「レジーナに近づいたのは……、良きご縁を求めてのことですか?」


 貴族令嬢は政治の道具にされることも珍しくない。ジョアンナが殿下との結婚に消極的なように、家の都合で相手を決められることは平民より多いだろう。決して立場の強くないであろう彼女が、少しでも良い相手を見繕うには、言ってしまえば優良物件を色恋で落とすしかない。

 そんな私の考えとは裏腹に、サフィアは首を横に振った。


「……何か誤解されているようですが、縁談に関しては諦めています。私のような出来損ない、相手を選べるような立場ではございませんから。お近づきになりたいのは……お父様にそのように指示されたからです」

「はい……?」


 言っている意味を理解しかねた。レジーナと、公爵家の人間と仲良くなれと父親に言われたから? だから近づいた? というか、出来損ないだから仕方ない?


「……貴女のような優秀な方には、わからないでしょうね」


 どこか憂いを帯びた声で、サフィアは呟いた。男爵家の令嬢が、公爵家の夫人に近づく。平民の私ですらわかる。周囲の反感は避けられない行為だ。それをわかっていて、父親がそれを指示した?


「あなたに……ご自分の意思はないのですか?」

「……それを持つことを、許されたあなたはご自身の幸福を理解すべきです」


 両親から意思に反した強要などされたことはなく、幼少期にはシンという師に恵まれ、学園に行くことも許されて、レジーナという強い味方を得ている自分が、幸せ者だということは理解している。正直、結構な豪運だとは思っている。だからといって、ただ意思を持つことが幸福などであってたまるか……!


「出来損ないと……あなたに言ったのも、お父様なのですか?」

「はい」


 なんだかすごく、腹立たしかった。私が怒るのもおかしな話なのかもしれないが、平たく言うならムカついた。私にない立場を、気品を、特別な血を持っていて、何もしなくても学園まで来れるのに。そんな根拠のない罵倒で意思を持つことさえ諦めさせられているなんて。


「サフィア様」

「……何ですか?」

「不思議ですわね。存じ上げない方ですのに、私、サフィア様のお父上のこと嫌いですわ」

「…………そうですか」

「二度と私の前で、ご自分が出来損ないなどと仰らないでください。嫌味にしか聞こえませんわ」


 サフィアは、何も答えずに目を伏せた。

 それからしばらくしてシンは戻ってきたが、レジーナは授業が終わっても戻って来なかった。

 やむなく一人……いや、なぜかついて来たサフィアと二人で、剣術と工学の初回授業を受けてから帰寮すると、フィリップが玄関口で真っ青な顔をして立っていた。

 ずっと心配していたレジーナのことが頭をよぎって、思わずフィリップに駆け寄る。


「フィリップ様、もしかしてレジーナに何か……ッ」


 向けられたフィリップの視線に、寒気を感じて思わず言葉を飲み込んだ。冷え冷えとした視線に、これこそ本当の殺気だと理解させられた。冷たく鋭く射抜く視線を逸らすことなく、フィリップは体ごと私に向き直る。


「ジーナに、何をしたの?」

「……私は、ただ」


 ただ、サフィアに冷たくするのはどうしてか聞いただけで。それで、傷つけたのだろうか。レジーナが戻って来なかったのは、私のせいだったのだろうか。喉が張り付いたみたいに、上手く声が出せずにいると、奥から現れたロレンスがフィリップと私の間に割り込んできた。


「フィリップ。エリンちゃんに当たるな」

「当たってない。直前まで一緒にいたはずの彼女が何かしたとしか考えられない」

「決めてかかるなって言ってるんだ」

「あの! レジーナ、どうしたんですか? シン先生と話しに行ってから授業に戻って来なくて。先に帰ってるんですか?」


 もちろんシンにも聞いたけれど、「俺が先に部屋を出たから、その後は知らない」と言われてしまった。


「……義兄さんと?」


 フィリップの目付きが鋭くなって、唐突に私の腕を掴んだ。


「……え?」

「会いに行く。君も来て」

「ちょ、ちょっと待っ……行きますから! 引っ張らないでください!」


 フィリップは聞く耳を持たず、たった今乗ってきた馬車に私を引き摺り込む。


「出して!」


 フィリップが御者に指示を出して、馬車が慌てたように走り出した。窓の向こう、苦笑したロレンスがあっという間に遠ざかっていく。外はもう夕暮れ時だ。


「フィリップ様! レジーナはどうしたんですか?」


 問い詰めるように聞くと、ようやくいくらか冷静さを取り戻したフィリップが進行方向から視線を外して私を見た。


「ジーナが部屋から出て来ない。中から鍵をかけて、何を言っても開けてくれない」

「レジーナは……なんて?」

「一人にさせて、としか。それで、なんでジーナは義兄さんと話しに行ったわけ」

「魔力特性を見るためです。シン先生が一人ずつ声をかけているみたいで」

「やっぱりか…………なら」


 フィリップが考え込むように視線を落とす。


「やっぱり、って、何か心当たりでもあるんですか?」

「いや。ただの、推測」


 学園に着くなり、フィリップは大股に歩き出した。その歩みには迷いがなく、私も小走りに後を追う。


「シン先生がどこにいるかわかるんですか?」

「……勘」

「わからないのにその自信ですか!?︎」

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