浮遊魔法
「よし、終わったな。あとは……魔力特性を見なきゃならないんだが……」
「ええっ?」
クラスメイトの誰かが驚いた声を上げた。他の面々も動揺したように騒ついている。
「こっちで一人ずつ声をかける。今日のところは終わりだ。この後は魔道実技の詳しい話をする。全員参加はここまでで問題ないから、興味ない奴は他所で時間を潰してくれて構わない」
今日は初日とあって、どの授業時間も短めだ。午前中には必修科目それぞれの説明に加えて、学園内の案内もあった。午後は選択科目が三つあり、時間がズレているためすべて受けることも可能になっている。
シンの言葉で、その場を離れる人はいなかった。私も今日のところは全部出ようと思っているし、大半のクラスメイトもそのつもりなのだろう。
「質問よろしいでしょうか?」
そう手を上げたのは、例の銀髪の女生徒だった。
「ああ。なんだ? サフィア嬢」
名前……! って、サフィア?
「魔力特性を、どのように測るおつもりなのか、お聞かせいただいてもよろしいでしょうか?」
そんなに測り方が色々あるのだろうか、と首を傾げているとシンが口を開いた。
「魔力特性は人によって千差万別であり、一律に測ることはできない。その認識は間違ってない。だが……俺の魔力特性は、他人の魔力の性質を見ることができる。測り方は、そうだな……魔力量の測定をイメージして貰えばいい」
「なっ……!?︎」
そこでクラスメイトが再びざわついた。私もフィリップとレジーナに言われたことを思い出す。それは、特別に親しい相手とするものではなかったか。
「あくまでイメージだ。あそこまで深くは入らない。あるいはお前たちの魔力が俺の中に入ってくるのでもいい。ともかく、ある程度魔力に直接触れられれば、少なくとも傾向はわかる。抵抗ある奴はいるかもしれないが……悪いが強制だ。諦めてくれ。学園としても国としても、魔力特性は把握しておきたいんでな」
「……わかりました。ありがとうございます」
「他に質問がないなら、本編を始めるとしよう。今日の授業は……というか、しばらくは浮遊魔法だ。これができないと魔道士としては話にならないからな」
いきなりわくわくする響きが来た。浮遊というからには、やっぱり空とか飛べるのだろうか。御伽話の魔法使いみたいに箒に乗ったりして……なんて、呑気にしていた想像はすぐに打ち砕かれることになった。
「……全然できる気がしないんですけど」
空を飛ぶどころか、地面に蹲った私は地面に置かれた一枚の薄板を睨み付ける。与えられた課題は、この浮遊の魔法陣が描かれた板を魔力で引っ張って持ち上げることだ。
「この維持が難しいのよね。私も上手くバランスが取れなくて」
レジーナは経験者らしく、フラつきながらも板を上手いこと持ち上げていた。目には見えないが、魔力の糸のようなものを魔法陣に繋いで浮かせている。
私も再挑戦すべく板に手を当てた。魔力を流すと魔法陣が発動する。ここまではそう難しくない。問題はここからで、魔力を流し続けたままゆっくりと手を離す。浮遊というが、実際には引力とでも言った方が近いと思う。この魔法陣には魔力を引き寄せる効果がある。自分の手から流している魔力を糸のようにして、魔法陣を発動させつつ引き上げて浮かせ……ようとして、ぷつりと魔力の糸が切れた。
「どうしたら切れずに持ち上げられるんですか?」
「細い紐を撚り合わせて太くするみたいな感じで、魔力を撚る感じ……かしら」
レジーナが自信なさげに言う。
「魔法の強さは、基本的に魔力濃度に依存しますから。レジーナ様の魔力はもともと強度があるのだと思います。一本の糸ではなく、手のひら全体とくっつけるようにすると安定しますよ。魔力消費は増えますが」
なぜかまだ隣にいるサフィアがそう話しながら軽々と持ち上げる。彼女も経験者らしい。それにしても、どうしてまだここにいるのか。友達いないのかな。
「いつまでこちらにいらっしゃるのですか? お友達のところへ行って構いませんのよ」
思っていたらレジーナが言った。少し辛辣すぎないか、と思ったが、サフィアは平然と答える。
「そのような冷たいことを仰らないでください。私はレジーナ様とお友達になりたいと思っております」
なんというか、あんまりお友達になりたそうには見えない。むしろ冷静に獲物を観察する狩人みたいな目をしている。
「……私とお友達になっても、良いことはございませんわよ」
「それは私が決めます。無用のお気遣いです」
二人の言い合いになんとなく蚊帳の外になりながら、私はレジーナの意図を測りきれずにいた。それはたしかにサフィアは怪しい。あまりにも淡々とし過ぎているし、笑顔も貼り付けたみたいというか……目が笑っていない。だがそれにしたってレジーナの態度もあまりに冷た過ぎはしないか。
「あ、あの……まだ私たちお互いのことをよく知りませんし、お友達ってそのように口約束でなるものではないのではございませんでしょうか?」
遠慮がちに口を挟むと、サフィアが同意を示すように頷いた。
「エリンさんの仰る通りです。もう少し私のことを知ってからでも、遅くはないのではございませんか?」
「貴女を知る必要はございませんわ。私のお友達はエリィだけで充分ですもの」
いや、そんなことはないと思う。というか私とか一番お友達として相応しくないだろう。身分的に。
「レジーナ、そこまで仰らなくても……どうしてそこまでサフィア様を避けようとされるのですか?」
私の言葉に、サフィアが今までで一番驚いた顔で私を見た。レジーナは動揺したように瞳を泳がせる。
「……エリィ。違うの、私は……サフィアを特別に避けているというわけじゃなくて……」
「だからって」
「どうした。喧嘩か?」
割り込んで来た声にハッと振り返ると、シンがすぐ側まで来ていた。
「違」
咄嗟に否定しようとすると、片手を上げて制される。
「……レジーナ。魔力特性を見る。少し時間を貰えるか?」
「はい……」
レジーナはチラリと私を見て、何も言わずにシンについて行った。人の間を縫って、昨日殿下と入った中央校舎の裏口から中へと消えていく。
「エリンさん」
「は、はいっ!」
ぼんやりと見送っていたら、いつの間にかすぐ近くまで接近してきていたサフィアに耳元で囁かれた。
「私が庇うのもおかしな話かもしれませんが、レジーナ様は公爵家の方……近づいてくる人間は警戒しなければならないお立場です。周囲の手前もあります。貴女がどうして信頼を得ているのかはわかりませんが……私にあのような態度を取らざるを得なかったことを、責めないであげてください」
その言葉に、色々な思考が脳裏をめぐった。単純に彼女はいい人で、善意からそう言ってくれたのかもしれない。けれど、私を通してレジーナに取り入るために歩み寄ってきたのかもしれない。この発言によるメリットとデメリット。そんなことを考えてしまった自分に、嫌気がした。
「……すみません。ですが、ここでは身分は不問のはずです。家の立場は人に冷たく接して良い理由にはならないと思います」
それを、平民の私が言うのは図々しいかもしれないけれど。
「…………そうですね。ところで……先ほどのお話ですが、すべての貴族に精通しているとか」
「え、ええ……まあ……」
覚えたの何年か前だけど。そもそもここ数年は受験勉強で忙しくて、そんな暇はなかった。
「でしたら、私の家も」
「ああ……シルベリア男爵家、で合ってますか?」