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徒労に終わる可能性の方が高い

「色々あるのよ。殿下も学生会とは別にどこかに所属していたはずで」

「え、殿下もですか?」

「ふふ、目の色が変わったわね」

「あはは、つい……それで、殿下はどちらの部活動に?」


 興味津々でレジーナに尋ねたのに、答えたのは背後からの声だった。


「魔道具開発部だ」


 弾かれたように振り返ると、ルキウス殿下その人が私たちを見下ろしていた。美しい金の髪が風に靡く様はなんとも絵になる。思わず見惚れていると、レジーナがハッとしたように立ち上がった。私も慌てて立ち上がる。


「お初にお目にかかりますわ。私、フィリップの妻のレジーナと申します。ご挨拶が遅れまして、申し訳ございません」

「ああ、やっぱりか。そうかと思って声をかけたんだ。会えて嬉しく思う。ルキウス・クランディールだ。よろしく」

「よろしくお願いいたしますわ」


 制服姿でなお、隠しきれない気品をもってレジーナは優雅に礼をする。本物の貴族同士の挨拶を間近で見られてちょっとだけどきどきした。


「それで、部活動の話をしていたのか? 魔道具開発部で良ければ案内するが」

「よっ、よろしいのですか!?︎」


 思わず食い気味に身を乗り出してしまって、慌てて背筋を正す。殿下はがっついた私を気にすることもなく、朗らかに笑った。あの遠かった殿下が私を認知して、声をかけてくれて、笑いかけてくれて、あまつさえ案内まで名乗り出てくれているなんて。明日死ぬのかもしれない。


「ああ。実のところ部員が足りなくてな。勧誘しなければならない」

「まあ。殿下がいらっしゃるだけで、入る方は大勢いらっしゃるのではございませんか?」


 レジーナがそう言って、私も同意して頷く。しかし殿下は首を横に振った。


「確かに入部希望だけは後を立たないんだが……それもあって入部試験を設けている。そこに合格する者が思いの外少なくてな」

「入部試験ですか……」


 それはあまり合格する自信がない。何をするんだろうか。魔道具というくらいだし、魔法の実技試験とか。あるいは魔力保有量で足切りとかするのだろうか。筆記だとしたら、貴族でさえ落ちるのに私がパスできるとは思えない。

 私が一人顔を曇らせていると、殿下が口を開いた。


「今から時間があるようなら案内するが、どうする?」

「ぜ、ぜひお願いいたしますわ!」

「私も是非。ちょうど学内を見て回っていたところですの」


 レジーナは淡々と優雅さを崩さない。私も見習わなくてはと改めて背筋を正す。どうにも興奮してしまっていけない。


「なら、こっちだ」


 殿下に案内された先は、中央校舎の裏手だった。正面には運動場のようなだだっ広い空間があるが、目的は中央校舎の方だ。

 どうやら大広間は建物の半分程度しか占めていなかったらしい。思った以上に建物には奥行きがあり、ここまでも意外と歩いた。その端にある、裏口のような扉を開けて入った先は、少し古びた様相の廊下になっていた。片面には窓が並び、その逆の大広間のある方向には一定間隔で扉が並ぶ。


「意外と年季が入っておりますのね」

「ああ。ここは不人気の部活動の部室になっているからな。他の場所ほど手入れが行き届いていないんだ」

「では、人気の部活動の部屋はこちらにはないのですか?」

「ああ。例えば、魔道研究部は上階の特別教室が部室だ。乗馬や弓術といった屋外競技の部室は、学生寮の外れにある。ここにあるのは非公認の同好会か部員が数人しかいない部活動だけだ」


 そう話しながら殿下は廊下を進む。さすがに埃が落ちているようなことはないが、日の光も刺さない薄暗い廊下の中で、殿下の存在だけが明るく見えた。

 しばらく進んで、中ほどにある扉の一つを開く。先に入った殿下の後ろから覗き込むと、中はそれなりに広かった。廊下に並ぶ扉の間隔を考えれば確かにこのくらいなのだが、庶民感覚からするとかなり広く感じる。雑然とした印象の部屋の中には、高価そうな長椅子と机が端の方に寄せられ、床の上には乱雑に物が散らばっていた。壁際には棚もあるが、そこも色々な書物やら見たこともない物体で溢れかえっている。


「あ、荒らされている気がいたしますが……」


 レジーナが困惑したように言ったのは、殿下がいたって動揺していないからだろう。どうやらこれはいつもの光景らしく、殿下は適当に床の物を寄せて空いたスペースに腰を下ろした。王族が、床に直座りである。


「いつもこうだ。まともな椅子と机を置くと、作業スペースがなくなるからな。適当に座ってくれて構わない」

「では、失礼いたします」


 私は遠慮がちにその場に座り込む。なんとなく落ち着かなくて、子供の頃に戻ったみたいなちょっとしたわくわくを感じる。地べたに座り込むことなんて、もうここ何年もしていないなと気がついた。


「わ、私は……このままで……」


 レジーナは抵抗があるらしい。さすが貴族。いや、目の前で王族が座っているのだが。


「ふっ、ならグレイス夫人は入部は無理だな」


 殿下は膝の埃を払いつつ立ち上がる。そんな姿でさえも絵になるのだから、さすがルキウス殿下だ。私も続いて立ち上がって、ふと気がついて口を開いた。


「もしかして、入部試験って」

「ああ、これだけではないが……入部希望の七割はここで脱落するな」


 そう話しながら楽しげに笑う。その様はまるで気さくな先輩という風で、王族の風格はどこにもない。もっとクールな人だと思っていた。自立していて、格好良くて、皆の先頭に立つ、狼の群れのボスみたいな。

 こんな風に話す殿下は、新鮮で、楽しくて、嬉しい。思わず吹き出すみたいに笑ったら、殿下も私の方を見てくすりと笑ってくれた。


「すみません……その、せめてクッションでもあれば……」


 レジーナが恐縮したように呟く。


「なくもないが……邪魔になるからな。足蹴にされてあっという間にボロボロになるんだ。この部に入るような物好きは、そういうものに頓着しないからな」

「魔道研究部は人気なんですよね。なのに魔道具開発部は不人気なんですか?」


 私が尋ねると、殿下は少し考える素振りを見せた。


「ああ……そうか、グレイス夫人はともかく君は魔法のことはよく知らないか。そうだな……詳しいことは魔道学の授業で教わるだろうが、魔法の歴史は存外短い。かつては超能力と呼ばれていた特別な力が、魔力という普遍的に人々が持つ力が強く発現した結果に過ぎないとわかったのが、僅か五十年前の話だ」

「それは存じております。意外と最近ではありますよね」


 実のところ、魔法はあまり市井には浸透していない。扱うのにある程度の技術や知識が必要だというのもあるし、実用性があるか微妙だというのもある。私からすれば超能力も魔法も言葉の印象的には、あまり変わらない。


「ああ。つまりは……まだ発展途上なんだ。とはいえ新たな魔法の開発は、その手法も確立されつつある。魔道研究というのはまさに魔道学の最先端だ。一方で、魔道具というものはまだ実用化されていない。君たちも聞いたことがないんじゃないか?」

「私はございませんが……レジーナもですか?」

「そうですわね。私も聞いたことがございませんわ」

「魔法は自身の魔力でもって発動するものだ。魔道具は、その魔力を外部に依存させることで、誰もが同じように同じだけの魔法を発動させられるようにする器具のことだ。目下の目標は、魔力の外部保存だな」


 なるほど。魔力を壺か何かに取り置きしておいて、それを使って魔法を発動するみたいなことだろうか。で、最初の目標は魔力の保存……ん?


「それ、そもそも大前提から実現できてないってそういう」

「理解が早いな。人気がないのも当然だろう。なにせ、徒労に終わる可能性の方が高い。たかだか四年の在学期間で実現するのは無謀。蓄積したものは後輩に託す他ない。そこまでしても、大人に先を越されるかもしれない。おまけに物を作るとなると活動費も嵩む。当然だが、魔道研究部のようにスポンサーもついていないからすべて自費だ」

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