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君と婚約したからよろしく

 その後、絶品の昼食を食べ終えたところでレジーナが声をかけてきた。


「エリィ、ご予定がないなら、この後私たちと学園に行かない?」


 これは願ってもない申し出で、快諾しようと頷く。


「はい! 私も行きたいと思っていて……」


 言いかけたところでフィリップの視線を感じた。しまった。フィリップと二人きりのところに私が行ってはまたもや邪魔者になってしまう……と今更気づくも時すでに遅し。


「わぁ、良かったわ!」


 嬉しげなレジーナの顔には、これでフィリップと二人きりにならずに済むという安堵が窺える。フィリップの不況を買いたくはないのだが……どうしよう。と、フィリップの方を窺った時。


「残念だけど、僕はやることがあるから。二人で行ってくるといいよ」

「「え?」」


 レジーナと同時に声を上げた。あのフィリップが、一緒に行かない……?


「そ、そうですか。わかりましたわ……」


 レジーナが戸惑ったように答えるが、私は別の意図を感じ取っていた。「僕のジーナを貸してあげるんだから、想い人を探って来いよ」と、そういうことだ。そんな人いないと思うけど。


「……では、二人で行きましょうか、レジーナ」

「そうね。身支度をしてくるから、三十分後に玄関前で会いましょう」

「わかりました」


 レジーナと別れて自室に向かう。レジーナは向かって右手上階の部屋だから、向かって左手上階に部屋がある私とフィリップとは別方向だ。どうして逆じゃなかったんだろう……と思うが、そもそもこの部屋割りを誰が考えているのかもわからない。


「わかってるよね」


 階段を上りながら、呟いたフィリップの言葉は、質問ではなく確認だった。


「はい……承知しております」

「…………ジーナは、僕のものだ」


 呟いたフィリップの瞳に宿る熱に、空恐ろしいものを感じて背筋がぞくりとした。

 レジーナは確かに可愛いし、魅力的な人だ。だが、フィリップのような美男子、それも公爵家嫡男がここまで拘るとは……正直なところ、意外だった。彼女より美しい人も、可愛らしい人も、彼の立場ならいくらでも選べそうなものなのに。

 レジーナと合流して、昨日と同様馬車に揺られて学園に向かう。ちょっとした町ほどの広さがあるこの場所は、主要な交通手段が馬車らしい。登校時間が同じことを考えると屋敷と同数、いやそれ以上の馬車がありそうで……経済効果がすごそうだ。

 学園に着いた私たちは、昨日の話に出ていた美しい庭園を散策して、弓道場や剣道場を見てまわった。会えば勉強の話ばかりだったレジーナと、こうして優雅に散歩しているというのは不思議な気分だ。


「それにしても、広いですね……」


 庭園を歩きながら呟く。広い散歩道を囲むように、今の時期は美しい春の花が咲き誇っていた。休日とはいえ意外と人がいるようで、チラホラと道を行く人の姿を見かける。


「そうね。ええと……このあたりが西校舎の裏手で……次は東側に行ってみましょうか?」


 レジーナの提案で、中央校舎の前を通って東校舎裏に向かうとそこもまた美しい庭園になっていた。けれど西側に比べると空間が開けていて、ベンチよりもテーブル席が多く置いてある。そして、北の方にはお洒落な雰囲気のカフェテラスが見えた。


「あ、カフェテラスってアレでしょうか?」

「まぁ、きっとそうだわ。少し休憩して行かない?」

「はい!」


 適当なテラス席に座ると、すぐさま恭しい様子で琥珀色のお茶が提供された。簡単なメニューと代金不要という説明をしてウェイターは去っていく。代金不要なんて言われるとたくさん食べないと損な気がしてしまうが、貴族はそんな貧乏性なことは思わないらしい。少し驚いた顔はしながらも、レジーナは何かを頼むつもりはないらしかった。爽やかな風が、レジーナの色素の薄い髪を揺らす。


「エリィ、今日は……というか、昨日もありがとう」

「え? 何がですか? むしろお礼を言うのは私の方で……寮が同じになるように口を効いてくださったそうで……」

「ふふ、私はただエリィの名前を伝えただけよ。入学したのはエリィの力」

「……あはは、ありがとうございます」


 入学できたのだって、レジーナがいなければ無理だったと思うけれど、そう言ってもきっとレジーナのことだ。否定するだろう。


「…………フィルを」


 視線は庭園に向けたまま、レジーナがぽつりと呟く。


「はい?」

「フィルのことを、紹介すると、皆さま目の色が変わってしまうの」

「ああ……なるほど」


 まあ、あれだけの美男子でお金持ち。レジーナは嫉妬と羨望の的だろう。


「エリィは、変わらないのね」

「私は殿下一筋ですから」


 胸を張って言った私に、レジーナは驚いたように少し目を見開くと、笑った。


「ふふ、そうだったわね」


 思ったのと違う反応に微妙に違和感を覚えるが、それは置いておいて……。


「レジーナは、恋愛結婚……なのですか?」


 まずは二人の関係から探りを入れていこうとしたのだが、レジーナは微妙な顔で首を傾げた。


「恋愛…………と、言えるのかしら……。たしかに、私はもともと別の方と結婚する予定ではあったのだけど……」

「でしたら、フィリップ様とは……?」


 レジーナは少し逡巡するような間を置いてから、内緒話をするみたいに声を潜めた。


「…………エリィだから話すけれど、私……彼とどこで会ったのかもわからないの。彼はすべての段取りを立てた上で、いきなり私を訪ねてきて『君と婚約したからよろしく』って」

「ええっ? 当人のいないところで、婚約が成立していたんですか!?︎」

「平民の方は違うの?」


 キョトンとレジーナは聞き返す。たしかに婚約は親同士で決めるものだ。だが、一応は本人に確認するものではないだろうか……。


「どう……でしょう。ただ、本人の意思くらい確認するものでは……」

「お相手の家格が同等であれば、そうだったでしょうね……」


 どこか寂しげにレジーナは呟いた。公爵家といえばそれは他の貴族とは一線を画す存在だということは平民でも知っている。断る選択肢などはじめからないのだろう。


「レジーナは……その、前に婚約者だった方のことが、好きなのですか?」


 だとすれば彼女の想い人の謎が解ける、と思ったのだが、レジーナは笑って首を振った。


「……いいえ。悪い人ではなかったけれど、そういう『好き』ではなかったわ」


 その答えに、知らず詰めていた息を吐く。


「そういう『好き』の相手はフィリップ様ですか?」


 笑い混じりにそう尋ねると、レジーナは照れたように頬を赤らめた。


「それは……ふふっ、そうね。きっと、そうだわ」


 レジーナはそう言って、大切なものを確かめるみたいに胸元で手を握る。良かった。やっぱり、レジーナが好きなのはフィリップだ。でなければ、こんな顔するわけがない。


「お幸せそうで羨ましいです」


 軽口を叩くみたいに言ったのだが、瞬間レジーナはハッとしたような顔をして、改めてゆっくりと頷いた。


「そう……ね。ええ。私は、今とても幸せだわ」


 噛み締めるような声に首を傾げる。


「レジーナ? どうかしたのですか?」

「ううん。なんでもないの。ありがとう、エリィ」


 ふわふわと花が舞うような笑みを向けられて、私は意味もわからずに恐縮した。


「何もしてませんよ」

「そんなことないわ。あっ、ねえ。エリィはどこか入りたい部活動とかあるの?」


 突然思いついたみたいにレジーナが声を上げる。妙に気恥ずかしかった雰囲気がその一言で霧散した。私も笑って首を振って、そこでふと存在を思い出してお茶をひと口飲む。すごく美味しいそれを飲み下して、改めて口を開いた。


「そんなお金ありませんよ。活動費なんて出せないです。あ、でも学生会はちょっと入りたいかもって」

「え? 活動費がかからないところもあるわよ。魔道研究部とか、出資してくださる方がいるらしいわ」

「わあ、そういうところもあるんですね。レジーナはどこに入るか考えてるんですか?」

「ええ。私は乗馬部に入るつもりなの。こちらではあまり馬に乗る機会がないから」

「乗馬ですか……」


 レジーナはきっと馬に乗れるのだろう。お金がかかりそうな趣味だが、案外貴族にとっては普通なのかもしれない。

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