毒殺応酬回帰姉妹
報われない話が苦手なので、無慈悲ストーリーをどうしても回避してしまうのが考えものです(自省)
許さない、とエリザベートは涙に濡れたまつげのまま目を閉じた。
ここは牢の中だ。
なぜ、お姉さまは私をあそこまで蔑ろにしたのだろう。
私が少しばかり揶揄ったからだろうか。
驚く顔を見るのが楽しかっただけなのに。
なぜ、お姉さまは私を殺すのだろう。
なぜ、そこまで憎まれたのだろう。
心臓がキリキリと痛み出す。
「うあああああっ・・・!!」
激痛が走る。
痛みのない毒薬のはずだった。静かに眠るように死を迎える薬だといわれて渡されたものだ。
エリザベートはあまりの胸の痛みに、牢のベッドから転げ落ちてのたうった。
激しく咳込むのと同時に鼻と口から血を吹き出し、肺から出る呼吸音が笛のように鳴る。のどが焼け付く。
数秒のうちに体が意思の通りに動かなくなり、息もできなくなった。
もう瞼も閉じることができない。神経毒だといわれていたが、確かに神経毒だ。
おそらく複数の毒を混ぜていたのだろう。
暗くなっていく視界のなか、まだ耳は聞こえていた。
牢の前に人影がひとつ。
姉であるメガエラのつぶやく声が聞こえた。
「エリザベート。あなたに渡されて、私が味わった毒よ。苦しいでしょう?」
(何を言っているの・・・?)
「エリザベート。私は一度同じ時間を生きて回帰したの。あなたに復讐するために」
ぽたりとしずくの落ちる音がした。
「どうしてこうなってしまったのかしらね。回避したかったけど、あなたは以前と同じ行動をしたのよ。いずれ、私はあなたに殺される運命だったわ。」
私は自分の身を守っただけなのだと、メガエラは言った。
「あなたは悪意のない純粋な悪よ。さよなら。私の可愛い妹」
「っっ!!」
肺がゼロゼロと音を立てる。気づけば草むらの中に倒れていた。
服装はネグリジェで裸足。全身汗びっしょりだった。
起き上がり空を仰ぐと満天の星がきらきらと瞬いている。
上空は風が強いようだ。
うつむいて手を見る。
子供の小さな手だ。
(回帰したのね・・・何年前なのかしら)
エリザベートは手のひらまで伸ばした袖で額の汗をぬぐった。
「リズー!」
「お嬢様――!」
「エリザベート!どこに行ったの?!」
遠くから家族と家人の呼ぶ声がする。探しているらしい。
ふとよぎる記憶。
5歳ごろ、夢遊病だったエリザベートは夜中に屋敷を無意識に抜け出して探し出され
叱られるのが怖くて姉のせいにしたことがあった。命令されたと。
子供の言うことだし、真相はわかりそうなものなのだが、なぜか両親は姉を叱責しクローゼットに押し込めて食事を与えないという罰を与えた。
エリザベートは自分の言うことが理不尽でもまかり通ってしまうことに優越感を覚えて、どこまで通用するのか試したくなった。
そして、文句を言わない姉はていのいい道具と化したのだった。
「いたわ!エリザベート!心配したのよ」
必死に走ってくるのは姉のメガエラ。
「お姉さま・・・」
そこでもう一つの記憶がよみがえる。
『エリザベート。あなたは風の強い星の夜に流れ星がたくさん見えるのを知っている?』
『そんな夜に、裏の丘に上がると池の中に天使さまが来るのよ』
天使さま!会ってみたい!
『だめよ。連れていかれてしまうから。神の庭に行くにはまだ早いわ』
にっこりとほほ笑むメガエラの顔。
(連れていかれずに戻されたわね)
ふっ、と子供らしからぬため息交じりの笑いをもらした。
迎えにきたメガエラはエリザベートを探している途中で何度か転んだようで、ネグリジェがところどころ土で汚れていた。よほど慌てていたらしい。
(そういえば前回もそうだったわ。)
あの時は、土汚れのついたネグリジェのまま抱きしめようとする姉に「汚いから触らないで!」と言ってしまったのだった。
(必死に探してくれたのに)
「ごめんなさい」
エリザベートは小さな声で一言こぼした。一緒に涙もこぼれた。
「・・・・・」メガエラは驚いたように見つめている。
「エリザベート!」
父が走ってくる。エリザベートを抱き上げて叱る。
「どうしてこんな夜に・・・!攫われたのかと思ったぞ」
父はエリザベートが夢遊病だということを知らないのだ。体裁が悪いという理由で母が隠しているから。
「わからないの。夢を見てたのは覚えています。お父様・・・わたし、牢屋の中で毒薬を飲んで死んだわ。いっぱい血を吐いて苦しくて」
視界の端でメガエラがはっと目を瞠るのが見えた。
「なんという夢を見ているんだ・・・マーガレットはエリザベートにどんな接し方をしているんだ。マーガレット!!マーガレット!!」
マーガレットは乳母だ。
怒気をはらんだ父の声は幼い姉妹を委縮させるには充分なのだが、それを配慮する気質を父は持ち合わせない。
きっとマーガレットは殴られるし、隠蔽を指示した母も怒鳴られる。
(そうだった。私はマーガレットを守りたかったんだった。)
なんとかしないと。
「お父様、でもお父様が迎えに来てくださってとても嬉しいです。お姉さまが一番に見つけてくださいましたし」
あどけない少女の声で言い、にっこりと笑った。
「あ、ああ・・リズ、お前は本当に可愛いな」
父の頬に額を擦り付けて抱きしめる。
「お父様、マーガレットのせいではありません。お叱りにならないで。わたしはマーガレットが悲しい思いをするのは嫌です」
「じゃあ誰のせいだというのだ」
父は誰かに責任を負わせないと気が済まない質なのだ。
びくり、とメガエラが肩を震わせるのが見えた。
(ああ・・だからお姉さまになすりつけてしまったのね)
エリザベートは言う。
「誰のせいでもありません」
「・・・・そうか」
腑に落ちない顔をしている父をなだめようと考えをめぐらす。
「でも、また同じ夢を見たら怖いので、今日はお父様と一緒に寝てもいいですか?」
翌朝。
若干穏やかな顔をして父が商会の仕事に出かけて行った。娘に添い寝して心洗われたらしい。
エリザベートはメガエラをスケープゴートにしないため必死だったせいで、
回帰前に牢で毒薬を飲んで死んだことを体感的にしばらく忘れていた。
今この時間軸にいる姉も、たぶん回帰したのだ。
自分を牢に入れたあの姉だろうか。
自分が、かつてあの毒を飲ませたという姉なのだろうか。
メイド用のキッチン兼ダイニングにて、
エリザベートはマーガレットに飲み物を所望した。
「お嬢様。昨夜はわたくしをかばっていただいたそうで、このマーガレットは・・・」
乳母が言葉に詰まって下を向いた。
彼女が温めてくれた牛乳を飲みながらエリザベートは見上げる。
「たいしたことじゃないわ。私はマギーが大好きなの。牛乳に蜂蜜を入れてくれるしね」
「まあ・・」ふふふ、と二人で笑った。
窓の外を見ながらメガエラのことを思う。
姉はずっと感情がまるでないような表情をしていた。
スケープゴートにした後も「気にしないでいいのよ」と言っていたのだ。
あれは、姉だからと母に言い聞かされて我慢していたのかもしれない。
(姉だからって我慢しなきゃならないことにも限度があるでしょうにね。)
どうしてそれに気づかなかったんだろう。
表情が乏しいからといって、感情がないわけはないのに。
(あんな苦しい毒を私は飲ませたのか)
昨夜と、回帰前の同じ夜にも、同じように走って転んで探しに来てくれた姉の姿を思い浮かべる。
『あなたは悪意のない純粋な悪よ』
(そうかもしれない・・・)
エリザベートは手の中にあるカップに額がつくまでうつむいてうずくまった。
カップの中の牛乳がまだ温かい。額が湯気でもわもわする。
(同じ流れをお姉さまは2回も経験したのね。死ぬのは1回だったけど)
ぱたん、とダイニングのドアが閉まる音。
目を向けると、そこにはメガエラがいた。
「お姉さま!」
額にカップの跡がついたままの妹を見てメガエラは少し笑ってしまった。
「リズ。二人で話がしたいの。いいかしら」
「ええ!マーガレット、内緒話するからちょっと出てくれる?」
「はい。メガエラお嬢様にもホットミルクをお出ししてからでもよろしいでしょうか?」
「お願い。」
マーガレットはにこにこしながらホットミルクを作って出て行った。
二人きりになると、静寂がおとずれた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「まだカップの跡がついているわね」
「?!」
額を触って確かめるエリザベート。たしかにまだ跡がついている。
カップに体重をかけすぎたらしい。
「お姉さま、回帰前のことは覚えてるのよね?」
「ええ。」
「後悔してるの?」
「・・・・・・・」
「しなくていいわよ」
「?!」
(あなたを殺したのに)
「私考えたの。私がお姉さまを殺して、お姉さまは回帰した。
やり直せるはずだったけど、私はまたお姉さまを陥れようとしたのだものね。
同じ立場なら私も殺すと思うわ、私を」
「意外ね。今回記憶があるあなたから復讐されるかと思ったわ。」
「お姉さまは私のことが大好きですもの。よほどの理由がなければ殺さないわ」
「・・・・・・・」
どんだけ自信があるんだ、とメガエラはあきれて目を細めた。
「これからは、どうやって次に起こる事件を回避するか相談したいの。」
妹は強い。変に強い。
メガエラはふと苦笑した。今回は何とかなるような気がする。
あらすじでは煽りましたが、一往復で済ませました。