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世界で一番不幸な猫

作者:

学生時代に課題で作成した短編です。

2011年5月作成。公開にあたり加筆修正しています。


 一ヵ月前のある日、ある街のごくごく普通の家の飼い猫が、五匹の子猫を出産した。メスが二匹でオスが三匹。僕はその五人兄弟の末っ子だ。そして僕は世界で一番不幸な猫に違いないのだ。



「にゃー」

 お腹が空いた。目の前では他の兄弟たちが、お母さんのお腹に群がって食事をしている。でも僕はお兄ちゃんたちに邪魔をされて、食事をすることができない。なんとか割りこもうとするが、はじき出されてしまう。

「また、食べさせてもらえないの?」

 真上から声がした。見上げるとそこには凜ちゃんが立っていた。凜ちゃんはこの家の一人娘で、自分たちの飼い主でもある。

「にゃー」

 僕は凜ちゃんの足元にすり寄った。凜ちゃんはいつものように、仔猫用の牛乳を淹れた小皿を僕の前に置いてくれた。僕は目の前に置かれた牛乳をぺろぺろと舐める。やっとご飯にありつけた!

「ちゃんとお食べ」

 そう言って凛ちゃんは僕の頭を撫でてくれた。

 いつもこうだ。僕はこうやって凛ちゃんに牛乳を貰わないと食事ができない。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、食事ができない僕に譲ってなんてくれない。僕は、なんて可哀想なんだろう。ママのミルクを飲めないなんて。僕は本当に可哀想だ。お兄ちゃんたちが羨ましい。



 僕たち猫には決まった寝る場所がある。元はママが一人で寝ていた場所だけど、今は僕たちもそこで寝ている。でも大人猫のママと、お兄ちゃんたちが寝るととても狭い。みんなでくっついて団子みたいになって寝るんだ。

でも体の小さい僕は、いつも寝相の悪いお姉ちゃんに追い出されてしまう。一人で眠るのは寒くて寂しくて、僕はみんなのところに戻るんだけど、やっぱり追い出されちゃう。僕はいつもみんなと一緒に寝ることが出来ない。やっぱり僕は可哀想だ。

「にゃー」

 そうなると僕はいつも凛ちゃんの部屋に行くんだ。一生懸命扉をカリカリすると、凜ちゃんは気づいてくれる。そして部屋の中に入れてくれるんだ。

 でも、凛ちゃんはベッドには入れてくれない。部屋の隅にタオルケットを置いてくれるだけ。お姉ちゃんたちはママと一緒に寝てるのに、僕は一人で寝なきゃいけないなんて、僕は本当に可哀想だ。



 ママは僕をとろくさいという。お兄ちゃんのような機敏さも、お姉ちゃんのような利発さもないって。立派な雄猫に育つのか不安だと言われた。

 僕は僕なりに頑張っているのに…。お兄ちゃんたちと比べられてもどうすればいいんだろう。困ってしまう。ママにお兄ちゃん達と比べられてしまうなんて、僕は本当に不幸で可哀想だ。きっと僕より可哀想な猫なんていないに違いない。



 僕たちが生まれてもう直ぐ三カ月。最近家によく知らない人が来るようになった。そして皆でジロジロと僕ら兄弟を見て、触ってくるのだ。これには一番上のお姉ちゃんがプンプンだ。お姉ちゃんは触られたり抱っこされたりが嫌いみたい。

 僕はなでなでされるの大好きだけど、こんなにたくさんあると疲れちゃう。一体なにがあるんだろう。

 それから暫くして、またお客さんが来た。この人は前にも来ていた人だ。凜ちゃんと、凜ちゃんのお母さんと少しお話しして、三番目のお兄ちゃんを抱っこした。そしてなんと、その人はお兄ちゃんを連れて行ってしまったのだ!

 僕はびっくりした! いつもは澄ましている一番上のお姉ちゃんも驚いていた。騒ぐ僕たちにママは言った。

「あの子は新しいお家に貰われていったのよ。お前たちもずっとここにはいられないわ」

 ママの言葉にみんなショックを受けた。家族でずっと暮らすことができないなんて!

 僕もいつかどこかに行くのかな? そしたらもうママにも、お兄ちゃんたちとも会えなくなるんだ。みんなと会えなくなるなんて、なんて可哀想な僕。



 その日からというもの、家に知らない人が来るたびに僕はドキドキした。そしてお兄ちゃんもお姉ちゃんも連れていかれてしまうんだもの。

 最後まで残ったのは、僕と四番目のお兄ちゃんだけ。でも凜ちゃんが、お兄ちゃんは新しいお家が決まったって言っていた。

 僕だけ。僕だけ新しいお家が決まらない。ママはため息をついた。

「あんたみたいな体の小さい子は、どこも貰ってくれないのかしら」

 そういって僕の体を舐めてくれた。

 やっぱり僕は可哀想だ。なんて不幸なんだろう。きっと僕は世界で一番不幸な猫に違いない。世界中探したって、僕ほど不幸な猫は存在しないに決まっている。



 明日は四番目のお兄ちゃんがいなくなる日だ。

「おい、お前」

 僕はお兄ちゃんに声をかけられた。僕はこのお兄ちゃんが嫌いだ。だって僕に意地悪ばかりするんだもの。

「……な、なに?」

 お兄ちゃんは僕を睨むと、不機嫌そうに口を開いた。

「お前、自分のことを不幸だとか可哀想だって思ってるだろ」

 僕は驚いた。お兄ちゃんはどうして僕の思っていることが分かったんだろう。誰にも言ってないのに。僕の反応にお兄ちゃんはイライラしたように舌打ちした。

「顔に全部出てるんだよ。『僕はなんて可愛想なんだろう』ってな。言っとくけどな、お前は全然可哀想なんかじゃないからな!」

 お兄ちゃんの言葉に僕はまた驚いた。僕が可哀想じゃないなんて、そんなことあるわけないのに。

「お前はな、お前だけは、どこにも引き取られたりしないんだよ! このままこの家でママと凜たちと一緒に暮らすんだ」

 お兄ちゃんの言葉は驚きの連続だ。じゃあやっぱりいつかママが言っていた通り、僕を貰ってくれる人が見つからなかったんだ…。

 お兄ちゃんは怒鳴るように言った。

「勘違いするなよ! お前が何処にも引き取られないのは、凜が決めたんだ。最初から一匹だけこの家に残すつもりだったんだよ。凛はお前がお気に入りだからな。残すならお前だって。凛はお前ばっかり可愛がる。夜だって凛の部屋で寝て、おやつだって多く貰って。ママだってお前ばっかり気に掛ける。俺たちにも、お兄ちゃんなんだからお前に優しくしろって言う。それなのにお前は、自分を不幸だと思ってる。お前は自分がどれだけ恵まれてるかを考えたことがあるのか⁉」

 お兄ちゃんは最後に僕をひと際強く睨みつけてから、部屋から出て行った。

 もう会えなくなってしまうお兄ちゃんにこんなことを言われるなんて、僕はやっぱりなんて可哀想な猫なんだろう。


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