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ドラゴンと遭遇して生還した魔法使いはいない。ドラゴンは魔力を食らうため、人間の放つ魔法では逆にすべて吸収されてしまうのだ。史上最強と謳われる魔法使いリリスであっても、対処できる相手ではなかった。
「タクト、やはり君を囮にするというのはだめだ。君は巻き込まれただけなんだ。私は殿下に命を捧げるためにここまできた。むしろ名誉の死といってもいい」
そういうリリスの手は震えていた。彼女は優秀だからこそ、ドラゴンの恐ろしさを誰よりも理解していた。自分がどうあがいても戦えない相手であることを。
その様を見て、タクトはあまりにも可哀想だと感じてしまった。たしかにこの世界ではそれが名誉だったり、当然の生き方なのかもしれないが、受け入れられなかった。
「それなら俺だってリリスさんを救うためにこの世界にきた。」
彼女はその問いにすぐには答えなかった。
「ドラゴンは危険だし、君をそんな怖い目にはあわせられない。そもそも、平和な世界で育った君には無理だ」
「大丈夫ですよ。俺がやばくなったらリリスさんが元の世界に帰してくれるんですよね?」
「たしかに、できる。できるけどそれは…」
「俺が少しでも時間を稼ぐので、なんとかその間に逃げてください。王女様が山を越えるくらいの時間は粘れるようがんばります」
「だめだ、許可できない」
「任せてください!俺、何か役に立ちたいんだ。リリスさんのために」
「もう私はすべて諦めたんだよ…終わりにさせてくれ」
「異世界の本!読みたいでしょ!俺の世界にはもっともっといっぱい本があってドラゴンだって倒せる武器もあります!」
「異世界の本…。読みたいけど、でも」
「大丈夫ですから!俺勇者なんですよね?ピンチになったらチート能力とかが覚醒しますって!」
「ちーと…?ははっ。ああ、もうわかった。私はやっぱりまだ死ぬのは怖いらしい。頼めるか?」
「もちろんです!」
リリスから魔力を移してもらったタクトは、先ほどの騎士のように遠隔飛行魔法で飛ばされていく。王女たちから離れるように迂回しながら高度をあげていく。ほとんど垂直のような斜面もあったが、低空をとんでいるので特に支障はなかった。
事態が動いたのは、タクトがもう峰にいたろうかというときだった。魔力に引き付けられるはずのドラゴンはタクトを狙い、その間にリリスはドラゴンの領域外に逃げられるはずだった。しかし、遭遇したものがほぼすべて死んでいるせいで情報の少ないドラゴンとの戦いは、そううまくはいかなかった。
【タクト!これはテレパシーだ。龍がこちらにむかっている。どうしようもなさそうだ。最後に君の勇気に元気をもらったよ。ありがとう。私は死ぬが目的は達成できそうだ。】
タクトの脳内に衝撃的な言葉が流れた。言葉の全体に重い恐怖を感じた。テレパシーの性質上、感情もより伝わりやすくなっているのかもしれなかった。
どうして俺がこの世界に呼び出されたのか、ずっと考えていた。
何も力を持たない俺が、どうしてと。
もっと勉強していたら役に立てたかもしれないし、武道をやっていたら兵士のいる道を通る選択もできたかもしれない。
なのにどうしてこんな俺がここにきたのか。
それは運命の人に呼ばれたからだ。
美しい黄金の髪に強い意志を持った瞳、凛としているのに喋ると止まらず、好奇心にあふれた彼女の魅力に、もう俺はとことんおちていた。
一目ぼれした女性をここで死なせるわけにはいかない!
生きて山を越えて、そして告白するんだ!!
国のことなんか何もわからないけど、俺は彼女をもっと知りたい、もっと色んな顔を見たい。
「考えがあるからそっちに俺をよんでくれ!」
というと、即座に飛行方向がかわった。