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「王女殿下、アルドリック様、このリリスただいま帰還いたしました」
「リリス様、ご無事で何よりです。殿下は今眠られております。して、そちらは?」
「タクトといいます。リリスさんに勇者召喚の儀とかで召喚されました」
「なんと!勇者様でいらっしゃいましたか。もしかして半透明なのもそういった理由なのでしょうか?」
「え?俺そう見えてるんですか?」
「はい。そのためはじめはリリス様の魔法による精霊か幻術かかと」
「まあ言わなくても君自身にとっては問題ないかと思っていた」
少しきまずそうに目をそらすリリスを、アルドリックという名の護衛が優しい目で見つめているのをみて、タクトの心にはかすかに薄暗いものを覚えた。しかしその背後に3歳くらいの小さい子が背負われているのをみて、今はそんなことを考えている時ではないと邪念を払うように首を振った。
「それで、この先飛行魔法は使えますか?この山はドラゴンもそうですが、地形も急峻で危険が多くなっています」
「ええ。勇者様のお力により私も魔法が使える程度に回復しました。これから目標の合流地点まですべて飛行魔法でまかないます。万が一のときにそなえてアルドリック様はお休みください」
「ありがたいです。リリス様、ご苦労かけますがお願いします」
二人が会話を終えると、再び飛行魔法を使っての移動がはじまった。今度は杖にツタでできた簡易的な座席がついており、しかしツタでまた固定されることになった。その様子がジェットコースターさながらだったため、衝撃も何もないことが今度はかえってタクトには違和感だった。
「それでタクトが持ってきた本が面白いんですよ。あちらの世界は我々のものより文明が進んでいるみたいで、その歴史が細かく記録されているんです。絵や地図も載っていて、それがとても精巧な出来なうえにいったいどういう材質なのか本自体もとても丈夫で。こんなことなら悪名を立ててでも平和な時に勇者様の召喚を行っていればとすら思ってしまいます」
「リリス様がそういうと冗談に聞こえませんね。そうならなくて本当に良かった」
「私もさすがにそれくらいはわきまえてますよ」
二人が仲よさそうに会話しているのを必死に耳から遠ざけるように、タクトは頭を無理やりに教科書に集中させた。哲学とは何か、そんなタイトルから始まる章はいったい何を書いているのか、はたして二人はどんな関係なのか、いやいやそれよりこの哲学とは何でエロスとは何で、ソクラテスとアルドリックは誰なんだろう…。そんな葛藤を続けながら、1ページに十数分もかけて目を通す。理屈はわからないが、呪文として機能するらしいというのはつまらない教科書を読むのに少しだけわくわく感を与えてくれていた。
そのまましばらくとんでいると、木々が少なくなり、障害物をよけることも少なくなってきた。太陽は天高くにあり、昼くらいなのだろうと推測できた。久々の開けた土地だったがそれは見慣れたような景色ではなく、高地であるため低温で、木が成長できないために見られる独特の神聖さを放つ景色であった。
低木の茂み近くに停止し、リリスが何かを唱える。アルドリックが乗っていた座席が縦に延び、アルドリックの腕の中で眠る王女様を保護するカバーまでついた。
「それではここからは別行動で。殿下を頼みます」
「リリス様もご武運を。」
アルドリックはリリスに、次いでタクトにも敬礼し出発した。
「遠隔飛行魔法っていってね、あの乗り物が目的地まで自動で運んでくれる。まあ問題は動物とかの動くものに対しては回避性能が足りないんだ。たまにワイバーンなんかの飛行生物に衝突する事故がおこるんだよ。まあアルドリックがそういうものは全部切り捨てるはずだから王女殿下はあれで大丈夫だ」
言い聞かせるようにいうリリスに、タクトは何も返せなかった。この先彼女に待っている現実の重さに気づいてしまったからだ。
低温の高地に来たということは、つまりドラゴンの領域に入ったということである。
その巨大な敵に見つかる前に、王女たちは最短ルートで隣国を目指す。リリスはそれを支援するためにドラゴンを引き付ける。
リリスにとっての最後の戦いが始まったのだった。