表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻影の勇者  作者: 虎月
4/7

4

 リリスとタクトは、リリスの飛行魔法によって森の木々の間を高速でとんでいた。リリスは自分の杖にまたがり、タクトはその杖にツタで巻き付けられながらの飛行である。木々をよけるたびに急な方向転換をするため見た目には恐ろしいものでしかなかったが、幸いリリスが魔法で風や温度や慣性の衝撃からすらも保護していたためその異様さとは裏腹に快適な移動となっていた。景色を見ていると心臓が持たないと感じたタクトは、倫理の教科書に目をやることで気を紛らわすことにしていた。


 ふとリリスの方に目をやると、彼女は空中になにやら文字を書いてはパズルのように組み合わせていた。かと思うと急に長文が現れ、幻想的なマジックのようだとタクトは思う。


 しばらくリリスの仕草に見とれてしまっていたタクトだったが、リリスがちらっとこちらを横目に見たときに目が合って、つい視線をそらしてしまった。

 

 ごまかすように教科書の方に視線を移し、適当に開いていたページをさも真面目に読み込んでいるような顔を作った。それでも一応目に入った言葉はエロスという単語で、初めてこの教科書に対して理解できる部分が見つかったとうれしく思ったのだが、よくよくその単語の説明を見てみると、想像していたものとは何か違う意味だったようでやはりこいつは自分の仲間ではないという思いを募らせるばかりであった。


 急にリリスが飛行をやめ、敵がいる、とタクトに聞こえるぎりぎりの声でささやいた。タクトはさっと血の気が引くように感じた。穏やかな移動の時間では、タクトにとって事の危険さを把握するには現実からあまりにもかけはなれていた。それは日本で平和に生きてきたものならば当然ともいえることであった。


「エリュクシエル」


 そうリリスが言った途端、前方からザッという鈍い音が響き、すぐに移動を再開した。

 

 そして飛ぶような景色に一瞬だけタクトの瞳がとらえたのは、胸のあたりに穴をあけた鎧兵の遺体であった。その瞬間のだけのことと思えないほどに、それはタクトの脳裏に焼き付いていた。おそらくリリスが魔法でやったのだろう、リリスは左腕を彼らとの戦いの中で失くしているみたいだし、今急に恐ろしい事態が始まったのではなく自分は元からその渦中であったのだと、どこか理性的に考えることで冷静を保つのに必死であった。


 そんなタクトを尻目に、リリスはさもなんでもなかったような顔をして文字と教科書、ただしリリスにとっては異世界の魔導書となるそれの解析を続けることにした。それが何かの役に立つかもしれないし、もはやこれから起こるであろう現実に目を背けられる時間も無くなってきており、せめて最後にずっと探していた異世界の知識というものを楽しもうとすら思っていた。彼女にとって魔法とはこの世界を理解したうえでの結果であり、しかし魔法を理解することでこの世界を理解できるものでもあった。


 彼女は世界を知りたかった。その中でも実際に他世界の存在を確定させる勇者召喚の儀というのは本当に彼女の興味をそそり、そのためにはできることをなんでもやった。魔法の知識も技術も、地位も、すべてを手に入れてあとは機会を待つばかりであったというのに、彼女に訪れたのは国の崩壊だった。


 だから兵士に追い詰められたとき、命の最後に自分の好きなことをしようと思ってしまったのである。そして結果平和な世界で生きていただろうタクトを、このような恐ろしい目に突き合わせてしまって、そのことにただ申し訳なく思っていた。せめて償いにと指輪を渡したが、そんなもので到底償えるものではなく、どうかこの体験が彼の人生にとって重く辛すぎる出来事にならないようにと願っていた。


 

 そして二人は、先んじて道をすすんでいた王女とその護衛においつくことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ