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朝の陽ざしのまばゆい光が木々の葉の隙間から差し込み、その光はまるで静かな川岸に落ちる薄明かりのように深い森に微かな明るさを与えていて、木々の枝葉がそっと揺れる風に乗って微かに揺れ動く度に、そこに埋もれる朝露に光を反射した。
リリスは一時の平穏を感じ、長い逃亡の旅による疲労から少しだけ解放されたことを感じていた。飛行魔法を使って運んでいる異世界から呼び出した勇者の、その肩書からくる安心感もあいまってのことだったかもしれない。
そんな折に、タクトは目を覚ました。起きると心地のいい浮遊感に包まれていて、良好な目覚めであると感じたのもつかの間、自分のおかれている状況がいまだ謎に包まれていることにはっとして、しかしやはり目の前の美少女に目を奪われていた。
「お目覚めになりましたか、勇者様」
「はい、で、あの勇者というのは?」
「私が異世界から召喚させていただきました。そして昨晩は命を救ってくださり大変感謝しております。しかしながらろくに事情も説明せず、このような仕打ちをしてしまったことについて深くお詫びいたします。その代わりと言ってはなんですが、こちらをお受け取りください」
差し出したのはきれいな透明な宝石がついた指輪だった。それは朝のするどい日差しを強く反射し、独特の存在感を放っていた。
「魔力が込められた指輪で、所持していれば一度だけ命の危機を救ってくれます。勇者様の世界では作動するかわかりませんが、きっと宝石として売り出せばそれなりのお金になるはずです」
「そんな高価なもの、もらえないですよ。俺特に何もしてないですし」
「勇者様は私の命の恩人です。それでもというのなら私が勝手に勇者様のことを利用した罪の対価とでも思っていてください。恩を返さねば私の心が落ち着かないのです。どうかもらっていただけませんか?」
切実なリリスの様子に、タクトはただ肯定するばかりであった。
「ありがとうございます。さて、歩きながらになりますが、私が置かれている状況を説明してもよろしいでしょうか」
リリスは森の中を歩きながら現状を説明する。リリスは国のトップに仕える宮廷魔法使いをしていたが、その国では反乱で革命が起きてしまった。王族は幼い末娘の王女を残してみな捕縛されるか処刑されてしまったのだが、まだ物心もついていない王女だけはと隣国へ逃がすことになったのだ。その護衛も次第に囮や足止めとして数を減らし、残るは王女を抱える一人とリリスのみとなってしまった。そしてリリスは先の兵を足止めしていたのだが、長い旅路の末魔力は尽き果て、もはや潰えると思ったところで、自らの左腕を使って勇者召喚を行った。
タクトは説明を聞いて、まったく現実感がないなとどこか他人事でいた。王女だとか亡命だとか、自分に生涯でかかわるような言葉だと思っていなかったのだから仕方がないことであろう。
そのなかで、自分は何をしたらいいのかとリリスに問うと、特に何もしなくていいのだそう。というのも、リリスは魔法使いで、しかし現在魔法を行使するために必要な魔力が尽き果てており、それを回復させるには時間と休息が必要なのだがその余裕もない、しかしタクトがいれば、その魔力をもらい、魔力の補充ができるからとのこと。ようは一刻も早く王女に追いつかねばならない現状、リリスの代わりに休めということだった。そんな話を聞いて、何もすることがないという事実により所在なさを感じた。タクトは結局、リリスの後ろを歩きながらその金色に輝く髪の光を眺めるばかりであった。
「そういえば指輪なんだけど、それこそ王女様がつけていた方がいいんじゃないですか?命を守るっていうなら」
「まさにその王女殿下から頂いたものなのです。それに王女殿下は類する品を持てる限りお持ちです」
「そんなにやばいやつなんですか⁉余計もらえないですよ」
「いえ、私の命を救ってという王女殿下の願いですから、勇者様にお持ちいただくのがよろしいでしょう」
「そうなんですかね…。リリスさん、それと落ち着かないので勇者様というのはやめてもらえませんか?タクトっていいます」
「承知しました。タクト様」
「様もちょっとそわそわするというか…」
「タクトとお呼びすればよろしいですか?」
「それでお願いします。あとできたらもう少しくだけて話したいなあって」
「…タクトと話すとなんだか緊張感が緩むな。まあ私もがんばって話していたところはある。この口調でいいなら続けるがこれでいいか?よくもう少しかわいげのある喋り方をしろといわれてしまうのだが」
「大丈夫です!むしろかわいいです!」
「…そうか」
タクトは突然の変化に驚くが、それは彼女の華奢な体躯とのギャップが感じられて、不思議な魅力を放っていた。そして照れてるのか顔をそらした彼女にまた目を離せなくなってしまった。