第八話 記憶
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その部屋は壁一面、書籍に囲まれていた。
圭は部屋をそっと見渡した。
何とも不思議な作りをした部屋だ。
以前、家族旅行で行ったイギリスの大英博物館にある円形の図書室のような作りだと思った。違うところと言えば、三階まであることだ。中心は吹き抜けになっている。天井は高く丸みを帯びており、一部ガラス張りになっていた。博物館ほどの広さはないものの、家の造り、ドアの大きさ、隣の部屋とのドアとドアの幅を思うと、どう考えても規格外の広さである。
圭が目だけをきょろきょろと動かしていると、ミユウが元気よく「温かいお茶と冷たいお茶、どっちがいい?」と訊ねてきた。
「え?ああ、じゃあ……冷たいので……」
「了解」
ミユウが部屋から出て行くのを見送ると、再び正面を向いた。
部屋の中央に置かれた大きな楕円形のテーブルに、美青年、黒髪の男、アッシュがそれぞれ席に着いた。
童顔男が圭の肩を叩いて、椅子を差し出し「まあ、取りあえず座ったら?」と人懐っこい笑顔を見せる。
圭が男の顔を見て「どうも」と囁くように言い大人しく座ると、男は満足そうな笑顔で頷いた。
一見、童顔と幼い声のせいで年下のようにも思えたが、気さくな話し方のせいか同い年のようにも感じた。圭と同じような身長だったが、周りの男性陣が大きいせいか、実際の身長よりも小さく見える。
圭は美青年の真正面に座った。ちらりと彼を見ると、どこかで会ったことがあるような気がして目を伏せ考えようとしたところに、ミユウがお茶を持って部屋に戻ってきた。
「どうぞ」と差し出されたグラスを受け取ろうと、ミユウを見上げると「あ」声を上げた。
「え?」
ミユウは少し驚いた顔で首をこてんと傾げる。
「そうか、瞳の色は違うけど、君に似ているんだ」
ミユウは何度か瞬きをし、圭の目の前に座る人物を指さした。
「彼のこと?」
「そう」と頷と、ミユウはにっこり微笑み「私のお兄ちゃんよ」と言い、「兄のレイ」と紹介をした。するとミユウは他の住人にお茶の入ったグラスを渡しながら、圭に紹介して歩いた。
「こちらがアサトくん」
アサトは愛嬌のある笑顔で圭に「よろしく」と言った。
赤茶色の髪に、若草色の瞳を持った可愛らしい顔だが、全体的に整っており綺麗な顔をしている男だ。
「こちらがシンさん」
シンは圭に鋭い視線だけを向けた。
黒髪の短髪に切長の瞳は深い青。精悍な顔立ちは男らしく、レイとはまた違う美丈夫だ。シャツ越しにも身体を鍛えているのが分かるほど、肩幅のガッチリした男だ。
「で、こちらがアッシュさん」
アッシュは柔らかい笑顔で会釈をした。
笑うと中性さが増して、余計に性別が分からない。
ただ分かったことは、この部屋には自分以外、どうやら日本人では無さそうだけどやたら流暢に日本語を話す美男美女ばかりである、という事実だけだ。
ミユウがお茶を配り終え席に着くと、さっそくミユウの兄であるレイが口を開いた。
「圭くん、と、言ったね?」
レイはミユウ同様、顔に負けないくらいの美声で圭に話しかけた。その時、先ほどまで疲れ切った声で話しをしていた人物が彼だと、圭は気づいた。今はそんな事はどうでもいい事だが。
圭が小さな声で「はい」と応えると、レイは小さく頷く。そして。
「単刀直入に聞こう」と良く通る声で言った。
「君は、何者だい?」
「へ?」
圭は思わず間抜けな声を出し、首をかしげた。あまりに単刀直入すぎて、一瞬何を聞かれたのかすら理解できなかった。圭はドキドキしながら、とりあえず事実を述べる。
「瀬川さんの同級生で、隣りに住んでいる者です」
アッシュが「セガワ?」と言って首をかしげたのをシンが咳払いをして注意を促したが、その事に圭は気がつかなかった。
今、目の前に居る人物から静かな怒りが感じ取れている以上、何かに気を回していられる状況ではなかったからだ。そりゃそうだ、不法侵入だ。怒られて当然だ、と圭は心の中でぼやく。
レイはテーブルに両肘を付き、口元に手を当てて、圭の顔をじっと探るような視線を向ける。圭の顔からは何か隠している気配はない。
「普通の人間だというのか?」
レイは呟くように言った。その声を聞き取ったシンは、怪訝そうな顔をした。
「しかし、お前がかけた術は完璧だった。普通の人間ならここへは入って来られない」
シンは小声でレイに言う。レイは小さく頷き、息を吸い込んだ。
「この家には、どうやって入った?」
圭はレイの質問に首をかしげた。
「どうって……。普通に……。門を開けて、玄関から入って……。あ、声もかけたし、ドアもノックしましたよ?で……ドアが少し開いていたので……勝手に、入りました……」
そう言うや否や、圭は椅子から立ち上がり深々と頭を下げ「すみませんでした!」と大声で言った。
圭から少し離れて隣りに座っていた童顔男のアサトが「おお」と小さく驚きの声を上げる。
レイは「ドアが開いていた……」と呟き、ミユウに一瞥を投げる。ミユウはレイから目を逸らし、あらぬ方向を見ている。
レイは深く大きな溜め息をつき、両手で顔を覆った。
「あ、あの……」
圭は下げていた頭を少し上げて、申し訳なさそうにレイを見た。
「本当に、不法侵入してすみませんでした……」
圭は何度か「すいません」と言いながら、他の住人達にも目を向けた。シンは圭と目が合うと、相手の腹の底に響くような低い声を出した。
「どうしてこの家に入ってきたんだ?」
シンの切れ長で鋭さのある瞳に、圭は一瞬たじろいだ。組んだ腕は、太すぎず、程よく筋肉がついているだろう事がシャツ越しでも分かるスポーツマンらしい腕だ。肩幅も広く、男の理想的な体型をしている。清潔感溢れる短い黒髪。精悍な顔つきに、圭は直感的に彼には逆らえないと感じた。
圭は身体を起こし背筋を伸ばすと、きゅっと唇を結ぶ。この家の存在が「おかしい」と思ったことを正直に話そうと、自分の胸に小さく拳を当てた。
「気に……なったんです」
目線を落とし、心なしか小さな声で言った。
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