第五話 倦怠
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放課後のホームルームが終わると、圭は深く長い息を吐き出した。机の横に掛けていた鞄を掴み荷物を乱暴に放り込むと、年寄りのように背中を丸め、のそりと席から立ち上がる。
教室を出ようとドアに手を掛けたと同時に「圭くん」と、ミユウが背中を叩いてきた。
圭は疲れた顔のままゆっくりと振り返り、ミユウを見る。
「何?」
「圭くん、これから部活?」
圭は少し間を置いてから「そう」と頷く。
「帰宅部。だから帰ることが活動」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に帰りましょう」
ミユウは圭の対応も何のその、屈託のない愛らしい笑顔でそう言うと、自分の荷物を持って颯爽と教室を出て行った。
圭は教室を出て行くミユウの後ろ姿を見送る。背後に陰険な空気を感じゆっくり振り向くと、クラスの男子が顔を引き攣らせて圭を見ている。
圭も彼らに負けないくらいの引き攣った笑顔を向け、「お先」と、襲われる前に逃げるようにして教室を出た。
自転車を押しながら、隣を歩くミユウを横目で見る。今日は朝からこの美少女のお陰で何故か疲れ果てている。しかし、げっそりしつつも、どこか嬉しく感じている自分も居て、なんだか複雑な気分でいた。
校門を出るまで、お互い何故か沈黙。どちらから声をかけるわけでもなく、ただ黙って校舎から校門までの百メートルほどの距離をゆっくり歩いた。まるで付き合いたての恋人同士のようである。
校門を出て、再びミユウをちらりと見る。
背丈は圭よりも十センチほど小さい。圭自身も大きい方ではなかったが、それでも百七十センチちょっとある。
リズミカルに隣りを歩くミユウを、すれ違う人、すれ違う人、誰もが見とれるように眺めている。その、どの目にも隣りを歩く圭は目に入っていないようだったが、それでも圭は何だか気恥ずかしかった。
「あの、さ……」
最初の沈黙を破ったのは圭だった。
「今朝、なんで木の上に居たの?」
口をついて出てきた言葉は気の利いた言葉ではなく、昼過ぎにふと思い出してからずっと気になっていた言葉が無意識に出ていた。その質問にミユウは一瞬硬直した。ように見えた。ミユウは「木登り好きなのよ」と微笑む。その笑みはどこか「これで理解しろ」と言わんばかりの強さを感じさせるものだ。
「登りやすそうな木を見つけると、つい。ね」
「そ、そっか……」
圭は愛想笑いしながら理解した振りをする。
「あ、そう言えば、同じ学校だったんだね。今朝、何も言ってなかったから驚いたよ」
「あら、直ぐに会えるって言ったじゃない」
「ああ……。なるほど、そうだね……はは」
乾いた笑いをすると、再び沈黙が二人の間に流れる。何か話題を、と思っていると、いつの間にか家の前まで来ていた。
「俺の家、ここなんだ」
「そうなんだ。私はこっちよ」
そう言うと、ミユウは圭の家の隣にある古い洋館を指さした。
「お隣さんだったなんて、すごい偶然ね」
「ああ……この空き家に引っ越してきたんだ……」
圭は洋館を見上げながら言った。何故か何か頭の隅に引っかかるものがあり、僅かに眉間に皺を寄せる。
「ここ、おじいちゃんの家だったの」
ミユウは微笑みながら言う。
「へえ……」
「それじゃあ、また明日ね」
ミユウは手を振ると、門の一部を開けて洋館の中へ入っていった。
圭は洋館をぼんやりと眺める。重厚感溢れる門。玄関まで向かう小さなアーチにアイビーが見事に絡んでいる。この辺じゃ浮いて見えるくらい洒落た家だ。
見慣れた馴染み深い風景のはずなのに、何故か違和感を覚えるがしかし、それが何なのか分からず首をかしげ「ま、いいか」と、自分の家のガレージへ入り自転車を置いた。
玄関の鍵を開けて家に入ると、塔子はまだパートから戻っていないようで、家の中には誰もいない。
圭は二階の自室へ行き着替えを済ませると、ベッドの上に倒れ込むように横になった。
「なんだか、疲れた……」
額に手の甲を乗せて、ぼんやりと天井を眺める。ベッドの上の天井には天体図のポスターが貼ってあり、圭は何も考えず、ぼおっとポスターを眺めた。少しずつ疲れが癒え、身体がベッドに吸い込まれるように沈んでいく感じがした。
いつの間にか寝てしまっていたのか、犬の鳴き声が聞こえ目を覚ました。机の上の時計を見ると大して眠ってはおらず、家に帰ってきてから三十分ほどしか経っていない。
家の前では相変わらず犬が騒いでいて、圭はベッドから立ち上がると窓の外を覗き込んだ。家の前では近所の犬が主人の言うことを聞かずに吠え立てている。
「なんだ。ロンか。あいつ、隣の空き地、好きだかんな……何あんなに騒いでるんだ?」
圭は窓から離れ、欠伸をしながら大きく伸びをし、ふと今自分が言った言葉に違和感を覚えた。
「俺、今なんか変なこと言わなかったか?」
口元に左手を当て、自分が言った言葉を思い出そうと考える中、ロンの鳴き声は相変わらず響き渡って、主人が困り果てた声を上げているのが聞こえていて。
ーーー「この空き家に引っ越してきたんだ」
「ここおじいちゃんの家だったの」ーーー
圭は目を見開き「あ!」と声を上げた。
「隣の空き地!」
勢いよく部屋を出て階段を駆け下り、玄関の外で騒いでるロンの前に座ると目線を合わせた。
飼い主である婦人が慌てて「すいません、うるさくして」と言いながら、ロンを引きずろうとするがロンは足を踏ん張り、お座りをして動くことを拒んでいる。
「ロン、どうした?何が気に入らないんだ?」
圭はロンの頭を優しく撫でながら聞いた。
ロンは圭の家の隣にある洋館に向かって吠えている。
圭はミユウの家である洋館を振り向き、見上げた。
そして、またロンを見て、その頭を撫でてやる。
「大丈夫。お前の言いたいことは分かったよ」
両耳を揉み解すように撫でてやると、ロンは「やっと理解者が現れた」と言わんばかりに嬉しそうに尾っぽを振り一声吠え、立ち上がった。
飼い主の婦人は驚いた様子で圭と飼い犬を交互に見て、不思議そうな申し訳なさそうな複雑な顔で礼を言い、その場を離れていった。
圭は犬が去っていく後ろ姿を眺めてから、ゆっくり立ち上がり洋館を見上げる。
「一体、どういう事だ?」
柔らかな風が吹いて、洋館を囲む木々の葉が揺れ動いた。
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次話からサブタイトル回収……?
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