第五話 ミユウの覚悟
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待ち合わせ場所へ向かうと、指定した時間には早すぎる時間にも関わらず、レイが待っていた。
遠目から見ていると、会場へ向かおうとしている着飾った男女がレイに見惚れるようにして通り過ぎて行くのが分かる。
亜麻色の髪を後ろに撫で付け、ダークグレーのスーツをビシッと着こなした姿は、お世辞抜きに美しく格好良い。見惚れる人の気持ちが良く分かる。
ミユウは瞳を閉じて自分の胸に手を当て、小さく息を整える。ゆっくり瞼を上げ、レイを見る。
自分の心を確かめる。
自分でも驚く程、落ち着いている。以前の様に恋焦がれる様な熱はない。
「大丈夫」
一つ呟くと、レイの待つ噴水へ足を進めた。
「レイお兄様」
(良かった……ちゃんと声が出てる)
レイが一瞬身体を強ばらせ、ゆっくり振り向く。レイは僅かに目を見張り、ミユウを見つめた。
「ごめんなさい、お待たせしてしまったみたい……」
レイから視線を外し、謝罪の言葉を伝えると、「……いや。大丈夫だ」と、静かな声が降ってきた。
「……君と会話するのは何年振りかな……久しぶりだね、ミユウ。……大人びたね。今日はとても綺麗だ……ドレスもとても良く似合っているよ」
その言葉に驚きはしたものの、嬉しさが勝り緊張していた頬が和らぎ、自然に笑みが溢れた。
「ありがとうございます….…。お兄様……今日は、私のお願いを受けてくれて、ありがとうございます……。あの、会場へ向かう前に、少し話がしたいのだけど….」
レイは少し考える様な表情をしたが、すぐに柔らかな笑みを向けた。
「じゃあ、少し先にある公園へ行く?そこならベンチもあるだろうし」
と、スマートに手を差し出した。
ミユウはその流れる様な所作にドキリとしたが、緊張しつつその手を取った。
この手に触れるのは、何年振りだろう。少し冷たい指先が、かえって心地よい。
公園に着くと、レイは空いているベンチに自分のハンカチを広げミユウをそこに座らせ、その隣にレイも腰掛けた。
「それで、話というのは?」
その声は、透明感のある澄んだ水の様で、心地良い響きを持っている。
「あ、あの。……私、お兄様の事、殆ど何も知らなくて……」
「あぁ、そうだね。俺たちは、兄妹と言ってもほぼ接点は無かったからね」
ミユウは小さく顎引くと、忙しなく手を開いたり閉じたりしながら話を続けた。
「……私が初めてお兄様を知ったのは、池に落ちた時で……あの時、最初、お父様そっくりだから、お父様かと思ったけど、若いから違うって直ぐわかって。でも、始めて見る人なのに、すごく温かくて……何故だか懐かしいって気持ちに似た様な感覚があって。また会いたいと、本当に思っていました……。でも、あの日以来、家で会う事は無かった。お兄様が家を出て行ってしまったと知ったのは、もう少し大きくなってからでした……。私は、あの日会った『お兄様』が誰なのかをずっと知りたかった……」
レイは黙って話を聞いてくれているが、その表情を見る事は出来なかった。ミユウはそのまま自分の手を見つめ、自身を励ます様に握ると話を続けた。
「私、約束した通りお父様やお母様には秘密にしていました。でも、どうしても、あの日の人を知りたくて、ユーリに何度も訊ねたわ。そしたら、ある日お父様に呼ばれて……そんなに知りたいのなら、私が十歳になったら教えてあげようと言われました。きっと、五年も経てば忘れると思ったんだと思います。でも、私は忘れなかった。忘れる事なんて……出来なかったの」
ミユウは更に両手をきつく結び、顔を隠す様に俯いた。
「街に出掛ける時、いつもこっそり探していました。似た人を見かけると、追い掛ける時もあったわ。でも、いつも違ってて」
ミユウは自嘲するように笑った。
「もうすぐ十歳になる時でした。路地裏に向かう人集りの中に、お兄様を見つけたのは。何がどうなって私が気を失ったのか、全然覚えていないけど……。お兄様が助けてくれたのは、覚えていました。そして、十歳の誕生日。お父様の執務室へ行って、あの日の人は誰なのかを訊ねました。お父様はとても驚いていた……。忘れていなかったのかって。そして、お母様には内緒だと言って、お兄様の写真を見せてくれて……。池で助けてくれた人だと、すぐに分かったわ。そして、路地裏で会った人だとも。私の血の繋がった兄妹だと知った時、とても嬉しかった。でも、直ぐに悲しくなった」
(泣くな、私)
声が震えてしまった。ぐっと涙を堪える。
「私が生まれなければ、お兄様はお母様から辛く当たられ無くて済んだのかもしれないとか、お父様はもっとお兄様を愛したのかもとか。そんな事を思って……」
それまで何も言わずに黙って話を聞いていたレイが、急に声を上げた。
「ッ!ミユウ!それは違う!と言うか、一体誰がそんな話をしたんだ!ユーリか!?」
その声に驚き一瞬顔を上げようとしたが、涙が溢れそうで俯いたままミユウは首を左右に振った。
「お父様です。お父様が、お兄様がお母様に辛く当たられていた事や、お父様がちゃんとお兄様に向き合わなかったんだと……悪い事をしたと……後悔していました……」
レイが噛み締める様な声で「何で今更……」と呟く。その声は、氷の様な冷たさがあり、ミユウの胸の奥がギュッと軋む。
(ダメ。ここで折れちゃ。ちゃんと伝えなきゃ。頑張れ、私)
「お兄様。私、お兄様にお会いしたら、必ず伝えたいと思っていた事があります」
ミユウは勇気を振り絞り、身体をレイに向けて真っ直ぐその横顔を見つめると、レイゆっくりがミユウへ顔を向け見返す。
その表情には戸惑いが見て取れたが、その奥に違う何かを感じた。
それは、恐れ。
ミユウは、無意識に身体が動いた。抱きしめなきゃ、大丈夫だと伝えないと。
「お兄様。今まで、ずっと私を守って下さったんですよね?あの池の日だけじゃ無く、私が生まれた時から今までもずっと。でも、もう私は大丈夫です」
レイの身体が硬く強張る。ミユウは更に腕に力を込め、レイを引き寄せる。
「お兄様。ずっとずっと、長い事一人にしてごめんなさい。私……。私がお父様やお母様、みんなにもらった愛情を、今度は私がお兄様にあげたい。私はお兄様がずっとずっと前から、あの池の日からずっと、大好きです。もし私の愛情が迷惑なら、今すぐ私を引き離してください。私を置いて帰ってください……」
ミユウは思いの限りを伝えた。心を込めて、精一杯に。
暫くして、ミユウの背中に優しい温もりを感じた。
「……ありがとう、ミユウ……」
その一言に、ミユウは声なく首を横に振った。
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