第四話 試練
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ハルと食事をした翌朝、ミユウは珍しく早く目を覚ました。
反対側の壁にあるベッドをみると、まだハルが寝ている。
ミユウはゆっくり上下する毛布を見ながら、自分の膝を抱えた。
昨日のハルとレイの会話を思い出す。レイの冷たい声が耳に蘇る。
ミユウは自分の膝に額を乗せ、ぎゅっと自身の身体を固める。
(妹で、良かったのかも知れない)
妹であれば、一緒に居られる可能性は高くなる。他人であればフラれたら、それで終わりだ。
とっくの昔に封印した想いの筈なのに、あんな風に苦しくなるなんて。
ちゃんと封印出来ないのなら、そのままにしよう。でも、これからは今までと違う愛の形で想っていこう。本当に「妹」として「兄」を愛そう。
今までミユウが色んな人から貰った愛を、今度こそ妹として、家族としてレイに返そう。本来なら、レイだって同じ愛情を得られる筈だった。その愛情を。
「それなら、許される……よね?……ねぇ……神様……」
ミユウは小さく呟きながら、静かに涙を流した。
ーーーーーー
あれから一年が経ち、ミユウはレイを想い涙する事は無くなっていた。
心の中で、しっかり「妹」としての感情へと置き換える事が出来ていた。そう出来たのは、きっとレイの徹底した態度のお陰だろうとミユウは思っている。アカデミーに入ってから一度もレイと直接会って会話をした事が無かった。時々、実践練習時に感じるミユウを守る僅かな魔力に、避けられている様では無いと分かってはいたが、何故か会話はした事が無かったのだ。だがその事は、少なからず心の整理の助けになっていたと、ミユウは思っていた。
そんな風に過ぎた心を、試すかの様な出来事が起きた。
自主鍛錬を終えシャワー室から寮へ向かう途中、特別講師のシンに呼び止められたのだ。
シンはアカデミーの特別講師で剣術を指導しに来ている。シンがレイの親友だと知ったのは、一ヶ月前の事だ。それまで、そんな素振りは一切見せなかったシンが、レイと親友だと打ち明けたのは、ミユウの最終試験での事だった。
卒業の為の最終試験の一つに実際に夢の中に入り、ハンターの討伐を行う試験がある。それには必ず現役の騎士や法術師が審査官とし同行しつつ実際に討伐を行う。その際、シンがミユウの審査官になったのだ。そして試験時間までの間、少し会話をしていた時にシンから自分はレイの親友だと言い、「レイを卒業パーティーに誘ってやってくれ」と頼んで来た事がきっかけだった。
「もう、卒業パーティーのエスコート相手は決まっているのか?」
突然、そう訊かれてミユウは戸惑いつつ「いいえ、まだ……」と答えると、シンは心底意外だった様で、驚きの表情でミユウを見下ろした。
「ミユウなら引く手数多だろうに。……反対に、みんなもう決まってると思って声掛けてないのか?」
シンからそんな風に言われるとは思わなかったミユウは、それこそ驚きながらシンを見上げる。
「何人かの方に声は掛けてもらいましたけど、何となく気が乗らないと言うか……だったら、一人で行こうかなと思ってました」
「ふぅん。そうなのか……。なら、これも断られるかな?」
独りごちる様に呟くシンを怪訝そうに見遣ると、シンは「実はな……」と声を抑え話し出した。
「俺はミユウの兄貴であるレイの友人なんだが……。レイの奴、本当はお前の事をずっと気に掛けてたんだ。でも何故か自分から声を掛けられないとか言ってな。本当は卒業パーティーもミユウを祝ってやりたいと思っている様で、行くか行くまいかと毎日鬱陶しいくらいに悩んでいてな」
その話に、ミユウは目を見開きポカンと口を開けて続きを聞いた。
「それで、いっそうのことミユウから誘ってやって欲しくてな。エスコート役が決まって無いなら、なお良いと思ったんだが……乗り気じゃ無いのを無理に頼むのもなぁ。ただ、俺としては、出来ればレイを誘ってやって欲しくてな。二年間ずっと見守っていたからな、アイツ。ミユウから声を掛けてもらえたら、レイも喜んで行くと言うと思うんだよ」
シンの頼みは、ミユウにとって信じられないものだった。が、もしこれを断ったら、きっと二度レイと話す事は無い様にも感じた。
同じ職場であっても、配属先が違えば接点は無い。レイは法術師の中でも優秀な人材のため高度な技術を要する仕事が多く、きっとミユウとは違う部署で仕事をするのだろうと思っていた。
それでも、その突然の頼みに即答は出来なかった。そんな事、考えもしなかったのだから。あまりの驚きに丁重にお断りをしてしまったが「一旦持ち帰って考えてくれ」と言われた。
恐らく今日はそのお願いに対しての返事を聞くために呼び止めたのだろうと、直ぐ分かった。それにしても前日に呼び止められるとは……とミユウは困った笑みを浮かべてシンを見つめた。
「呼び止めて悪いな。あれ、この間の頼み、考えてくれたか?」
シンの言葉に、やっぱりその話ですよね、と思いつつ「いえ、あの……」と答えると、ミユウの応えを聞く前に「もしかして、誰かエスコート役決まったのか?」と訊いてきた。
ミユウは慌てて「いえ、決まって無いです!」と否定すると、少し安心した様な表情を見せたが、すぐに眉を寄せ「どうしても嫌か?」と訊いてきた。
この一か月、何度も考えた。
心の中は、もう落ち着いているし大丈夫だとは思っていたが、いざ本人を前にして同じ様に落ち着いた心で居られるのか不安があった。でも、いつかレイと会話する時が来るなら、それは今が良いと感じた。
ミユウは暫し黙って考えていたが、決心した様に顔を上げシンを真っ直ぐに見上げて「わかりました」と返事をした。
「本当か!?いや、ありがとう、助かるよ。悪いな、こんな変な頼みに付き合わせて」
いつもクールなシンが、珍しく少年の様に喜びの声を上げるのを見て、ミユウは笑いながら「いいえ、こちらこそ」と返す。
「何やら兄がご迷惑をお掛けしていた様で、すみませんでした。あ、あのシンさん、ちょっと待って居てもらえませんか?一旦、寮に戻って兄に手紙を書きますので……」
「ああ、じゃあカフェテリアで待ってる」
「はい。なるべく早く書いて行きますね」
シンと別れ急いで寮の部屋へ戻ると、すぐに手紙を書きはじめた。しかし、いざ書こうとすると、妙に緊張して手が震え字が歪む。何度も出だしから失敗をして、どうにか見られる文字で最後まで書けたものを丁寧に折り畳み、封筒へ入れた。
心臓は有り得ないほど早鐘を打ち、指先の感覚も良く分からなくなっている。
シンはミユウの誘いなら断らないと言っていたが、あの日ハルを断っていたレイの声が蘇る。
『……俺は君の事をよく知らない』
ミユウは椅子からゆっくり立ち上がり、何度か大きく深呼吸をし、部屋を出て行った。
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卒業パーティー当日の朝。
ミユウは自分が選んだドレスの色を見て、赤面していた。鏡の前の自分が、もうこれ以上は赤くなれないだろうというくらい、顔も耳もデコルテも全て真っ赤に染まっている。
「そうだった……バレるかな?いや、大丈夫だよね……だって誘ったの昨日だし、偶然って思ってもらえる……よね?」
深緑の光沢ある布地に裾には自分の髪と同じ様な亜麻色の糸で刺繍が施されている。
レイの色そのものだ。
少し大人っぽい色だから父親には「もう少し若い子が着る様な色味にすれば良い」と言われたが、この色の布地を見た時に「これだ!」と思ったのだ。最初は無意識だった。だが、ドレスが出来上がって届けられると、ハタと気が付いた。無意識に選んでいた自分に、やっぱりまだ心は「妹」としての覚悟が出来てないのでは無いかと、自身を疑った。
それでも、ドレスはこれしか無い。変える時間も無い。ミユウは深い溜息を吐き出し、諦めてドレスを着る覚悟を決めた。
待ち合わせ場所は、会場入口より少し離れた所にある噴水前を指定した。そして待ち合わせ時間は、少しだけ早めに指定した。
もしレイが来てくれたなら、今度こそ妹ととして、レイを見ていこう。妹としての愛情を、レイに伝えよう。池で落ちたあの日から今日までずっと、レイはミユウを妹として守っていてくれていたのだから。そのお礼を伝えたい。
壁時計に目をやると、そろそろ実家から使用人達が着付けに来てくれる時間が迫っていた。ミユウは急いでシャワー室へ向かった。
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