第三話 アカデミー
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ミユウが十四歳になる年、父親からアカデミーの話を聞かされた。
自分に魔力がある事は、何となく気が付いていた。路地裏で兄を見かけ、追いかけた時に自分が放った光。あれこそが、魔力だったのだろう。
「実は、そのアカデミーにはレイも通っていた。今は睡眠管理事務局で法術師として働いている」
父親の言葉に、心がギュッと締め付けられる様な感覚を覚えた。
封印した筈の蓋が疼く。
「どうする?アカデミーに行ってみるか?」
ミユウはその問いに、小さく頷いた。
考えより先に、身体が動いたのだ。
父親は、その様子を見て「わかった」と頷くと。
「今週中に入学申請を提出しておくから、そのつもりで」
と言って、話を終わらせた。
レイも通っていたというアカデミーは、十四歳から二十歳までの魔力持ちであれば、誰でも入学が出来た。とは言え、入学にはそれなりの資金が必要で、家が裕福ではない子供は、睡眠管理事務局の奨学金を利用して入学をしていた。その代わり、常に成績上位をキープしなくてはならず、授業をサボる生徒は少なかった。
だいたいの生徒は、ミユウも通っていた一般教育の学園を卒業してから入学するらしく、周りは年上が圧倒的に多かった。
十四歳で入学したミユウは、すぐにその頭角を表した。気が付けば、アカデミー内成績トップで見目も可愛い。しかし、それをちっとも鼻に掛けず、誰とでもフランクに接するミユウは、あっという間にアカデミー内の人気者になった。
だが、その胸の内に秘めた誰にも言えない想いがあるとは、誰も知らずに。
ミユウはただ必死だった。何故なら、レイが余りにもアカデミー内で有名だったからだ。ミユウが入学する前から「レイの妹が入学するらしい」と噂になっていたと知って、ミユウはレイについて、ひっそりと調べた。
レイもアカデミーでは最優秀成績で卒業をしたと知った時、兄の恥にならない為にもと、誰よりも勉学に励み自主練を積んだ。
幸い、ミユウの指導役がレイを指導していたというウィルだった事もあり、怪しまれる事なく色々とレイの話を聞き出す事が出来た。
想いは封印したものの、少しでも近くに行きたいと思って入学したが、聞けば聞くほどレイは優れた法術師で、生半可な気持ちでは、その近くへは行けないのだと実感した。
そんなある日。
魔術の実践練習で、男女混合トーナメント戦を行った時のこと。
男子生徒の放った炎がミユウを直撃しそうになった。ミユウはすかさず防御の陣を繰り出したが、炎が一瞬、変な動きをしたのだ。
(え?)
と思いながらも、すぐに次の手を放ちミユウは勝利した。
防御も間に合ってはいたが、あの炎の動きは一体何だったのか。
授業が終わり更衣室へ向かう途中、友人のハルが声を掛けてきた。一年先輩のハルはミユウと寮が同室で、入学当初から甲斐甲斐しく世話を焼いてくれている。ハルは騎士志望の女性だが、とてもボーイッシュでさっぱりした性格。ミユウにとって頼れるお姉様だ。
「今日、レイ様が見学してたわね。気が付いてた?」
ミユウは驚きハルを振り向く。
「そうなの?全然、気づかなかった……」
「まぁ、練習場からは死角になる様な場所で見学なさっていたし、私も飛ばされた剣を取りに行って気が付いたから、みんなも気が付いて無かったかもね。ま、気が付いてたら、女子生徒が騒いでいたか」
ハルは笑いながら「相変わらず美しくて色っぽかったわぁ」と話を続けていたが、ミユウは生返事だけを返し、今日の練習トーナメントでの出来事を思い返していた。
もしかしたら、あの炎の動きはレイかも知れないと。他の誰も気が付かない僅かな動きだったが、そんな巧妙な技術があるのは相当腕の良い法術師で無ければ無理だろう。あのまま炎が来ていたら、防御は間に合っても多少の怪我はしたかも知れない。それが僅かに逸れたお陰で怪我もなく済んだのだ。
守られたのだと思うと、胸の奥が熱くなる。
アカデミーに入学してから、まだ一度もレイと直接会話をした事は無かった。
時々遠目で見かける程度で、近くで見る事も無かった。だからといって、ミユウから近寄って話し掛ける勇気は無かった。
レイは遠目からでも分かるほどに美しく、凛々しく、眩しくて。今の自分ではレイの隣に立つ事に自信がない。彼に誇らしいと思ってもらえる様になりたい。その為には、今はひたすら直向きに頑張るしか無かった。
アカデミーに入ってから間も無く一年が経とうとしていた。寮で同室だったハルも卒業してしまうと思うと、とても寂しく思っていた。ハルの為に、何か喜んでもらえるものを用意しようと思い付いたミユウは、街への外出許可を得ようと管理棟へ向かう途中だった。
ミユウは見ては行けない場面に遭遇してしまい、思わず柱の裏に隠れてしまった。
レイと一緒に居るのは、ハルだった。
「……レイ様がずっと好きで……。お付き合いして下さい!」
「ごめんね、その想いに応えられない。そもそも、俺は君をよく知らないし……」
「付き合ってから、お互いを知っていけば……」
「そういうのは、俺には向かないんだ。ごめんね。他をあたって」
冷たい声。感情が無い、突き放す言葉に、ミユウは自分が言われている訳では無いのに、酷く胸の奥が抉られる気持ちがした。
「レイ様……!」
レイは立ち去ろうとしたが、ふと思い出した様に振り返った。
「あぁ、そう言えば、君はミユウと寮が同室だったかな?妹を面倒見てくれて、ありがとうね。じゃあ」
今度こそレイは立ち去った。遠退いていく足音が耳から離れない。ミユウはずるずると柱に背を擦り付けるながらしゃがみ込んだ。
自分が振られた訳では無いのに、振られた気分だった。
「ミユウ……」
頭上から驚きの声が聞こえ、ハッとする。顔を上げると、困った様に笑うハルが立っていた。
「見られてたかぁ」と、笑いながら言うハル。ミユウは自分の視界が霞んでよく見えなくて、ハルに「何でミユウが泣くのよ」と言われ、自分が泣いている事に気が付いた。
ハルはミユウの前に跪きミユウを抱き締め、ミユウもその背中に手を回し、二人で泣いた。
お互い泣き止んで、暫くして。
ハルがゆっくり話し始めた。
「初めてレイ様を知ったのは、アカデミーに入学する前。私の叔母の夢にハッカーが入り込んで……。その時、討伐が間に合わなかったらしくて、叔母の意識が戻らなくてね。それでケアする為に派遣されて来たのがレイ様だったの。最初は、やっぱりあの美丈夫さに目を奪われたけど、ケアを行う術の美しくさや丁寧さに感動して。気が付いたら、見かける度に目で追ってて……。ミユウがレイ様の妹だと知って、この子を大切にしたら、レイ様に私の存在を知ってもらえるんじゃないかって。すごく狡いけど、ミユウを利用したのよ。でもあなた達、全然近寄って会話しないし。何だかお互い徹底して避けてる様に見えた。なのに、レイ様はよく演習授業の時、こっそりミユウを見てて。仲が良いんだか何だか分からない兄妹だって思った。でも、そうやってこっそり見ているなら、尚のことミユウの側にいて、アピールしようなんて思ってたんだ……」
ミユウは黙ったまま、ハルの横顔を見つめ話を聞いていた。
「でもミユウって、すごく良い子なんだもん。最初は利用してやろうなんて思ってたけど、そんなの無しにミユウの事が本当に好きになって。ただ授業では、あんなに器用で感も鋭いしセンスあるのに、こと日常生活の事に関しては驚くほど不器用だし大雑把だし、朝全然起きないし」
ハルは思い出し笑いをしつつ「私が卒業したら、心配だよ」と言った。
ミユウは顔を赤くしながら、少し剥れる。
「だって……今まで自分でやった事無かったんだもん」
「これだから、お嬢様は」
二人は顔を見合わせ、ふっと笑い合った。
「ハルが卒業したら寂しくなるなぁ」
「私はミユウのお世話から解放されて、楽になるなぁ」
「ひどぉい!!」
「あははは」
その日の夜は、ハルを誘って外食をした。何か記念品をと思っていたが、二人だけで食事するのは、これが最後かも知れないと思ったら、記念品より食事と女子トークの方が思い出になると思い、二人で夜の街に出掛け、深夜遅くまで語り明かした。
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