第一話 初恋
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
本日よりミユウ視点の番外編をお送りします。
レイの番外編と対になっていますので、レイの番外編をまだ読まれていない方は、レイの話を読んでからをオススメ致します。
では、よろしくお願いします!
「おとうさま……?」
自分を包み込む腕を見つめ、そう呟いた。そして、その視線を上げると、美しい顔の少年が自分を見つめている。
(だれ?)
池に落ちて、二人ともずぶ濡れで。
そんな事も気にならない程、助けてくれた彼に目も心も奪われていた。
ミユウ・ロバーツ五歳。初恋である。
「ユーリ?あのね、このまえの、おにいさまは、このおうちにすんでいるの?」
「ユーリ、このまえの、おにいさまの、おなまえを、おしえて?え?でも、このまえ、ユーリ、おにいさまのなまえ、よんでた……」
「ユーリ、またおにいさまに、おあいできるかしら?」
「ねぇ、ユーリ、おにいさまは、このおかし、すきだとおもう?」
あの日、池で会った人の話をしたくても、内緒だと約束を交わした事を守りたくて。でも、話したくて。あの場に居たユーリを見つけては、何度となく彼の事を訊ねた。
そんな日々が、ついに父親に知られてしまい、ある日、初めて父親の執務室へ呼ばれた。
「ミユウ、何故、そんなにあの少年が気になるんだい?」
父親はどこまでも優しい声色で訊ねる。
ミユウは父親の顔をじっと見つめながらも、何も答えなかった。答えてしまったら、あの彼との約束を破る事になると思ったからだ。
父親の顔を見ながら、ふと、彼が父に良く似ていると思った。髪の色も瞳の色も、そっくりだ。
キュッと唇を結ぶ娘を根気強く見つめて答えを待っていた父親は、遂に諦めたのか「ふぅ」と息を吐いた。
「ミユウ。今すぐに彼の事を教える事は出来ないが、それでも尚知りたいのであれば、お前が十歳になったら教えよう。その時には忘れているかも知れないし、覚えて居たとしても、お前もある程度、難しい話をしても分かるだろうからな……」
後半は独り言の様に呟いた言葉だったが、ミユウは父親を見つめ、一つ頷いた。
毎日あの日と同じ時間帯に中庭へ行き、池の近くの四阿で時間を過ごす。それは、よく晴れた日だけでなく、雨の日も雪の日も。
しかし、それも六歳になると同時に終わりを告げた。
ミユウに家庭教師が付いたのだ。今までも週二回程、マナーやピアノを教える教師が来ていたが、今度は週六回。毎日中庭へ行っていた時間は勉強の時間となり、たった一日の休息日も予習・復習に明け暮れて、時間があっという間に過ぎていった。ミユウは、それが意図的に組まれたものだとは、その時はまだ知らなかった。
それでも、毎日息の詰まる様な勉強生活は良くないと、家庭教師が野外実習と称した街での息抜き時間を確保してくれたお陰で、ミユウはリフレッシュ出来ていた。
街に出て広がる景色の中を、ミユウは時折、誰かを探す様に視線を彷徨わせる。
一緒に同行している家庭教師も使用人も、その事には気が付いていたが、何も言わずに見守っていた。ただ時々、見ず知らずの人を追いかけ様とするのを止めてはいたが。
ミユウが誰を探しているか分かっている風な口振りで「あの人は違いますよ、別の人ですよ」と言うのだ。
間も無く十歳になろうという、ある日のこと。
野外実習ではなく、個人的な買い物で使用人と共に街へ向かった。世話になった使用人の一人が近いうち辞めると聞き、ミユウは自分で選んだ何かを感謝の気持ちとして渡したいと思ったのだ。少ない小遣いを手にし、自分付きの使用人一人を連れ、共に雑貨屋へ向かう途中だった。
人集りがあり、何事かと思っていると、その輪の中心に、ずっと探し続けていた人物が居た。間違いない、あの人だ。そう思って見つめていると、人集りを割って、彼を含む何人もの男達が路地裏の方面へと去って行った。野次馬で出来た人集りは、あっという間に散り散りになり、何事も無かったようにいつもの街の姿に戻った。
ミユウは使用人と共に雑貨屋へ入ると「一人で選びたい」と申し出て、使用人と離れて雑貨屋内を一人で見て歩いた。使用人は自分の興味がある何かを見つけたのか、その棚を熱心に眺めており、ミユウを見てはいなかった。ミユウはその隙に雑貨屋を出て、男達が向かった先へ走った。
そこで目にした光景は、余りにも血生臭い景色で。それと同時にミユウの瞳には、あの人が殴られそうになっている瞬間で。
「お兄様!!」
叫ぶと同時に、自分の中の何かが弾け飛んだ気がした。辺り一面、白い光が広がる。それが自分から発している事に気が付いたが、そんな事よりも、あの人が危ないという現実の方がミユウには大切で。身体中から何が抜けていくのを感じ、膝が崩れ、両手を地面に付いた。
自分の発する光で周りに居た男達が次々倒れて行く。もしかしてと思い、更に全身に力を込める様にして、あの人を殴った男を睨み付ける。
すると、一筋の閃光が男の腹目掛けて抜けて行く。男は一拍置いて飛ばされ、そして倒れた。
ミユウは肩で呼吸を繰り返し、ぼんやりとした視界の中で、あの人を見つめる。近くへ行こうと、地面に付いた両手に力を込め立ち上がろうとしたが、そこまでで。その場で力尽きて倒れた。
「……にい……さま……」
「………、………」
「……、…………。…………、…」
誰かの話し声がする。
それに、とても心地よい腕に抱かれている様な感覚がある。
ミユウは薄らと目を開けると、滲んでよく見えない瞳の中に、あの人が映った。
「ミユウ?」
心配気な、でもとても心地よい声。
「おにい……さま?やっと……あえた……」
やっと会えた。やっと。
もっと話をしたいのに、瞼が重たくて目を開けて居られなかった。あっという間に、瞼は閉じ、その後の事は何の記憶もない。目を開けた時には自室のベッドの上で、八日間も眠ったままだったと聞いた時には、自分でも驚いた。何も思い出せない中でも、一つだけ覚えているとこがあった。
ずっと懐かしく温かな腕が、自分を守っていてくれた事。その中で眠っていたことだけは、覚えていた。
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