最終話 未来へ
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
「ミユウ!そろそろ起きろ!遅刻するぞ!」
レイはキッチンでスクランブルエッグを皿に乗せながら大声でいう。しかし、ミユウの部屋からは何の音もしない……。
一緒に暮らし始めてから半年。毎朝恒例の行事化している風景である。
レイは大きな溜め息を吐くと、ミユウの部屋のドアをドンドンと多少強めに叩く。
「入るぞ!」と言うとドアを開け、窓際へズカズカと歩みを進め、カーテンを開ける。
ベッドの上の塊は、顔に毛布を寄せて光を遮る様にして潜り込む。
「いい加減に、起きろ!」と、容赦無く毛布を剥ぐと、ミユウは「酷いっ!」と言いつつ毛布を奪い返し、また頭からすっぽりと毛布に包まる。
「……ほぉ……そうか。そんなに俺に襲われたいのか……へぇ……」
レイは低い声でそう言うと、ベッドの端に片膝を置きギシリと軋ませる。ミユウはガバッと勢いよく起き上がる。
「起きます!すぐ起きます!」
「さっさと準備しろ!飯が冷める!」
「はいっ!すぐに行きますっ!」
部屋から出ると、レイは身体の底から息を深く吐き出す。
「まったく……」と朝から疲れ果てた様な呆れた様な声を溢す。
ミユウはアカデミーを卒業し寮を出てから、レイの家に転がり込んで来た。……ほぼ強引に。
お嬢様育ちと言っても過言では無い自分が、突然、一人暮らしが出来るはずも無い。職場の宿舎もあるにはあるが食堂が無く、基本的には自炊となる。食事の支度すらした事のない自分が、やっていけるとは思えなかった。
そこでミユウは考えた。レイが居るじゃないかと。一人暮らしのベテランで、料理が得意だということは、ウィルに聞いて知っていた。最初は柔らかく断っていたレイだったが「じゃあ、シンさんに頼むしかないかぁ」と言うと、すぐに「一緒に住むか!」と言い、今に至る。
ミユウが天真爛漫だと言うことは、子供の頃から薄々感じてはいた。だが、一緒に暮らし始めてから、こっち。
最初は、お互い緊張していたせいか、気を遣って生活していたが、数週間経つとミユウはだいぶ慣れ、色んな意味で本領発揮をしはじめた。
まず、なかなかのマイペースさにレイは驚き、そして時々とんでもない事をしでかし、素っ惚ける。
ある時、洗濯を任せると、最初は「任せて!」と自信満々だったが、いざ始めると、洗剤量を間違えて泡だらけになり……。
またある時は、料理が出来ないと言うので教えてみれば、基礎も出来ていないのに、いきなりアレンジをして激マズ料理が出される……。
ならば食器洗いを、と頼むと、次々と皿を割り、部屋掃除を頼むと、何が起きたのか掃除前よりも散らかる。
以来、ミユウは何でもやりたがったが丁重に断って、レイが全ての家事をこなしている。
唯一、ミユウが得意(?)な事は、お茶を淹れる事と、裁縫が任せられる程度には得意そうだという事。あれだけ不器用な癖にお茶は美味しく淹れる事に、レイは驚いた。そしてもう一つ驚いたのは裁縫。一度、レイのシャツのボタンが取れ掛けていて、さっと縫い付けたのは驚いた。ただ……刺繍はどうも……本人は自信満々だが、図案が……。レイには理解出来ない画伯とも呼べる独創性溢れる作品で、刺繍入りのハンカチをプレゼントされた時には、どうしたら良いか戸惑い、結局キャビネットの中に大切に仕舞われたのだが、見ると笑いが込み上げ、疲れが飛ぶ事に気が付いて以来、職場の執務机の引き出しに居場所を移した。
「ミユウ……お前なぁ、せめて一人で起きられる様にしろよ。俺が家を空けた時とか誰も起こさないんだからな?」
レイは焼き立てのパンをちぎって口に放り込みながら言う。
「大丈夫よ。いざとなれば起きられるから。私だってやれば出来るんだから」
「…………」半目で見つめる。
「なによ」半目で見返してくる。
「いや?そうか、と思って」
「違う。今の顔は絶対、コイツ本当かよ?って顔してた!」
ミユウはムッと膨れた顔をする。レイは徐にヘタだけ取った苺を、その尖らせた口元に運ぶ。ミユウはそれをパクリと食べると、にっこり微笑み「美味しいっ」と言った。
その笑みを見て、レイも顔を緩める。
「でも、本当に。俺、近々長期任務があって出掛ける事になってるから」
「長期任務?」
「ああ。ミユウはまだ法術師になったばかりだからバディ組む以外の活動はないけど、ある程度の経験を積むと小隊を組んで異世界での任務に当たる事があるんだよ。俺も昨日、上から命令が出て一週間後には家を空ける」
スープを口に運びながら話を聞いていたミユウは、一週間後という言葉に反応し、突然むせ返った。
「ちょっ……どうした、急に。大丈夫か?」
レイは席を立ってミユウの背中を軽く叩く。咳込みが落ち着くと、ミユウは涙目でレイを見上げた。
「そんな……そんなこと、考えたこと無かった……お兄ちゃんが長期任務に行っちゃうなんて……しかも一週間後だなんて……そんなの、急過ぎだよ……私……」
潤む瞳を見つめながら、レイはドキリとした。もしかして、寂しがってくれているのか?と、心の中に嬉しさが込み上げようとした時……。
「その間、私のご飯、どうしたらいいの!?」
「…………ごはん?」
「私、ご飯作れないのにっ!」
両手で顔を覆い俯くミユウの後頭部を見つめ、頬を引き攣らせる。
さっき嬉しさで喜びが溢れそうだった心は一気に平時に戻り、大きく息を吸い込むと。
「そんなもん知るかっ!!実家に帰るか外食するなりして自分でどうにかしろ!!」
「お兄ちゃんのご飯が大好きなのにっ!」
「ッ!!」
思わぬ言葉に一気に赤面する。
ガバリと勢いよく顔を上げ、涙目でレイを見てくるミユウに急いで顔を背け「知らん!!」と言い、キッチンの奥へ消えて行った。
そして、一週間後。
「だから、何でお前がここにいるんだ」
目の前にいる予想外の人物を見て、レイは頭を抱えた。
腕を組み仁王立ちで立つミユウを見る。まだ任務も始まっていないと言うのに、レイはげっそりと疲れ果てた様な表情でミユウを見る。
ミユウは「ふふん」顎を上げ、勝ち誇った様な笑みを浮かべている。
「だって、シンさんから連絡が来たんだもの。私だって、ま、さ、か、初仕事がお兄様のチームだとは夢にも思わなかったけど」
シンをジロリと睨み付けると、シンはよっぽど可笑しいのか、肩を震わせながら声を殺して笑っている。
「まあ、いいじゃない」
アサトが苦笑いしつつレイとミユウの間に立ち、二人を交互に見つつ言う。
「法術師が二人いるとなれば、案外早く事が片付くだろうし。だいたい、今回の任務は急を要するんでしょ?」
確かにその通りだが、とレイは心の中で言いながらも、シンに目を向けた。
メンバーの申請書を提出するため、シンが声を掛けたのが誰かを聞こうとしたら「今から丁度上に行くし、俺が残りを書いて提出しておいてやるよ」と言うので、思わずメンバーも聞かずにレイのサインだけ先に下に書き、メンバー欄が書きかけの書類をシンに渡してしまったのだ。
いつだったか、アカデミーで戦闘訓練をしている最中に、講師が言っていた言葉を思いだす。
『味方を信頼しろ!だが、信用はするな!』
この言葉は、戦闘中に仲間を信じながら戦えと教えられた時の言葉だった。しかし、人間は誰でもミスはする。信頼はしていても、うっかり敵への攻撃が仲間を掠める事だってある。だから、味方が攻撃を放っている時は、自分自身が何処に居たら大丈夫かを瞬時に判断して行動しろという教えだった。
だが、この言葉はどんなシーンでもある意味で該当するのだと、レイはしみじみ実感した。
「シン、よりによって何でこいつなんだ?」
「俺の推薦なら誰でも受け入れるんじゃなかったのか?まぁ、お互い様だな」
アッシュを勧誘した事を根に持っていたのか。しかし、まさかアカデミーを優秀な成績で卒業したとは言え、新米であるミユウをメンバーに入れるとは……。
レイは大きな溜め息を吐いて天を仰いだ。しかし、心のどこかでミユウと共に仕事をする事を楽しみに思っているなど、死んでも言うものかと心に決めて。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
レイの過去編、これで終了です!
最後、本編の記録庫でのやり取りで終わる事で、ループになるように仕込んでみました(*'▽'*)
楽しんで頂ければ、幸いです♪
明日からは、ミユウ視点で、今回のレイの過去を触れて行く予定です!
今後とも宜しくお願いします!
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