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第八話 想い

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


 ミユウは一旦深呼吸をする様に息を整えると、ゆっくり切り出した。


「あ、あの。……私、お兄様の事、殆ど何も知らなくて……」


 レイはそれに頷く。


「あぁ、そうだね。俺たちは、兄妹と言ってもほぼ接点は無かったからね」


 ミユウは膝の上に乗せた手を、組んだり開いたりを繰り返し、話を続けた。


「……私が初めてお兄様を知ったのは、池に落ちた時で……」


 あぁ、帽子を取ろうとしていた時の事か、とレイは黙って頷く。


「あの時、最初、お父様そっくりだから、お父様かと思ったけど、若いから違うって直ぐわかって。でも、始めて見る人なのに、すごく温かくて……何故だか懐かしいって気持ちに似た様な感覚があって。また会いたいと、本当に思っていました……。でも、あの日以来、家で会う事は無かった。お兄様が家を出て行ってしまったと知ったのは、もう少し大きくなってからでした……。私は、あの日会った『お兄様』が誰なのかをずっと知りたかった……」


 話を聞きながら、レイはどこを見るとも無く真っ直ぐ遠くに見える木々を見つめていた。緊張からか組んでいた手は感覚を失っていて、自分の手では無い様にすら思えた。


「私、約束した通りお父様やお母様には秘密にしていました。でも、どうしても、あの日の人を知りたくて、ユーリに何度も訊ねたわ。そしたら、ある日お父様に呼ばれて……そんなに知りたいのなら、私が十歳になったら教えてあげようと言われました。きっと、五年も経てば忘れると思ったんだと思います。でも、私は忘れなかった。忘れる事なんて……出来なかったの」


 ミユウは両手をぎゅっと結び、俯く。


「街に出掛ける時、いつもこっそり探していました。似た人を見かけると、追い掛ける時もあったわ」


 追いかけたと聴き、レイはギョッとした。もし変な男に目を付けられたらどうするんだと。


「でも、いつも違ってて」とミユウは笑うが、レイは眉間に皺を寄せ小さく首を横に振った。


「もうすぐ十歳になる時でした。路地裏に向かう人集りの中に、お兄様を見つけたのは」


 あの時か……と、レイは組んでいた手をぎゅっと握りしめた。


「何がどうなって私が気を失ったのか、全然覚えていないけど……。お兄様が助けてくれたのは、覚えていました。そして、十歳の誕生日。お父様の執務室へ行って、あの日の人は誰なのかを訊ねました。お父様はとても驚いていた……。忘れていなかったのかって。そして、お母様には内緒だと言って、お兄様の写真を見せてくれて……」


 写真と聞いて、レイは内心とても驚いた。あの父親が、自分の写真を持っていたとは知りもしなかったどころか、自分が写真を撮られた記憶すら無かった。いつの間に……。


「池で助けてくれた人だと、すぐに分かったわ。そして、路地裏で会った人だとも。私と血の繋がった兄妹だと知った時、とても嬉しかった。でも、直ぐに悲しくなった」


 ミユウの声が揺れ、レイはミユウに視線を送った。泣くのを堪える様な横顔は、何かを決意する様な表情に見えた。


「私が生まれなければ、お兄様はお母様から辛く当たられ無くて済んだのかもしれないとか、お父様はもっとお兄様を愛したのかもとか。そんな事を思って……」


「ッ!ミユウ!それは違う!と言うか、一体誰がそんな話をしたんだ!ユーリか!?」


 ミユウは首を左右に振ると「お父様です」と言った。


「お父様が、お兄様がお母様に辛く当たられていた事や、お父様がちゃんとお兄様に向き合わなかったんだと……悪い事をしたと……後悔していました……」


「何で今更……」


「お兄様。私、お兄様にお会いしたら、必ず伝えたいと思っていた事があります」


 ミユウは身体をレイの方へ向け、真っ直ぐに見つめてきた。レイは戸惑いつつ、その顔を見返す。すると、ミユウがレイの首に両腕を回し抱きついてきた。

 レイは驚きの余り目を見開き固まってしまう。


「お兄様。今まで、ずっと私を守って下さったんですよね?あの池の日だけじゃ無く、私が生まれた時から今までもずっと。でも、もう私は大丈夫です」


 その言葉に、レイは余計に固まった。あぁ、やっぱり……兄妹である事を隠したいのだろうと、最初に思った答えがレイの心を襲う。身体の内側から冷えていく。手の感覚も足の感覚も無くなりだす。


「お兄様。ずっとずっと、長い事一人にしてごめんなさい。私……。私がお父様やお母様、みんなにもらった愛情を、今度は私がお兄様にあげたい。私はお兄様がずっとずっと前から、あの池の日からずっと、大好きです。もし私の愛情が迷惑なら、今すぐ私を引き離してください。私を置いて帰ってください……」


 心臓を締め付けていた縄が解ける様に、緩やかに血が通い始める。手の先、足の先、全てが感覚を取り戻す様に動き出す。

 レイは躊躇しながらも、ゆっくりと両腕を持ち上げ、ミユウの背中にそれを回した。


「……ありがとう、ミユウ……」


 ミユウは声も無く身体を震わせ泣いた。レイは、ミユウの温もりを確かめる様に優しく抱きしめると、頬を涙が伝った。


 そうか、俺が欲しかったのは、無償の愛情だったんだ……。


 どのくらいそうしていたのか、二人はお互いが泣き止むまで抱き合い、お互いの存在を確かめ合った。

 

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 兄妹の再会と、優しい二人の再会、なんだかとても心が癒されるような感じでした。二人ともひと時もお互いのことを忘れることなく、しかも嫌な思いを抱いていなかった……。そのことを思うだけで、二人の愛…
2022/07/05 21:28 退会済み
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