第七話 法術師見習い
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今回、少し長いのです。ご了承ください。
父親に話をしてから一週間が過ぎた頃、一人暮らしの部屋のドアを叩く音が響いた。
この部屋を訪れるとしたら、アシュレイしかいないと思い、誰かも確認せずにドアを開けた。
しかし、ドアの前には全身黒尽くめの男が立っていた。
「こんにちは、君がレイくんかな?私は睡眠管理事務局の法術師、ウィル・アンダーソンです。今日から君の指導役を務める事になりました。よろしくお願いします」
淀みなく川が流れる様に挨拶をする黒尽くめの男を、呆けた顔でレイは眺めた。ウィルと名乗った男は被っていた帽子を取ると、にっこり微笑む。素顔を見ると二十代前半か、まだ若い男だった。
少し癖のある長めの黒髪に、アーモンドアイの瞳は深い海の様な色で、吸い込まれそうな美しい瞳だ。
「レイくん?」
名を呼ばれ、ハタと気が付く。
「あ、はい。えっと……今、聴き間違えで無ければ、今日からって言いました?」
「えぇ、今日から。さぁ、では早速、引越しをしましょうか。アカデミーは寮生活ですからね。まずは、簡単な事から覚えていきましょうか。荷物を術で纏める作業を教えますので、やってみましょう。私が手本を見せますから、よく見ていて下さいね?」
そういうなり、ウィルは嵌めていた手袋を外し、呪文を唱える。
何をどうしたのか書棚の中の本が一気に十冊づつに綺麗に纏められる。
「わかりましたか?」
にっこりと美しい笑顔を向けて来る男を、レイは顔を引き攣らせて見つめる。
「……いやいやいやいや!出来るわけ無いでしょ!?俺、魔力自体、どうやって扱うかも知らないんですよ!?」
「おや、そうなんですか?アシュレイの話では、とても素晴らしい結界を張れると聞いてましたが……」
不思議そうな顔で顎に指先を当て、首を傾げる。
「あ、あの時は、自分でもどうやったのも分からないし、そもそも結界を張ったって意識も無くやってたんで……」
何やら先が思い遣られる気がして仕方がない気持ちを持て余しながら、レイは小さく息を吐いた。
しかし、不安になったのは初日のみで、ウィルはとても優秀な法術師だった。教え方も上手く、人の心を掴む話術は、どんな欠点を言われても、すんなりと受け入れる事が出来た。レイは中途入学だった事もあり半年間は、ほぼウィルとマンツーマンでの授業だったが、元々勉強は嫌いでは無かった事もあり、筆記授業も難なくこなし、実践授業もウィルを驚かせる程の成長を遂げた。
ある日の午後に、ウィルからアシュレイが呼んでいると伝言を受け、中央記録庫へ向かうと、普段あまり笑顔を見せないアシュレイが、和かに迎えてくれた。
呼び出しの目的は、魔力測定などを行うためだった。アシュレイは今の状況を記録に残していく為に色々な注文をし、レイがそれに応えていると、何とも珍しく愉しげに話し出した。
「随分と上達しましたね。これなら、来期のクラスで充分、みんなにも着いていけますね。いやぁ、最初は正直、どうなる事かと思いましたけどね。まさか、アカデミーの西棟に大穴空けるとは思いませんでしたし、森林公園一つ消滅させるとは、誰も思いませんでしたからねぇ。いやぁ、本当、今まで何事も無かった事が奇跡ですし、良くここまでコントロール出来る様になりましたね。レイは根は真面目ではありますが、若干、破天荒な所もありますし『最強の法術師』と呼ばれる日も、そう遠く無いかも知れませんねぇ」
「『最強の法術師』?」
「えぇ、以前、居たんですよ。貴方の様に膨大な魔力を持っていて、破天荒だった人が。今は事情があって、法術師を辞めてしまわれたんですがね。レイは、その人の再来かとも思えるような……。私も推薦した甲斐がありました」
アシュレイは、何処か懐かしそうにレイを見詰めると「さぁ、あと二項目、頑張りましょう」と言い、測定を再開した。
アカデミーでの生活は、始めて等身大の自分と出会った気がして、何もかもが楽しかった。
アカデミーには様々な年齢層がいて、十四歳から入学は可能だったが、大体の生徒はまず一般教育を教える学園へ通い、それが終了してからアカデミーに入学するケースが多く、十八歳以上の年齢層が多く居た。
そんな中、一年先に入学していたシンと、剣術の授業で手合わせをしたのが切っ掛けで意気投合した。近い年齢だった事もあり、仲良くなるのに時間は掛からなかった。
そんなある日、実践練習でシンとペアになり、ある人間の夢の中へ入る準備をしていた時のこと。急にシンが何かを思い出したかのように、話し始めた。
「レイ、お前さ、尖りがなくなったよな」
「ん?尖り?何だよそれ」
「ほら、よく夜に紛れて喧嘩してたろ?あん時のレイは、男でも惚れそうな容姿なのに、それに似つかわしく無い、やったら眼光鋭いっての?ギラギラして切れ味抜群な刃物見たいな感じでさ。それが、話してみると結構、話しの分かる奴で、最初、あの男と同一人物とは思いもしなかったもんなぁ」
「……ん?シン?何で俺が荒れてたの、知ってんの?」
眉間に皺を寄せつつ訊ねると、シンが「おっ!実践開始か?」という言葉と同時に目の前の扉が光出す。
レイはすかさず呪文を口にし、ドアノブに手を掛け二人は夢の中へ入り込んだ。
結果、どのペアよりも迅速かつ丁寧な仕事で、シンとレイのペアの噂は瞬く間にアカデミー内に広まり、羨望の眼差しで見られることになる。
それ以来、シンはレイと連む事が増え、事ある毎に荒れていた頃の話を持ち出し「あの男がまさかなぁ」と、何度も感慨深そうに言ってきた。
何故知っているのかを何度も問い質したが、いつも話を逸らされて教えてはもらえなかった。
それから何年か後に街で偶然、エイダンと出会った。その時、シンとエイダンが親戚だという事を知り謎が解けた。しかもシンは何度か店に来たことがある上、喧嘩をしている所を何度か目にしていたと聞いて、レイは更に驚いた。
「危なかったら、加勢しようかと思っていたが、毎回危なげなく一人で片付けていた」と、シンは笑った。
エイダンのもとを不義理した形で出て行ってレイは、とても気不味い気持ちでいたが、エイダンはレイが年相応に頑張っているのを知り、とても喜んでくれた。そして、「酒が飲める年齢になったんだから、今度は客として来い」と言ってくれた。
それからは、たまにシンやウィルと共に店を訪ねては、恥ずかしい昔話を暴露されるという、不義理への仕返しを受けた。
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ミユウを巻き込んだ事件のあった年から、七年の月日が流れ。
ミユウがアカデミーに入学したとウィルから聞かされた。
レイは、ウィルに自分同様ミユウに指導をしてもらえないか願い出ると、それはアシュレイからも言われていたから、心配しなくても良いと言った。そして、その年はシンもアカデミーで特別講師を務める事になり、任務と兼任で忙しそうにしていた。
レイにも特別講師の話が来たが、ミユウに会う事に躊躇し、最終的に断った。それでもミユウの様子が気になって仕方なく、シンに毎日のようにミユウがどうだったか訊ねては鬱陶しがられた。
あの事件以来、ミユウに直接は会っていない。アカデミーの近くを寄る予定があるときに、こっそり遠くから見る程度で声を掛ける事は一切無かった。
それでも、魔術の実践練習中に見かけた時は死角になる場所を陣取ってガッツリ見学をした。ミユウが負けそうになったり危ないと感じると、バレない程度に手助けをする。すると、翌日ウィルに呼び出され「ミユウの為にならないだろ」とお叱りを受けるが「ミユウが怪我をしたらどうするんだ!」と毎回言い返す過保護振りに、ウィルは呆れ返っていた。
「そんなに気になるなら声を掛けてやればいい」とウィルにもシンにも言われたが、声を掛けた所で何を話したら良いのか分からないと言うのが、正直なところで。
そんな日々の中、成績最優秀でアカデミーを卒業するとシンに聞かされた時は、何やら感慨深くも感動し、泣きそうになった。
「卒業パーティー、行ってやったら?」
シンにそう言われて、毎日、行くか行くまいかを悩み繰り返していた。そんな卒業パーティー前日。
ミユウからの手紙をシンから渡された。
そこには、是非自分をエスコートして欲しいと書いてあった。
ずっと、住む世界が違う子だと思っていた。
ミユウは周りから愛される子で、あの子の周りはいつでも温かな笑みが絶えない世界。その正反対側に自分は生きていると、ずっと思って生きてきた。
だからといって、ミユウを羨んだり憎んだりした事は一度もない。
彼女と接したのは、片手に収まる程度の回数で、この先もその関係は変わらないと思って生きていた。
でも。
ミユウは、その高く聳えるレイの積み上げた壁を越えようとしている。同じ道を志し、同じ世界で生きようとしてくれている。
手紙を読んで、とても嬉しかったが、怖くもあった。幻滅されるのでは無いだろうかとか、嫌われるのは簡単だとか。
「レイ、もういいんじゃないか?お前は充分、頑張ってきただろ。法術師になったのだって、妹を助けたいって思ってなったんだろ?だったら、今立派にリーダーとして勤めているお前の姿で会ってやれよ。今のお前は、妹を充分守れるだけの力があると、俺は思うぞ」
シンにそう諭されて、レイはパーティーへ行く事を決意した。
パーティー当日。
会場近くの指定された待ち合わせ場所に少し早めに到着したレイは、落ち着き無く辺りを見回していた。
レイは一人ではきっと間が持たないと言って、シンに一緒に来てくれと頼んだ。シンは最初断ったが、いつも澄まし顔のレイが妹の事となると異常な迄に落ち着かなくなるのが面白くて、同行を受け入れた。が、待ち合わせ場所には一人で行けと言って、シンは離れた場所で待つ事にした。
綺麗に髪を後ろに流し、ダークグレーのスーツをきっちり着こなしたレイは、普段でも美しいが、それに輪を掛けて色気が加わり美丈夫振りが増している。
そんなレイを道行く人々が男女問わずチラチラと見ては、頬を染めて通り過ぎて行く様子を、シンは遠目で見て笑っていた。
「レイお兄様」
レイはビクッと肩を震わせ、声のする方へゆっくりと振り向いた。
「ミユウ……」
ミユウは、モスグリーンのドレスを着てレイの目の前に立っている。
レイはドレスの色が自分の瞳と同じ色であると思いドキリとしが、いや、ただの偶然だと思い直し、その考えをやり過ごした。
「ごめんなさい、お待たせしてしまったみたい……」
「……いや。大丈夫だ。……君と会話するのは何年振りかな……久しぶりだね、ミユウ。……大人びたね。今日はとても綺麗だ……ドレスもとても良く似合っているよ」
素直に思った事がスラリと口を突いて出て行く。今まで一度も女性に対して出た事の無い言葉。綺麗と言って欲しいとか、似合うと言って欲しいと言われて、感情無しに言った事はあったが、そこに心は乗っていない。
ミユウは薄茶色の瞳を僅かに見開き驚きの表情をしたが、次の瞬間には「ありがとうございます」と花開く様に微笑んだ。
自分には人を心から愛する事は出来ないのだろうとずっと思っていた。だが、こんなにも素直に言葉が出た事に、自分自身でも驚いていた。そして何よりミユウが微笑んだ事で、その言葉を受け入れられた事が嬉しくなる。
「お兄様……今日は、私のお願いを受けてくれて、ありがとうございます……。あの、会場へ向かう前に、少し話がしたいのだけど….」
話がしたいと言われ、何故だか心がザラつつく。今後、同じ職に就く。その際、兄妹である事を隠したいとか、そういう類の話だろうか。そんな事を思いながらも冷静を装って「じゃあ、少し先にある公園へ行く?そこならベンチもあるだろうし」と言って、ミユウに手を差し出す。
心の隅で「お願い、この手を取って」と無意識に願う。
ミユウはおずおずと手を差し出し、レイの大きくしなやかな手を取った。
二人は黙ったまま公園へと向かうと、夕方近い時間帯だからか、人も疎で空いているベンチは直ぐに見つかった。
レイがベンチにハンカチを広げてミユウをそこに座らせると、自分もすぐ隣に腰を掛けた。
「それで、話というのは?」
なるべく声が震えない様に、精一杯落ち着いた声で訊いた。
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