第六話 約束
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話が決まった途端、シオンの仕事は早かった。
「手紙を書くより、一緒に家に行こう」と言い出し、アシュレイが散々文句を言っても聞かず、結局アシュレイもシオンと共にロバーツ家へやって来た。
ロバーツ家の門の前に来ると、レイの足が震えた。心無しか身体の血の気も引いており、腕に抱えているミユウの体温がダイレクトに身体に伝わってくる。その温もりに、何故だか励まされている様に感じて、よし、と足を踏み締める。
「大丈夫。俺たちも一緒だ」と、シオンが大きな手で背中を押した。
「はい……。では、行きましょう」
玄関のドアをノックすると、執事が直ぐにドアを開け、レイとレイの腕の中のミユウを見て、慌てた様子で屋敷の中に通した。
屋敷では、ミユウの捜索願いを出そうとしている最中だった。警備隊はシオンとアシュレイを見て急に態度を正し、礼をした。その様子を見ていた両親は、ひとまず二人は信用して良い人物だと思った様で、大事にはならずに済んだ。ミユウと一緒に街に出ていた使用人は、レイの腕の中で眠るミユウを見て大泣きをし、他の使用人達に別部屋へ支えられながら去って行った。
レイはミユウを執事に託し、父親を見据えた。母親は、執事と共にミユウを連れ二階へ上がって行った。
「お久しぶりです」
たった一言。けれど、とても震えた。
「あぁ、本当に久しぶりだな。背が伸びたな……」
父親は僅かに泣きそうな表情を見せたが、直ぐに懐かしい笑みを浮かべた。
「ひとまずサロンへ行こう。お二人もどうぞ」
シオンとアシュレイに視線を向けると、サロンへ案内をした。
今回、ミユウが倒れた経過については、ある程度シオンが誤魔化しつつ父親に伝えて、核心である兄妹二人の魔力について話をし出した。兄妹に魔力があるとは微塵も思っていなかった父親は、俄に信じ難いという面持ちで終始話を聞いていたが、最終的にはその話を信じた。
「それで、レイはそのアカデミーに通いたいんだね?」
「……はい」
その返事を聞くと、父親はどこか満足気に頷き「わかった」と一言放った。
「レイ。私を頼ってくれて、ありがとう」
父親はどこまでも優しく、子供の頃の様に懐かしい微笑みをレイに向けた。レイはその笑みに戸惑い、視線を逸らした。
「シオンさん、アシュレイさん。どうぞ、レイを宜しくお願いします」
「ええ、もちろんです。こちらこそ、許可を頂きありがとうございます。魔力持ちは貴重な人材なので、こちらとしても、ご理解頂けて有難いです。あぁ、それとミユウさんが十四歳になったら、是非彼女もアカデミーに入学させてあげて下さい。彼女はレイくん同様に充分素質があります。今回、魔力暴走を起こしてしまいましたが、使い方を覚えたら二度とそんな事にはなりませんから」
シオンがそう伝えると、父親は何度も頷いて「その時は是非、宜しくお願いします」と頭を下げた。
レイはシオン達と共に屋敷を後にした。
帰り際、シオンが「レイ、さっき今月誕生日って言ったな?お祝いしよう!」と言い出し、強引に居酒屋食堂へ連れて行った。
人生で初めて誕生日祝いをされ、戸惑いつつも心がホッと温まる感情に、レイは気恥ずかしくも嬉しく感じた。
ーーーーー
レイと別れると、シオンは宿泊先のホテルで推薦状を二通書き上げた。
レイの分とミユウの分だ。
「アシュレイ、これを頼む。あと、もう一つ頼みがあるんだが」
推薦状を手渡しつつ、そう切り出すと、アシュレイはあからさまに嫌そうな顔をして見せた。
「貴方のお願いは昔から面倒ごとばかりで、一つと言いながら一つだった試しが無いのですよ」
そのクレームにシオンは目を丸くしたが、直ぐに大笑いした。
「そう言いながらも受けてくれるお前が、俺は大好きだ」
アシュレイはほんのり頬を染めつつ、口を尖らせる。
「……全く。で、何です?頼みとは」
「レイの記憶から、俺に会ったことを消去して欲しい。俺はこの世界の人間では無くなったからな……。もし、アカデミーを推薦した俺を探そうとなんてしたら悪い噂ばっかりで、アカデミーを辞めると言い出し兼ねないだろ?推薦したのはお前だと、書き換えて欲しいんだ」
「……悪い噂ばかりで、嫌われるのが怖い。の、間違いじゃないですか?」
半目で見てくるアシュレイに吹き出しつつ、その言葉を無視して話を進める。
「あの子達は、きっと指折りの法術師になるよ。良い目をしていたし、気の流れも良かった」
「シオン、本当に魔力が無くなったのですか?なんで気の流れが分かるんです?」
「俺の魔力を消したのはお前の上司だろ?というか、あの場でアシュレイも見てたから知ってるだろ。この間やった魔力回復も効果無かったし、判定結果も反応なしだった。お前も今日事務局で一緒に結果は見たろ?……単なる感だ。感覚的に身体が覚えてはいるんだよ……」
「流石、レムアドミニスター最強の法術師ですね」
「元、な?」
そう言って、少し寂しげな笑みを向けた。
「……レムアドミニスターに戻る気は無いのですか?」
「今の俺の居場所は、愛する塔子と圭が生きている現実界だよ。戻るつもりは無い」
キッパリと言い切る言葉に、アシュレイは小さく息を吐く。
「アシュレイ、お前とは俺が法術師になってからの付き合いだから、随分と長い付き合いだなぁ。またこうしてお前と話せるとは思ってもみなかったし、実際、本当に嬉しいよ」
「……私もですよ、シオン。今は貴方の様に破茶滅茶な法術師が居なくて……お陰で毎日退屈ですよ」
「あははは。そうか!でも、俺の記憶に天文学やらの知識を入れ込んだの、お前だろ?俺が、こっちに戻る事が無いと思って、入れてくれたんだろ?」
その質問に、アシュレイはふと小さく笑う。
「……バレましたか。ええ、餞別としてプログラムしました。貴方が天文学者になる事は、塔子さんと出会う為に必要な知識でしたからね……」
「他の記憶は何も無いのに、天文学の知識だけはしっかりとあって、しかも、もう既に働いていた事になってて、周りは俺を最初から受け入れていた。今思えば、すごい贅沢な餞別を貰ったよな……ありがとうな、アシュレイ」
「……いいえ。もう二度と会わないなら、最後くらい、貴方に優しくしてあげようかなと思っただけです」
その言葉に、「お前、俺にだけツンデレだったもんな!」と、大口開けて笑うシオンを懐かしく思いながら見てるいると、その笑顔がふと消え真顔になる。アシュレイはシオンの言葉を待った。
「なぁ、アシュレイ」
「はい」
「お前の命の花が枯れるのは、あと何年だ?」
月下美人であるアシュレイの寿命は、四十歳で終わりを迎える。『月下美人』と言う名から、その魂を『命の花』と例えるのは、月下美人という生命体を理解している証拠だ。
「何事も無ければ、あと二年です」
「あと二年か……お前も歳食ったなぁ!」と大笑いするシオンに
「貴方に言われたくありませんよ!」と返すと
「俺はまだ三十五歳だ。アシュレイより若いぞ!」と低レベルの言い争いになった。
アシュレイはそのやり取りを懐かしく思いながら楽しみ、同時に寂しさを覚えた。そんなやり取りを一通りすると、シオンは再び神妙な顔をした。
「なぁ、アシュレイ。もしな、もし、圭に……鍵蔵に何か危険が及ぶ様な事や何かに巻き込まれてそうになった時、今の俺では鍵守として力不足過ぎるだろ?」
それには「確かに」アシュレイは認めざるを得ない。静かに頷くの見るとシオンは続ける。
「もし、そんな時、あの子達が本当に腕の良い法術師になっていたら、あの子達を鍵守にしてくれないだろうか?」
「……その時には、私は枯れていますよ?」
「でもお前の記憶は、次に継がれる」
「全てが明瞭に継がれる訳では無いですよ」
「それでも、だ。ダメか?」
「……頼み事は一つの筈では?」
その言葉に、シオンは「ぶふ」と吹き出し「本当だな?じゃあ、頼み事二つ頼むよ」と大笑いする。
昔から変わらない笑顔に、アシュレイは呆れつつも嬉しく思う。
「本当、貴方と言う人は……。わかりました。他の月下美人にも共有しておきます。そうすれば、私が枯れた後でも継がれるでしょうから」
シオンは眉を下げ微笑み「ありがとう」と囁く様に言った。
「なぁ、ところで前から気になってたんだけどよ、月下美人の名付け方ってどうなってるんだ?」
唐突に言われアシュレイはキョトンとした顔で小首を傾げ「名付け、ですか?」と訊き返す。
「そう、名付け親とかいるのか?」
「いえ……名前は、月下美人達で考えますね……特に決まりも無く」
「なら、お前の生まれ変わりの時の名前、俺が付けても良いか?」
「正確には、私の生まれ変わりでは無いですよ」
「アシュレイの記憶が宿るんだ、生まれ変わりみたいなもんだろ」
その言葉にアシュレイは「そうなのか?」と思いつつも、何故か納得してしまう。
「アシュレイだから、アッシュって名前はどうだ?」
嬉しそうな笑顔で言うシオンに、アシュレイは大きな溜め息で応える。
「……なんと安直な……。センスの欠片も無いじゃないです……」
「え!?そうか!?カッコよく無いか?」
「どこがですか。それに、もし女として生まれた場合は?アッシュだなんて、男性のみしか使えないじゃ無いですか。付けるなら両方で使える名前にしてください」
「なら、男と時はアッシュで、女の時はアーシャでどうだ?使い分け」
「……貴方、考えるの面倒くさいと思い始めてませんか?自分で付けたいとか言った癖して」
アシュレイの目が座っている……。
「いやいやいやいや!真面目だって!大真面目!!」
「適当感が否めませんが」
「そんな事は無いって!ただ俺は、お前の名前が好きだから、その……名残りっていうか、残したいんだよ!どうしても」
「この世界に住まないくせに?」
「住まなくても!それに万が一、鍵守が変わる時にだ!もしかしたら、お前の生まれ変わりが来るかも知れないだろ?その時、俺が分かりたいんだよ!お前だって!」
「……シオン。本当に、貴方という人は……。分かりました。その事も月下美人達と共有しておきます。でも、もしも彼らがダメだと言ったら、その時は知りませんよ?」
「ふふ。分かったよ。まぁ、大丈夫だろ、きっと」
「貴方がそう言うと、そうなる気がします」
シオンは冷蔵庫からエールビールを二本出し、一本をアシュレイに手渡す。どちらからともなく瓶を当てて、静かに飲んだ。
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