第三話 自立すること
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外の世界は机の上で学んだ事よりも刺激的で、どれもこれも目新しく新鮮だった。
物の価格についても、父親の役に立つ為と詳しく勉強して来たおかげか、下手にぼったくられる事もなく上手く立ち回っていた。
初めは安宿を転々と泊まり歩いていたが、さすがに小遣いも心許無くなってきてからは、二日に一度は野宿をする様になった。
そんな時、声を掛けて来た男がいた。男は癖のある少し長い焦茶色の髪を後ろへ流し、鋭い眼を晒している。無精髭の生える左頬に傷痕があるその顔の特徴から、以前、カフェで昼食を食べている時に耳にした男の特徴に似ていると思った。噂では、一匹狼でこの辺を縄張りの様にして、よく喧嘩をしている男だと。
レイは自分がよく野宿していた場所が、この男の縄張りだったのだと分かった。
「最近、この辺で勝手に寝泊まりしてる奴が居ると聞いてな。お前か?」
レイは何も答えず、ただ男を無表情に見つめ返す。
「ふっ……。お前、随分と綺麗な顔してるじゃねぇか。お前くらい良い顔なら、高く売れるだろな……お前、年齢は?」
「……十二」
「じゅうにぃ〜!?お前、家出少年か!?……さすがに十二歳を売るわけにはいかねぇよな……」
男は無精髭をゴシゴシと片手で擦りながら、何かを思案する様にレイを見据えた。
「……こんな所に寝泊まりしてる位だ。行く当てなんて無いんだろ?着いてこいよ。俺の部屋に連れて行ってやるよ。汚ねぇし狭いが、屋根があるだけマシだ。今夜は雨も降るしな」
男はそう言って歩き出そうとしたが、レイが動かないのを見て、眉間に皺を寄せ睨み付けた。
「こんな所で野垂れ死になんかされたら、俺が後味悪くなるんだよ。いいから、来い」
レイは荷物を持って一定の距離を保ちつつ男の後を着いて歩いた。
案内された部屋は集合住宅の一角で、男の言っていた通り、散らかってはいないが、狭くてお世辞にも綺麗とは言い難かった。
男はエイダン・バトラーと名乗った。
エイダンは二十八歳で、小さいがバーを経営していた。バーには柄の悪い人間が出入りする事もあり、必然的に喧嘩に強くなったという。そのせいか、気がついたらこの辺一帯ではちょっとした有名人になってしまい、要らぬ喧嘩を売られる事もあるのだという。
エイダンは面倒見がよく、料理や掃除洗濯、時には喧嘩の仕方まで教えてくれた。レイは元々器用で何でも卒なくこなし、エイダンを驚かせる事も多々あった。
生活そのものに慣れて来ると、レイは外に出て仕事をしたいと相談した。するとエイダンは自分の店でギャルソンをすれば良いと言ってくれた。
「レイは見目が良いからな、女の客が増えるだろうなぁ」と、笑いながら言った。
エイダンの言う通り、レイの噂は瞬く間に広がった。今まで少なかった女性客が狭い店の席を占領するくらい増え、常連客が苦笑いをして帰ってしまう事も多々あった。
昼夜逆転の生活ではあったが、悪く無い日々だ。何より、自分の手足で稼いだ金は、少なかったがレイには充分満足できる給料だったからだ。
そんな日々も気が付けば三年が過ぎ、レイは間も無く十六歳の誕生日を目前にしていた。その頃にはエイダンの部屋を出て、エイダンの家の近くにあるボロい部屋を借りて一人暮らしをしていた。十四歳の時に一気に身長が伸び、元々天然で憂いを帯びた表情をする事もあって、実年齢よりも大人びて見えるようになったレイは、よく女に言い寄られていてた。稀に店の客の女が部屋に泊まり、一夜を共にする事もあったが、レイは決まって後腐れの無さそうな女を相手にし、一夜限りの関係で終わらせる。特定の誰かと付き合う事は無かった。それでもレイに懸想し迫る女も居たが、レイは一切相手にしなかった。
そんなレイをエイダンは時折心配をし、若干荒んだ生活を諭す事もあった。時には、誰か心から好きな女は居ないのかと聞いてきた。
その度に、レイは「大丈夫だよ、上手くやってるから」と言い、男でも目を引くような妖艶な笑みを浮かべた。
レイは愛された記憶が無いせいか、人を愛する事が分からない。一時の快楽を愛だというなら、それはレイにとっては不用な物だと思う。愛とは何かを考えるだけで、何とも言えない虚無感がレイを襲った。
そんな生活が淡々と続いていたある日、エイダンが心配していた事が起きてしまった。
レイが一夜限りで共にした女が、隣町で幅を利かせていた頭の女だったのだ。
女を取られた腹いせに、エイダンの店には嫌がらせ行為がされる様になった。
昼に街を歩けば、裏に連れて行かれて喧嘩をせざるを得ない日々。
エイダンに喧嘩の仕方を教わって、筋があると褒められて調子に乗って以来、やたら絡まれることが増え、気が付けば随分と強くなっていた。
レイは世話になったエイダンに、これ以上自分が居たら迷惑をかけると言って、店を辞めて街を出て行った。
エイダンは何度も引き留めた。その事は、とても嬉しくレイの心を揺らした。しかし、レイはそろそろ潮時だと思っていた事もあり、良い機会だと自身に言い聞かせ、エイダンに何も告げる事なく部屋を引き払って出て行った。不義理だと思いつつも何かを伝えてしまったら、きっと決意が揺らぐ。そう思った。
エイダンの元を去ってから三か月が過ぎたある日の事。
真っ昼間に二十人程の柄の悪い男達に囲まれた。
街は騒然となり、遠巻きにレイ達の行方を野次馬根性で見ている。
「レイ、随分と探したよ。俺達、まだ話の決着がついて無かったろ?じっくりサシで話をしないか?」
「ここには無関係の人も多い。場所を変えよう」
レイがそう言うと、男はニヤリと口の端を上げ「そうだな」と答えた。
レイ達が移動する様を、一人の少女が使用人と共にじっと見つめていた。
その視線に、レイは全く気付かず通り過ぎた。
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