第二話 出会い、そして
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ミユウは、両親や使用人の愛情を一身に受け、明るく天真爛漫に育った。
レイは勉強だけでなく食事も何もかも全て、自室で過ごす日々を送ってる。それは自主的に行った訳ではなく、執事に諭す様に説明を受け、それを受け入れたのだ。
レイの姿が見えるだけで、母親は情緒不安定になり、周りに当たり散らす。このままでは、せっかく生まれてきたミユウにまで手を挙げる可能性も出て来る。それだけは避けなくてはいけない。
そう言われてしまうと、レイは受け入れざるを得なかった。以来、監視付きの軟禁状態で引き籠る日々が続き、唯一外に出られるのは、母親が出掛ける週一回の数時間。
その時だけ、レイは中庭で過ごす事が多かった。
時折、留守番で置いて行かれたミユウが中庭にいて、レイは踵を返してその場から離れ、なるべく接点を持たない様に気を付けてきた。
しかし、レイが十二歳になる頃、事件が起きた。
その日も母親が出掛けた事で中庭で過ごそうと、外に出た。よく晴れていて、風も穏やかな昼下がり。中庭にある池の方へと足を向けると、ミユウが池に落ちたと思われる自身の帽子を取ろうと池に手を伸ばしている姿が目に入った。周囲を素早く見回したが、使用人の姿が見えなかった。直感的に「落ちる!」と思ったと同時に、レイは駆け出していた。
ミユウは必死に短い腕を伸ばし、帽子を取ろうとした。落ちそうになるギリギリの池の縁に立ったが、足を滑らせ池の中へ落ちた。目をきつく閉じて、痛みが来るのを覚悟したが、痛みは無かった。
恐る恐る目を開けると、自分の身体を守る様に抱きしめた腕が見えた。
「おとうさま……?」
そっと顔を上げると、そこにはずぶ濡れになった美しい顔の少年が、ミユウを見ていた。
「……大丈夫?」
柔らかな声が聞こえて、ミユウは少年に目を奪われつつコクリと頷いた。
「レイ坊っちゃま!ミユウお嬢様!」
レイ付きの使用人であるユーリが慌てて走り寄り、直ぐにミユウを抱き上げた。
「お二人とも、大丈夫ですか!?一体、何が……」
ユーリが青ざめて聞いてきたので、それに答えようとしたら、ミユウが辿々しい口調で説明をはじめた。
「ごめんなさい、ユーリ。わたし、ぼうしがとばされて、とろうとしたの。そしたら、このおにいさまが、たすけてくれたの」
「結局、落ちてしまったけどね。ユーリ、急いで風呂に入れてあげて。僕は部屋へ戻るよ」
池から出て、部屋へ向かおうとすると掌の中に小さな手が重なって来たのに気が付いた。ふと足を止め視線を下に向けると、ミユウがレイの手を握りしめてきた。
「おにいさま、たすけてくれて、ありがとう」
レイは驚き数度瞬きを繰り返すと、ふと表情を緩めた。その表情をユーリは何年か振りに目にし、目が離せずにいた。
レイはミユウの目線に合わせる様に膝をつくと、その濡れた頭を撫でて微笑む。
「いいえ、お嬢様。どういたしまして。怪我が無くて良かったです。でも、もうあんな事は使用人に任せて、無理はしてはダメですよ?」
ミユウは頬を染め頷く。
「あのね、また、あえる?」
その言葉にレイは固まったが、すぐに困った様な表情を見せ「ごめんなさい」と言った。
「もう会う事は無いと思いますよ。この事は、お母様やお父様には内緒です。約束できますか?」
「ないしょ?ないしょするから、また、あってくれる?」
泣きそう顔をしながらも、何故か会ったばかりのレイに執着を見せるミユウに苦笑いをし、「お嬢様がいい子にしていたら。いつかきっと」と言い立ち上がった。
「ユーリ、長話してすまない。急いで風呂に入れてあげて。風邪をひいてしまう」
「かしこまりました。さぁ、お嬢様、参りましょう」
「まって!わたし、ミユウ。きっときっと、いい子にするから!」
レイはそれに答えず、小さく笑みを浮かべ手を振った。
ユーリに連れられ去って先を、姿が見えなくなってからも、暫く見つめていた。ふと、自分の掌に視線を下ろす。小さくて柔らかな感覚が、まだ掌に残っている。
その手をぎゅっと握り締めると、レイは自室へ戻った。
その日の夜、父親に執務室へ来るよう呼び出された。
重厚なドアを三度ノックすると、中から「入れ」と声が聞こえ、レイはドアを静かに開けた。
父親の部屋の中に入るのは、六年振りだ。ミユウが生まれるのが分かってから、父親の興味がレイに無くなって、それ以来この部屋には来ていない。六年も経つのに、部屋の中は何も変わっておらず、少しだけ懐かしい気持ちになった。
レイはドアの前に立ったまま、父親を見据えた。
父親はレイに座る様に促し、自身も向かいの長椅子に腰を下ろすと、疲れたような声を出し、話始める。
「ユーリから聞いた。昼間、ミユウを助けてくれたそうだな」
「いえ……」
「大丈夫、アリシアには伝えて無い。あれに伝えると、またお前のせいだと騒ぐだろうからな」
父親は母親の名前を出し、安心しろと言った。
「ただな、ミユウがお前に興味を持ってしまった様で、使用人にお前の事を聞いているらしくてな。アリシアの耳に入るのも時間の問題だろう……」
レイは心の中で、息を吐いた。次の言葉が、何となく想像がついたのだ。
「お前もそろそろ外に出て、学びたい事でもあるんじゃないか?」
やっぱり。と、心で呟く。いかにもレイの意志を尊重すると言いたげな言い方だが、ようは出て行けと言っているのだ。
レイは自身ももう十二歳という年齢のため、外の世界には興味があった。しかし、十二年、軟禁状態で世間から隔離されて来た。家庭教師との勉強で外の世界の事は、ある程度、知識としては知っている。しかし、中庭以外の外に出た事の無い自分に、やりたい事、やってみたい事など、思い付きもしなかった。
「そうですね。僕は世間知らずですから、そろそろ外に出て、見聞を広げたいと思います」
翌日の早朝、レイは家を飛び出す様に出て行った。ユーリに向けてだけ置き手紙を書き、今まで使い所の無かった小遣いと最低限の荷物を持って、二度と戻らないと決意して。
まだ残暑厳しい、夏の終わりの事だった。
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