第一話 出生の秘密
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
今日から番外編です!
少しの間、お付き合いくださいませ。
では、よろしくお願いします。
自身の出生の真実を知ったのは、使用人達による噂話を耳にした事がきっかけだった。
その時、まだレイは七歳の子供ではあったが聡い子だったため、自身の状況を瞬時に把握した。
物語は、そんな噂話から始まるーーーーー
ロバーツ家はレムアドミニスター内でも昔からある名家で、そこそこ上流階級の家柄だ。貿易会社を営んでおり、屋敷もそこそこの広さの為、何人かの使用人を雇っていた。
ある日、レイは中庭で野鳥に餌を与えていた時のこと。
使用人の三人が、洗濯物を干しながら噂話をしていた。その内容は、両親のレイに対する態度と父親の不貞についてだった。
「奥様の懐妊で、レイ坊っちゃまがまた酷く当てられないかしら……」
いつもレイの身の回りを世話してくれるユーリの声だと思い、レイは声の方へ近寄った。
「奥様、レイ坊っちゃまには触れようともしないし、赤ちゃんがお生まれになったら、余計に酷くなる気がするわ……。あんなに心優しくて賢くて可愛らしいのに。可哀想過ぎるわ……」
一番年配で長く仕えてくれているハリス婦人の声を聞き、レイは足を進めるのを止め、近くの垣根にしゃがみ込み、耳を澄ませる。
「旦那様も旦那様よ!奥様が居る前でもレイ坊っちゃまをもっと可愛がって差し上げたら良いのよ!」
ユーリが憤りながら話しているのを、じっと息を潜め耳を傾ける。
「それは無理よ。そんな事したら、旦那様が不在の時はに奥様が何を仕出かすか分からないじゃない。以前の事、あなたもう忘れたの?」
「何かあったんですか?」
二年前から雇っているイザベルが訊ねると、ハリス婦人が「あぁ、貴女は事件の後に入ったから知らないのね」と、語り出した。
「レイ坊っちゃまは、奥様の子では無いのよ。旦那様が外で不貞を働いて出来た子でね。認知はしていたけど、レイ坊っちゃまは二歳まで産みの母の元で育っていたの。でも、その母親が病に倒れて。それを知った旦那様が正式にレイ坊っちゃまを迎え入れ育てると言い出したのよ。奥様は最初、屋敷で育てる事にも反対だったの。でも、奥様にはなかなか懐妊の兆しが無かったものだから、後継ぎを考えて旦那様が押し切る形で迎え入れたの。その時から、奥様はレイ坊っちゃまに事ある毎に冷たく当たってね。終いには触れようともしなかったけど、ある日、レイの坊っちゃまがまだ四歳の時ね。奥様が急に坊っちゃまを連れて川へ遊びに行くと言い出したのよ。旦那様もみんなも、やっと坊っちゃまを受け入れてくれようとしているのだと思って見守る事にしたの。そしたら、それは大きな間違いだった。奥様はレイ坊っちゃまを森へ置き去りして、帰って来たのよ。捜索して見つかった時の坊っちゃまは、それは酷くてね……」
そこまで話すと、ハリス婦人は声を震わせ鼻を強くかむ。
「川近くに下着姿で手足を縛られ、意識も無い状態で見つかったの。あちこちアザだらけでね。どう見ても、人的な暴力によるアザだった……。もちろん旦那様は奥様を責めたわよ?でも、奥様は旦那様がレイ坊っちゃまに愛情を注ぐ事を許さないと言ってね。ここに置く条件として、奥様の見える所で愛情表現を示す仕草でもしたら、次は人を雇うと脅したのよ」
「え!?奥様って、そんな非道な人だったんですか!?」
イザベルは声を上げて心底驚いた様に言うと、ユーリはややうんざりした声で応えた。
「レイ坊っちゃま以外には、優しいく接して下さるけどねぇ。でも、私は嫌われているわよ。レイ坊っちゃまの世話役だから、それすら気に入らないって言うのよ。でも、私は負けないわ。だって私、レイ坊っちゃまが大好きだもの」
ユーリの言葉に、レイの瞳から透明な雫が零れ落ちる。
「でも、そんな人なのに何で離縁されなかったんですか?旦那様、何か弱味でも握られてるとか?」
「まぁ、そうね。それに近いかも知れないわ。先代が奥様の実家に恩があっての結婚だったし」
「所謂、政略結婚ですか?」
「そんなところよ」
それ以上、話を聴くのを止めてその場からそっと離れると、レイは自室へ戻った。
自分の両親から愛情が満足に与えられない事は気が付いていた。それでも、父親は母親の居ないところでは、とても優しく、特に勉強面では短い時間でも相手をしてくれた。
元々地頭が良く、勉強も好きだったレイは、父親に褒めてもらう為に更に頑張って勉強に励んだ。
しかしこの所、そういった時間も無くなっていった。
理由は、父親の関心が母親のお腹の子供に移り、母親の居ない時でもあまり相手にされなくなっていたのだ。
レイは自室で次の家庭教師の訪問時に勉強する箇所の予習を始めた。
自分には、もうそれしか無いと思ったからだ。勉強に励めば、もしかしたらまた父親が振り向いてくれるかも知れないという淡い期待。それに大人になった時、少しでも父親の役に立つために。その為に自分がこの家に迎えられたのだという現実。レイは、先程耳にしたばかりの使用人達の会話で自分の立ち位置を理解した。
それから数ヶ月後、母親が無事に子供を産んだ。
女の子だ。名前はミユウ。レイは猫みたいな名だと思った。
サロンで両親がミユウを抱いてあやしている最中、レイは執事に連れられてサロンへやって来た。
「あぁ、レイ。来てごらん。お前の妹だよ」
父親はミユウを片腕で抱きながら、レイを手招きをすると、隣に座っている母親がギョッとした顔を見せた。が、父親は気にする風もなく「兄妹なんだ、少しくらい良いだろ?」と言って、レイを自分の所へ来いと再度呼ぶ。
レイは執事に促され、父親の座る椅子の脇に立った。
「ほら、可愛らしい女の子だろ?ミユウ?お前のお兄ちゃん、レイだぞ?分かるか?」
一度も聴いたことの無い甘い声でミユウに語りかける父親に、レイは驚きつつも、その腕の中に収まる小さく柔らかそうな生き物を見つめた。
髪色は父親とレイと同じ亜麻色の柔らかそうな髪で、瞳の色は母親の色と同じ薄茶色をしている。
元々美丈夫な父親に似たレイは、父親の遺伝子全てを受け継いでおり、容姿だけでなく瞳の色も父親のそれと同じだった。亡くなったという産みの母親も容姿端麗だったらしく、レイの美しさは人形の様だったが、その母親の「色」は無い。
自分には、父親の「色」しか無いのに対しミユウにはある事が何故か不思議に感じた。
じっと見つめてくるミユウに、思わず触れようとした時だった。ミユウの頬に触れようと差し出した手を、母親が振り叩いた。
「汚らわしい手で触らないで!」
血走った目は瞳孔が開き、吊り上がっている。レイは「ごめんなさい」とすかさず謝ったが、父親が「なんて事をするんだ!レイは何もしていないだろ!」と母親を叱責した。
その瞬間、母親は人の皮を被った違う生き物の様に激怒しだし、大声に驚いたミユウが泣きはじめた。
レイの頭の中に使用人達の言葉が蘇る。
『奥様の見える所で愛情表現を示す仕草でもしたら、次は人を雇うと脅したのよ』
「お父様、僕が悪いんです!勝手に触ろうとしたから!僕が悪いんです!ごめんなさい、ごめんなさい!」
その日を境に、レイは父親とも距離を持つ様になり、心許せる使用人にすら笑顔を見せなくなった。
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