第三十九話 救出
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ウィルは黒いドアの前に立っていた。
スーツの内ポケットに入った小瓶を手に取ると中を見つめ、再びポケットの中にしまいドアを三度ノックする。
中から声が聞こえ、そっとドアを開け入り込む。
水煙草の煙で視界が見えづらいが、部屋の隅に目をやると鳥籠に入った鳥がバタバタと羽根を動かしているのが分かる。
ウィルは部屋の中央に配置されたローテーブルの近くにそっと跪き、右手をスーツの左ポケットにそっと当てた。
その陰に隠れるように、小さな物体が飛び出した。素早くテーブルの陰に隠れるようにして物体が移動する。
「『鍵』を持ってきたかい?」
赤いソファーに横たわったヴァーミラがいう。水煙草のボコボコという音が、静かな部屋に響く。
ウィルは内ポケットから小さな小瓶を取りだした。小瓶の中には、金色に輝く光が入っている。
「『鍵』は星に変化していたため、その形のまま捕まえてきました」
ウィルがそういうと、ヴァーミラは「ほう」と嬉しそうに声を上げる。
「こちらへ」と手を伸ばすと、突然、鳥籠の鳥たちが騒ぎ出した。
ヴァーミラは「うるさいよ!」と声を荒げ鳥籠に目をやると、そこには鳥ではなく、ミユウを含む十六人の法術師が立っていた。
法術師達は同時に呪文を唱えた。
「「ドラウ・グレイバー」」
部屋を白金の光が包み込み、幾筋もの閃光がヴァーミラの身体を貫く。
「ぎゃぁぁぁぁぁあああ!!!」
耳をつん裂くような叫び声。
ミユウと十五人の法術師は、掌にヴァーミラの反発を感じながらも必死で力を注ぎ続ける。しかし、ヴァーミラはそれで堕ちるわけも無く……。
地の底から這い上がる様な呻き声と共に、赤黒い禍々しい気がヴァーミラを纏った。
「逃げろ!」
すかさずウィルが叫ぶと、法術師は一斉に鳥の姿になり方々へ散る。が、ミユウはその場に留まり魔力を注ぎ続けている。
「ミユウ!!」
「このぉ、小娘がぁぁぁぁぁ!!!!」
ヴァーミラが掌から槍を顕現させるとミユウに向かって放った。
槍は確かにミユウの眉間に向かって放たれたが、その場にミユウが倒れる事は無かった。その代わり、ヴァーミラは身体が硬直したかの様に動かなくなり、その蛇の様な金色の瞳を大きく見開いた。
ミユウがヴァーミラの足元に拘束の陣を張ったのだ。
「ッ!?」
ミユウはリスの姿から戻ると、ヴァーミラの正面に立ち右手を突き出す。その手に魔力を込めながらヴァーミラを見据えるその顔は、レイに良く似た美しき狩人そのものだ。
「……まさかっ……!!小娘っ!!」
「グレイバー・レイド」
熟れた果実の様な可憐な唇から、ポツリと破滅の呪文が放たれる。
「ッ!!!!!?」
真っ白な光がヴァーミラを包み込む。
「さようなら、ヴァーミラ様」
ウィルはミユウの隣に立つと、両手をパンと合わせ、小さく呪文を口にした。
「ウィルゥゥゥーーーー!!!!」
野太い声が響き渡る。
ヴァーミラはウィルに向かって渾身の力で術を放つ。が、ウィルは素早く結界で跳ね返すと、前髪をかき上げた。左右の色が違う瞳でヴァーミラを見据える。
「あぁ、そうでした。ヴァーミラ様から頂いた瞳は、今後、正しく有効活用させて頂きます。そう、例えば今、貴女を倒す為に……。サウロウ・アン・ディクション……」
ウィルが放った最後の呪文がミユウの放った呪文の後押しをした。
不意を突かれたヴァーミラは、何をする間もなく光の固まりに硬く包まれ、その光が部屋中に溢れる。
光の中からヴァーミラの叫び声が虚しく響き渡り、徐々に光が消えると、ヴァーミラが居た場所には黒い一センチほどの大きさの玉が転がっていた。
人間の姿に戻る事の出来た法術師達が歓喜の声を上げ、仲間同士、涙を流し抱き合い、無事であったことを喜び合った。
そんな中、ウィルは玉の前にしゃがむと、内ポケットから小瓶を取り出し蓋を開け、黒い玉に瓶の中に入っていた金色の光の液体を振りかける。
ミユウがウィルの隣りにしゃがみ、その様子を見ていた。ウィルは横目でミユウを見ると「念には念を、ね」と言って、おどけるように眉を上げ微笑んだ。
「その液体、何なの?」
液体をかけられた玉は、ジュワと音を立て、泡を立てながら黒い煙を出し消えていった。その様子をじっと見つめながらミユウはウィルに訊いた。
「これは、悪の固まりを根っこから消すための除菌剤みたいなもの。アッシュに頼んで、調合して貰ったんだ」
ウィルは小瓶に蓋をすると「なかなかの効き目」と、満足そうに微笑んだ。
ウィルは立ち上がり後ろを振り向くと、十五人の法術師達が目に涙を浮かべ口々に礼を言い出した。
「ウィル、あなたのお陰で私たちは助かりました」
「本当に、ありがとうございました」
「ありがとう」
「一生、あなたの為に仕えます」
ウィルはそれぞれの言葉に頷き「遅くなってすまなかった。無事で良かった」と穏やかに言った。
「さあ、私たちもここから出よう。レイ達が仕掛けた術が利き始める頃だ。ここも時期に崩れる」
ウィルは腕時計に目を落とし、みんなを促した。
ーーーーー
「殿下、ヴァーミラの部下から緊急通信がありました」
殿下と呼ばれた男は気怠そうな顔で椅子を回転させ、報告する男を見上げる。
「なんて?『鍵』が手に入ったって知らせか?」
「いえ……、その……」
言い淀む男を見るその目は、死んだ魚の様な昏い光を宿している。
「……レムアドミニスターの法術師に、殺られた様です……」
その言葉に、男は興味なさげに「ふぅん」と返事をした。
「やっぱり、あの女じゃダメだったかぁ。まぁ、でも、これであの時代の日本に何かあるということは確定した様なもんだ。あの女が全く使い物にならなかった訳じゃないから、良しとするかなぁ」
そう言うと、椅子を回転させ報告する男に背を向けた。
「もう下がっていいよ」
「はっ」
執務室のドアが閉まる音を聞くと、男は「はぁ」と息を吐く。
「まぁ、なかなか手に入らない物ほど、欲しくなるんだよねぇ」
口の端だけ僅かに上げると、男は小さく笑い声をあげた。
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