第三十八話 依頼
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誰かが小さくドアをノックする音が聞こえ、レイは小さな声で返事をする。
ミユウがドアを少し開け中を覗いた。部屋の中は暗く、月明かりでかろうじて室内を見ることが出来る。開けられた窓からは穏やかな風が吹き、レースのカーテンをふわりと揺らす。
レイはミユウへちらりと目をやりそっと微笑むと、またすぐウィルに視線を戻す。
ミユウは室内に入り「……様子はどう?」と囁く。
レイは首を横に振るだけで、声は出さなかった。ミユウは黙って頷き、氷水の入った洗面器をベット脇のサイドテーブルの上に置く。ウィルの額に置いたタオルを取り、なるべく音を立てないようにタオルを絞ると、再び額にそっと置いた。
「今夜はまだハンターは出ていないわ……」
レイはミユウの言葉に僅かに頷くと、顔を上げて窓の外に見える満月に目をやる。
「……満月の夜は、大抵静かなもんだよ……」
ミユウはレイの隣りに椅子を持って来ると静かに座り、その横顔を見つめた。
視線に気がついたのか、レイは静かに続ける。
「なぜかね、毎回そうなんだ。満月の日は、ハンターが望むような夢が少ないようだ……」
二人は部屋から見える満月を眺め、お互い黙ったままの時間が流れた。どのくらいそうしていたか、微かに呻り声が聞こえ、ベッド脇に居たミユウとレイはすかさずウィルに視線を戻し擦れる声で名を呼んだ。
「ウィル?」
ウィルは苦しそうに表情を崩したが、すぐに落ち着き、ゆっくりと瞼を開けた。
「ウィル」
レイはウィルの手を取って名を呼んだ。ウィルは弱々しくもレイの手を握り替えし、ゆっくり視線を移動させる。良く似た顔で自分を見ている二人に、うっすらと笑みを浮かべた。
「ウィル。良かった、無事で……良かった」
ミユウは瞳に涙を浮かべ微笑む。
「ありがとう……ミユウ……」
「ウィル……」
「……すまなかった……」
呟くように言うと、身体を起こそうとした。
「無理をしないで下さい」
レイが慌てて介助し言ったが「大丈夫だ」と、ウィルは身体を起こす。
「私の話を、訊いて欲しいんだ……。すぐに何とかしなくてはいけないことがある……」
ウィルはミユウが差し出したコップを受け取り水を一口飲むと、呼吸を一つ吐き出した。
「ダークログスターの奴らが、この世界に潜り込み始めた……」
ウィルの言葉にレイとミユウの表情は硬くなる。
「奴らは、『鍵』の存在についてどこからか知ったらしい。まだ存在していると知り、レムアドミニスターから法術師を拉致した。私はその事実を知り、調べていたんだ……」
ウィルはそこまで言うと、きゅっと唇を結び、自分の手に視線を落とす。
「私が見つけたアジトには、十六人の法術師が鳥の姿のまま捕まっていた」
そう言うと、徐に手袋を外し、掌に書かれた文字を見せた。
「これは、ダークログスターの呪い文字だ。敵陣に入ったにも拘わらず、油断をしていた……。ここには、私が籠を開ければ鳥は死ぬ、そう書かれている。鳥籠にも術が掛けられていて、彼等は言葉を話せないようになっている。出ることも出来ない……。私のせいで、一人の法術師を死なせてしまった……」
ウィルは苦痛に満ちた顔を両手で覆った。
「私は彼等の解放を条件に、私が鍵を見つけ出す事を約束した。鍵を見つけ出すには魔眼の瞳が必要だと奴は言った。奴は私に魔眼の瞳を与えた。しかし、それは鍵を見つけ出すための物ではなく、私を監視し、服従させるためのものだった。そんなこともあるだろうと思い、私は瞳を入れられるとき、抵抗呪文を自分に掛けていた。だが、思いの外、奴らの力は強かった……この手の呪文もその際に書かれたものだ。彼等は解放されず、捕らえられたまま……。私はかろうじて抵抗呪文が効いていたくれたお陰で完全には毒さず、時々、自我を起こすことが出来た。しかし、助ける術が思いつかなかった……」
レイは静かな声でウィルに訊ねた。
「なぜ、奴らは何人もの法術師を拉致する必要があったのでしょう」
ウィルは目を伏せたまま小さく頷いた。
「奴等には夢に入る込む術を持たない。鍵の回収には、メモリーレムを丸ごと回収できる法術師が必要だと考えていたようだ。そうでなくては『鍵』を持って来られないと思ったんだろう……。それだけじゃない……。奴らは、野蛮な生き物だ……」
微かに震える声は怒りに満ち、頭を垂れていたウィルの表情は見えないが、その声で容易に想像できた。
「一体何が……」とミユウが言いかけたのを、レイが腕を掴み止めた。
ミユウはふとアカデミーでの授業を思い出した。
ダークログスターの人間は、人間の魂を喰うと言われている。その中でも術師の魂を喰うことで、自分の力に転換出来ると思っているのだ、と。
ミユウはレイに視線をやると、レイの表情から何かを察した。ミユウは息を呑み「まさか……」と囁くと、両手で口を押さえた。
「……ナイトメアが、近年ダークログスターで人工飼育されていると聞いたことがあります。まさか、それは『鍵』を探るためでしょうか」
レイは身を乗り出して言った。ウィルは小さく頷いた。
「おそらくそうだろう……。その昔、ダークログスターの奴らは、メモリーレムを食べたいが為に、悪夢のみを喰う獏の乱獲をした。今では絶滅危機にある漠は、レムアドミニスターに三匹いるだけ……。奴らが人工飼育しているナイトメアは、漠を真似た紛い物で
似ても似つかない。今奴等は幻想夢ではなく、メモリーレムだけを喰うナイトメアや魂を喰うナイトメアを開発しているんだ……」
ウィルはグッと目を瞑り、拳を握る。何かを決断したのか、顔を上げたウィルの顔は険しく、月明かりで瞳が鋭く光る。その瞳が目の前に居る二人を見据えた。
「……力を、貸して欲しい……」
揺らぐ瞳。
その奥に、僅かに金色に変化するそれを、レイとミユウは戸惑いながら見つめた。
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