表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/60

第三話 遭遇

読んで頂き、ありがとうございます。

よろしくお願いします。

物語の主要人物がやっと登場……。


ー星の夢の意味ー

 希望や願望、成功のシンボル。ただし、流れ星が出てきたら、それは人生における大きな不運の暗示。


*****


          

 二宮圭(にのみやけい)には、子供の頃から睡眠中よく見る夢があった。

 それは、空一面に広がる星空の夢。

 父親が天文学者だからかもしれない。よく一緒に連れて行かれたプラネタリウムの星空の夢。小学校に上がってからは、家族旅行で行った石垣島で、初めて見た本物の満天の星空がプラスされた。沖縄の星空なのに、なぜかプラネタリウムで良く見る星座を示す線が、ご丁寧にそこら中に引いてある。高校ニ年になった今でも、この夢を見る。遠くの方で心地よい綺麗な声のお姉さんがアナンスまでしてくれる事もある。今日はアナンスが無いバージョンだ。

 圭は、いつものように砂浜で寝転びながら星空をぼんやり眺めていると、大きな流れ星が通り過ぎた。「あ、願い事!」などと思っていると、図ったようなタイミングでお馴染みの台詞が耳に届く。


「早く起きないさい!遅刻するわよ!」


 目覚ましが鳴るより先に、母親の声が現実世界に引き戻す。

 目を瞑ったまま深く息を吐き出し、薄く目を開く。カーテンから漏れたまぶしい朝日が目を大きく開く事を躊躇させる。それでも勇気を振り絞ってゆっくりと重い瞼を開け、ベッドの中で大きく伸びをする。もう一度深く息を吐き出すと、身体をのそりと起こしベッドから出た。


「久々だな……」


 カーテンを開けながら、圭は呟いた。

 大人になるにつれて見る回数が徐々に減ってきたものの、この夢を見ると毎回「良い朝を迎えた」という気になるから不思議だ。


「でも、流れ星が現れたのは初めてだな……」


 着替えを済ませ洗面所へ向かい、鏡の中に写った自分を覗き込む。

 母親譲りのぱっちり二重に父親譲りの高い鷲鼻。圭は鏡にぐっと顔を近づけ、顔をしかめた。


「げっ、鷲っぷりが成長してないか!?」


 鷲鼻をこすり「平らになれぇ」と呻く。朝っぱらから無駄な抵抗をしている自分に対し小さく溜め息をつくと、校則ギリギリラインで染めた焦げ茶色の髪を触って、眉間に皺を寄せ唸る。


「……本日もまた見事に……」


 あらぬ方向へ飛び回る寝癖と格闘し、洗顔と歯磨きを済ませ居間へ行くと、母の塔子(とうこ)がせっせと朝食と弁当の準備をしていた。


「ほら圭、ぼんやりしてないで。朝は忙しいのよ」


 塔子はそう言いいながら、圭の手に茶碗を持たせる。持たされた茶碗を片手に台所へ行き、ご飯とみそ汁を一緒に入れ、箸を持ってダイニングテーブルに着いた。「いただきます」と囁くように言うと、茶碗の中にあるご飯を飲み込むように口の中へかき込む。


「今日、お父さん帰ってくる日だからね。私もなるべく早く帰るようにするけど、圭も早く帰ってきてね」


 塔子はシャケの塩焼きを解しながら言う。

 その言葉に、ご飯をかき込みながら「ん」と返事をすると「ごちそうさま」と言いながら立ち上がった。

 シンクに自分が使った食器を置き、洗面所で磨いても磨かなくても一緒ではないかと言うぐらいの早さで歯磨きを済ませ玄関へ向かうと、塔子が追いかけるようにして玄関へ来る。

 しゃがんで靴を履いている圭の背中に向かって「早く帰ってきてね」と念を押すように言った。

 圭はあからさまに息を吐き出し、勢い良く立ち上がると塔子を振り返った。


「分かってるって。母さん、嬉しいのは分かるけど、毎朝言われるこっちの身にもなってよ。父さんが帰ってくる前にうんざりするじゃん」


 いかにも嫌そうな顔で母親の顔を見た。

塔子は少し顔を赤らめ「毎朝って。でも、今日帰ってくるんだもの、今日で最後よ」と口を尖らせる。

 そんな母親を見て思わず苦笑すると、鞄を肩に掛ける。


「じゃあ、行ってきます」


 塔子は閉まりかけたドアに向かって「いってらっしゃい」と声を掛け、その言葉がギリギリ圭の背中に当たった。

 ドア振り返り、小さく息を吐く。

 一週間前、単身赴任中の父親から電話がかかってきた。普段、こちらから電話をしない限り向こうから掛けてくることは無い。何事かと思っていると、父親は「おお、圭か。来週帰る。母さんに伝えておいてくれ」と、用件だけ言って切れてしまった。元気か、とか、そっちはどうだ、とか、そう言った会話は全くなく、まるで電報のような電話だった。愛想のない電話の内容を、疲れ切った顔でパートから帰ってきた塔子に伝えると、疲労はどこへやら、一瞬で輝いた。それからこっち、毎朝のように父親帰宅カウントダウンが始まったのだ。

 未だに少女のような所がある母親を、圭は決して嫌いではなかったが、時々疲れを覚えた。それは自分が大人になりつつあるからなのかどうなのか分からないが、最近では母親の時折見せる幼さに、溜め息をつくことが日課になっている。

 ガレージを開け自転車を道路に出し跨る。家の隣は空き地になっていて、そこでよく犬の散歩をしている人がいるのだが、今朝も顔見知りの婦人がレトリバーの散歩をしていた。

「おはようございます」と声をかけると、婦人はにこやかに「いってらっしゃい」と言い、連れていた犬が「ウォン」と一声。まるで「いってらっしゃい」とでも言っているかのようだ。

「行ってくるよ、ロン」と犬に声をかけ婦人に軽く会釈をすると、ペダルを踏み込み少しずつスピードを上げた。

 太陽の光はもうすぐ訪れる夏に向けて日に日に眩しさを増していく。

 圭は父親から譲り受けたアンティークの腕時計をちらりと見た。いつもより少し早めに家を出ている。

 不意にUターンをすると、いつもと違うルートへ自転車を走らせた。緩やかな坂道を下り、お気に入りの並木道へ向かう。

 人通りのない並木道に出ると、ゆっくり自転車を走らせ、日の光にきらめく緑に目を細める。少し生温い風を受けながら葉が揺れる様子を見ていると、数メートル先の木の上に強く光る何かが見えた。という気がした。

 眉を顰め何度か瞬きをし、光が見えたような気がした木を凝視しながら少しずつ近づく。しかし、何の変化もない。

 気のせいだったかと、息をつき顔を前に向けた。

 その時だった。

 光を放ったと思われる木の下を通り過ぎると同時に、何か大きな物体が落ちてきて、自転車ごとその場に倒れ込んだ。


「……ってぇ……」


 自転車を退かして身体を起こし、一番最初に衝撃を受けた肩に手を当てた。顔を顰めながら降ってきた物体が何か確認しようと顔を上げると、目の前には丸くて黒い大きな物体があった。もそもそと動くその物体は、小さく呻き声を上げている。

 圭は警戒しながらも、じっとその物体を観察した。


「くう……。いたたたた……」


 日本語らしい言葉を耳にして、圭はますます眉を顰め、座りながらも少しずつジリジリと後ずさりをする。

 すると丸くて大きな黒い物体は、不意に縦に大きくなり、圭は「うわぁ」と声を上げ立ち上がろうとした。

 がしかし、転んだ拍子に足首を捻ったらしく上手く立ち上がることが出来ずに、その場に尻餅をついた。

 痛さに顔をしかめていると「大丈夫?」と、透明感のある何とも綺麗な声が圭の頭上へ降ってきた。

 恐る恐るゆっくり顔を上げ声の主を見上げると……。


「ごめんなさい、私のせいで怪我させてしまったみたいで……」


 圭は、ぽかりと口を開けて声の主を見つめた。

 目の前には、もうすぐ夏だというのに見ているだけで暑苦しい真っ黒の長いマントを羽織った、唖然とするぐらい綺麗な顔立ちの少女が中腰になって圭の顔を覗き込んでいた。

 転んだせいもあって、髪の毛はボロボロだったが、とにかくこの辺では見た事の無い綺麗な少女だ。胸元まである亜麻色の髪、淡い茶色をした大きな瞳、透き通るような白い肌に、すっと筋の通った少し小振りの鼻、ほんのり赤い知的な唇。日本語を淀みなく話す事が意外なぐらい、日本人離れした美少女だ。


「本当にごめんなさい。いつもならこんな事はないのよ?今日はどうかしてたって言うか……集中力が散漫だったって言うか……。まぁ、色々あって気が動転してたことも原因なんだろうけど……。って、あら、ちょっと?本当に大丈夫?頭打っちゃいました?」


 彼女は素早くしゃがみ、その美顔を圭に近づけた。

 圭は驚き過ぎて声もなく座ったまま後ずさりをすると、彼女は目を何度か瞬かせた。


「あら、もしかして怖がられてる?嫌だぁ。大丈夫よぉ、捕って食いやしないから。あはははは」


 美少女のその容姿にはとても似つかわしくない豪快な笑い声を上げる。


「その分だと、立つのに手を貸そうとしても無駄かもね。だけど私の責任でもあるし……。ちょっと失礼」


 彼女は有無も言わさず圭の足首に手を当てると、聞いた事のない言葉を呟いた。痛みのある足首が、呟きと同時に青白い淡い光を放ち、ひんやりと冷たい何かに包まれたように気持ちが良くなる。気が付けば、痛みそのものが全く無くなった。


「これで大丈夫でしょう」と独りごちると圭の顔の前でパチンと指を弾いた。


「今見た事は()()()()()ね?」


 彼女が言った言葉が理解出来ず、圭はただただ呆然とするばかりで、何も応えることすら出来ずにいた。


 忘れるって、何を?


「私、もう行かなくちゃ。先を急いでるの」


 彼女は圭の自転車を起こし「本当にごめんなさいね」と言って立ち去ろうとしたが、圭は自分の脇を通り過ぎようとした彼女の手を思わず掴んで引きとめた。

 彼女は驚いた顔で振り向き圭を見下ろしている。思わず「ごめん」と言って、慌てて手を引っ込める。


「あの、えっと……。君、この辺の子?あんまり見かけないけど……」


 圭は美少女の顔を時折ちらりと見ながら、しどろもどろに訊ねると、彼女は何度か瞬きをし圭を見つめていたが、圭はその眼差しを直視できず顔を背けた。


(俺は一体何をやっているんだ?)


 自問自答しつつ、はたと何かに気がついたように顔を上げて慌てて自己紹介をした。


「あの、俺はこの坂の上に住んでるんだけど……えっと、自分は二宮圭って言って、この近くにある青河高校に通ってるんだ……」


 声が尻つぼみになると、彼女はにっこりと微笑んだ。先ほどまで直視できなかったにもかかわらず、その微笑みから目が離せなくなる。美少女の笑顔には人を惹きつける力があった。


「私はミユウ。えっと……」


 彼女は何故か一瞬目を泳がせ「……瀬川(せがわ)……」と呟くように言ったが、直ぐに圭に視線を向け「瀬川ミユウよ」と、微笑んだまま歌うように自己紹介をした。


「私たち、また直ぐに会えると思うわ」


 ミユウと名乗った美少女は「それじゃあ、またね」と言って、パタパタと走って立ち去ってしまった。圭はミユウの走り去る後ろ姿を眺め、はっと、自分の腕時計を見る。いつの間にか急がなくては遅刻になる時間になっていて、慌てて立ち上がる。あれ?と思い、ふと足元を見つめる。


(さっきまで足首が痛かった気がしたけど、気のせいだったのか?いや、そもそも何で痛かったんだっけ?って言うか、何で美少女と話してたんだ……?)


 もう一度、美少女の後ろ姿を見ようと思い顔を上げたが、彼女の姿はどこにも見あたらず、ただただ真っ直ぐ続く坂道に、木々が気持ちよさそうに風に葉を揺らしていた。

最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


続きが気になる!という方は是非ブックマークをよろしくお願いします!


☆、評価、感想など今後の励みになりますので、残してもらえると喜びます!よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ