第三十七話 鍵守
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ウィルを担いで記録庫へ入ると、シオンが安堵の笑みを浮かべ「お帰り」と吐息を吐くように言った。
「もう大丈夫です」
レイの言葉にシオンは一度頷くと、それ以上何も訊かずレイ達に礼を言い、眠ったままの圭を抱き上げ家に帰っていった。
レイの寝室へウィルを搬び、ミユウがウィルの傷の手当てをし、それが終わるとレイの手当を行い、アサトはシンの手当を行った。自分の傷についてはシンに黙っていた。
部屋の電気はフットライトのみで薄暗いが、月明かりが部屋を照らす。
レイはミユウの回復術を受けながら、腕を組んでドアに寄り掛かって立つアーシャに目をやると、アーシャは愛嬌のある笑顔を見せた。
「私よりアッシュに訊いた方がいいんじゃない?」
と、眉を上げ、レイは小さく笑い「いや、今君に訊きたい」と静かな声で言う。
アーシャは肩をすぼめて「どうぞ」というように片手を差し出した。
「俺たちは、上層部の命令でチームを組んだ。そのチームは、俺とシンが自分たちで信じたメンバーを集めたつもりだ。君を誘ったのも、俺の意志だったはずだ。しかし、二宮圭の父親の話しを聞いて……」
「自分の意志だったのか、自身が無くなった?」
アーシャは小さく微笑み、レイの顔を窺う様に首をかしげた。
レイは「……自身を信じたいが……」と呟くように返す。
アーシャは近くにあった椅子に座ると、笑顔だった顔は真剣な顔つきになり、その顔は「人間」というよりも「人形」のような神秘性があった。アーシャは長い脚を組みアッシュ同様の落ち着いた柔らかい声色で話し始めた。
「私たち『月下美人』は『鍵の見張り番』として産まれた。私たちは『鍵』と繋がっている。『鍵』が移動をすれば、私たちにはすぐに分かる。万が一『鍵』が『鍵蔵』以外の何者かに奪われても、すぐに私たちは分かる。この身体が朽ちても、遺伝子がそれを覚えている。決して忘れることはない。『鍵』が危険にさらされている事を感じ取った私たちは、上層部に掛け合った。あなたをリーダーにする事を条件に。あとは簡単なこと。あなたとシンの記憶を少しいじった。誰をメンバーに入れるのか」
「お前が俺たちの記憶操作したのか?」
シンは声を尖らせ聞いた。アーシャは感情のない視線をシンに向け「違うわ」と答えた。
「上層部にいる別の『月下美人』よ。私たち『月下美人』のリーダー」
「サミュエルか……」
レイは氷の様な冷たさを感じる男を思い出しながら呟くと、アーシャは顎を引き話を続けた。
「そうしてメンバーが決められた」
「まさか記憶操作されているとはな……まぁ、そんな事をされなくても俺はアサトとミユウを選んだ」
シンは顎を突き出し、不服そうに言い放つ。
「右に同じ」
レイは苦笑しながら軽く手を挙げる。
それを聞いたアサトとミユウはお互い顔を合わせ嬉しそうに微笑んだ。
「しかし、何故俺たちだったんだ?『鍵守』になる資格はどういう基準だ?そもそも『君たち』は『審査団』であって『決定』は出来ないわけだろう?」」
アーシャはレイの顔を見て「その通り」と頷いた。
「当初、私たちは二宮圭の父親を『鍵守』に選んだ。彼の記憶を戻し、圭の夢に入り『鍵』を見せた。『鍵』は姿を現した。『鍵』は誰にでも見られる訳ではない。『鍵』は姿を現したことで、彼を『鍵守』と選んだんだ。しかし、彼にはもう圭を助けるだけの魔力がなかった。回復を試みたけど戻る事は無かった。だからもし『鍵蔵』に何かあれば、新たな『鍵守』を見つけることになっていた。その条件は確実に魔力がある事。優秀な法術師を連れて行く事。だからあなた方が選ばれた」
「ねえ、疑問があるんだんど」
アサトが手を挙げた。アーシャがアサトに目を向けた。
「何で今、『鍵』の話が出来てるの?口外出来ないんでしょう?」
「今、私があなた方に『鍵』の話が出来るのは、あなた方が『鍵』を実際に見たから。『鍵』は誰にでも見えるものではない。『鍵』が認めた人物でない限り、話が出来ないように」
「遺伝子が出来ている」
レイが言うとアーシャは小さく頷き、首に下げたペンダントヘッドを手に取った。
「これは、ハンターの活動を知らせるだけではないの。もともと、『鍵蔵』のために作られた物。『鍵蔵』に何かあった場合、ドアの効力を無くし中に入ることが出来る……『鍵蔵』のための鍵なの」
「この前アッシュがやった術は、それか」
シンが訊ねるでもなく言った。アーシャは、ちらりとシンを見る。
「ただし、これはあくまで『鍵蔵』だけのもの。『鍵』が関係していないドアや陣には全く効力がない。アッシュはそれを分かっていながらも、どうにかしたかったんでしょうね」
他人事の様に言うと、手に握ったペンダントヘッドを見つめたままアーシャは話しを進める。
「今回、『鍵』が姿を見せた。あなた方は『鍵守』として選ばれた」
「何だか面倒に巻き込まれてる気がするんだが……お前らが守ればいいだけの話しだろ」
シンが心底嫌そうに言い捨てる。アーシャはシンを見つめ答えた。
「何度でも言う。私たちは『見張り番』。守り人ではない。このペンダントは、『鍵』を守るための物ではない。だから『鍵守』が必要なの」
「でも、さっき『鍵』が関係していれば、どんな魔力も消す、みたいなこと言ってたじゃない?」
アサトが困惑気味に訊ねた。
「いいえ。ドアに掛けられた術を無効化し、ドアを開けられるということだけ。攻撃は出来ない」
「なぜ?」
ミユウが訊ねると、アーシャはアンドロイドの様に同じ言葉を繰り返した。
「私たちは『見張り番』。それ以上でも以下でもない。行方を見守る事しかできない」
不意にアーシャがにこりと微笑んだ。その笑顔は、先ほどまでの人形のような表情から一変、人間らしさを感じる。静かに椅子から立ち上がると、四人の顔を見回す。
「本来『鍵』は、自分が認めた人間以外にその姿を見せることはありません。例え複数人居たとしても、その内の一人を認めて居なければ、その一人は見えなかった。でも今回は全員に姿を見せている。みなさん、『鍵』を見たでしょう?」
四人は深く顎を引いた。
「『鍵』はあなた方を『鍵守』として選んだ。だから、私はあなた方に『鍵守』としての印を与えます。ただし、『鍵』について詳しい話しは口外できないようにします。話しが出来るのは、ここにいる私たちと二宮親子の間でだけです。いいですね?」
アーシャは誰の同意も聞かずに「では、始めます」と言って、ペンダントを首から外すと、右手に持ち呪文を短く呟いた。
その呪文は誰の耳にも聞こえなかった。室内は銀色の月明かりの様な柔らかい光に包まれ、すぐに収まる。
「みなさんには、『鍵守』の印をつけさせていただきました。後でご自身の胸を見てください。これと同じ陣が刻まれていますから。でも心配いりません、数時間もすれば消えます」
そういうと、先ほどとはまるで別人の顔で、「さて」と言い、背筋を伸ばし、欠伸をするように腕を高く上げ、バサリとおろす。
「私、本部に行って仲間に報告をしなくちゃ。今日は戻らないかも。じゃあねぇ」
と言い、手を振った。そのまま寝室を出て行くのかと思いきやシンの前に立ち、力一杯抱きしめる。
「また当分、お会い出来ないと思うと心がはち切れそうですわ、シン様ぁ」
「ぐ……。ってぇ……は、なせ!」
シンは露骨に顔を歪め、アーシャの身体を引き剥がすと、飛び退くように後ろに下がる。
アーシャは気にする風でもなくシンに向かって投げキッスをし、寝室を出て行った。
シンとアサトはさっそく自分の服を捲り上げ胸を見た。確かに、うっすらとではあるが、陣らしきものの痣が残っていた。
「あいつ、人の意見も聞かず勝手に『鍵守』なんかにしやがって!」
シンは面倒だのなんだと憤慨しつつも、どこか楽しそうにも見える。
アサトは「すごい、なんだこれ」と言いながら痣を触っている。
ミユウは困惑顔でレイを見つめた。レイは肩をすぼめ、苦笑いをしてみせた。小さく息を吐くと、レイはウィルに視線を移す。
青白い顔で目を閉じたままのウィルを、悲痛に満ちた面持ちで黙って見つめているレイの横顔は、もう何者の声も聞こえないようであった。
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