第三十二話 追躡
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本日2話投稿予定です。次話は昼か夕方には……。
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「シン様ぁ」
「しつこい……」
シンは軽く息を切らせながら住宅街を走っていた。アーシャはシンとの「追いかけっこ」を楽しんでいるかのように、息の乱れもなく一定の距離を保ちながら着いてきている。
「あいつ、馬鹿にしやがって……」
追いつこうと思えば、簡単なことの筈だ。
そもそも「月下美人」は科学的に開発された受精で産まれた人間だ。何のために開発されているのかは上層部でも一握りの人間以外、知る者はいなかった。知力、体力共に優れた遺伝子をかき集めて産まれた彼等は、普通の人間に比べ全てがパーフェクトなのだ。しかし、二つだけ「欠点」がある。一つは、どういう訳か、満月になるとその日一日だけ、男は女に、女は男にと、性別が逆転するという厄介な体質を持っていた。現在、研究開発されていると言われる「月下美人」も、その「欠点」だけは解決できないでいる。現在、シン達の住む世界には「月下美人」は十二人いるが、どれも満月の日は性別が逆転する。
そして、もう一つの「欠点」は、その寿命の短さだ。最高でも三十過ぎまでしか生きることが出来ない。昨日まで元気でも、四十歳目前に迫った途端、突然電池が切れたように動かなくなるり、気がつくと、いつの間にか居なくなっている。
(まさか、『鍵』の為に開発された『人間』とは……)
シンは走り逃げながら圭の父親が話していた言葉を思い出していた。
(確かに、この年代に来たのも、この地域に来たのも、ミユウが高校へ行ったのも、全てあいつの言葉で決まったことだ。しかも、お隣の坊ちゃんが鍵蔵とは。やっぱり隠し事してやがったじゃねぇか!あいつは一体何を考えて俺たちをここへ連れてきたんだ……)
シンがアッシュの行動を思い返しながら走っていると、ふいに公園の前で足を止めた。
数秒後「捕まえたぁ」と嬉しそうな声を上げながら、アーシャがシンの背中に抱きついてきた。シンは避けることもなくアーシャの腕を引っ張り、草陰に隠れるようにしゃがみ込む。
「やだぁ、シン様、こんな所で……」
アーシャはシンの腕に絡みついた。
「静かに」
シンはアーシャに顔を向けず、鋭い声で囁く。
アーシャはすぐに黙り、シンの視線の先を追った。数十メートル先に立っている黒スーツの男が居る。
「あれ、ウィルちゃんじゃない?」
「ああ……」
シンは低い声で呻くように返事をした。
「一緒にいる人、誰かしら?」
アーシャは小さな声でシンに言った。シンはその言葉には答えず「少し近づこう」と言い、ツツジの垣根を移動した。
「……随分と結界が張られているな」
「すみません、見失いました」
「まあ、いい。これだけの数の結界があるということが、この近辺に住んでいるという、なによりの証拠だ」
黒髪の女は、腕を組んでリズムでも取るかのように指先を動かしていた。
「私の見間違いでなければ、あの小僧の胸に浮かんだ陣は、『鍵蔵』の陣だ。最初はあの小僧の魂の匂いが旨そうで近づいていたが……まさかな。灯台もと暗しとは、このことだな」
女は興奮が入り交じった声で笑いながら言う。
「今夜までに、この結界の処理をするんだ。結界が早く解き終わったら、夜まで待つ必要はない。お前の力で小僧を眠らせ、さっさと『鍵』を奪え。手順はお前に任せる」
「はい」
「私は先に戻る。よい土産を待っているよ」
女が立ち去ると、ウィルは下げていた頭を上げ、無表情の顔で女が去った方向へ目を向けていた。しばらくして、ウィルは女が去った方向とは別の方向へと足を進める。垣根に隠れたいたシンとアーシャは、ウィルの動きに合わせて移動をした。
「アーシャ、お前はすぐにホームへ戻れ。圭が危ないとレイに知らせてくれ」
シンはウィルから目を離さずに言った。アーシャは不安げにシンを見る。
「あたしがここに残った方がいいんじゃないかしら?」
「いや、俺が残る。すぐにレイをここへ連れてこい。足が速いのは、俺よりお前の方だ」
シンはちらりと目だけをアーシャに向け小さく微笑んだ。その微笑みを見てアーシャの胸はきゅんとなり、シンの胸に抱きつく。
「シン様ぁ、好きぃ」
シンは慌ててアーシャを引きはがし「急げ」と声を尖らせた。
アーシャは一瞬、不服そうな顔を見せたが、すぐに真剣な顔つきになる。
「じゃあ、すぐに戻るわ」そう言うなり、去り際にシンの頬に軽くキスをして行き、シンは露骨に顔を歪め手の甲で頬をこすり、ため息を吐いた。
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