第二話 勧誘
読んで頂き、ありがとうございます。
やっと登場人物達が動き始めます。
少し長めですが、よろしくお願いします。
静かにドアを閉めると、怒りを抑えながら大股で廊下を歩く。
(どいつもこいつもウィルを疑いやがって!)
ここは夢世界と現実界、現実界とパラレルワールドの間にある世界、レムアドミニスター。この世界は唯一、全ての時空間を行き来できる、謂わば時空の歪みの真ん中に位置する世界だ。その世界の特性から、全ての時空間の夢を管理する組織がある。それが、睡眠管理事務局。通称R A S。
レムアドミニスター内では表向き、「快適な睡眠を得るための寝具、快眠グッズを開発する会社」だが、表向きの顔は本来の姿では無い。裏側が本来の姿だ。
例えば睡眠時、無意識のうちに異世界へ来てしまった「意識」を元の世界へ帰したり、異世界で実際に経験した事を「夢であった」と記憶補正を行ったりする。
中でも組織が力を入れているのは、人間の見る夢を喰うハンター「ナイトメア」の討伐と、喰われてしまった人間のケアだ。
ナイトメアに夢を喰われると、毎晩悪夢に魘される様になる。眠れなくなり体調を崩し心の病にまで発展する。その時に見る夢は、ナイトメアの好物で他の個体まで集まりやすくなり、悪夢は更に酷くなる。そして最悪、生きる事を放棄したくなるのだ。
その最悪な事態を防ぐため、法術師と騎士が討伐を行いケアをする。それがこの組織の本来の姿だ。
青年は階段を駆け下り、エントランスホールを走り出すかのように体勢を少し前のめりにし、歩き去った。
建物を出ると、高く聳え立つシルバーの建物を見上げる。建物の最上階部分に「R.A.S」とアルファベットが並んでいる。青年はその名を一瞥すると「フン」と鼻を鳴らし建物に背を向け再び歩き出す。その足は迷う事なく近くにある公園へ向かうと、広い敷地内を忙しなく見渡し、目当ての人物を探した。
天気も良く風も強くない絶好のピクニック日和のせいか、家族連れやカップルが目立つ。
そんな中に一人、人工芝の上に片肘をつき横に寝ころびながら本を読んでいる黒髪の男を見つけ、鼻息を荒くしながら歩み寄った。
寝ころんでいた黒髪の男は突然目の前に影が出来たことに驚きもせず本から目を離し、眩しそうに青年を見上げる。
「おお。なんだ、早かったな」
男はのんびりとした口調でそう言うと、本を閉じ上半身を起こした。
青年は綺麗にセットされていた髪を掻きむしりジャケットを脱ぎ捨てネクタイを乱暴に外すと、男の隣りにどかりと座り込み、息を一つ吐き出した。不機嫌丸出しの顔で黙っている。男は青年の顔をのぞき込み、苦笑した。
「レイがそこまで怒るとなると、さしずめ、かわいい妹かウィルに関係があることか。まぁ、今回は後者の事だろうが」
レイと呼ばれた青年は、形の良い眉を片方つり上げると「まぁね」とぶっきらぼうに答えた。
「ウィルについて、何か言われたのか?」
レイは苦々しそうな顔をし、ゆっくり深く頷く。
男は「そうか」と一言いうと、小さく何度か頷いた。
レイは男に顔を向け、僅かに身体を近づけ囁く。
「なぁ、シン。『鍵』の話し、知っているか?」
シンと呼ばれた男はレイをちらりと見ると「この仕事をしていて知らない奴の方が珍しいだろう」と再び本を広げながら答えた。
「それがどうかしたのか?」
男はページを捲りながらレイに訊ねる。
「『鍵』は今でも存在しているらしい」
レイが告げた言葉にシンは素早く顔を上げ、レイの不機嫌な横顔を見つめた。
明るい亜麻色の長い前髪が顔にかかり、日に当たって金色に見える。
「上層部の奴ら、最近のメモリーレムの事件は、誰かが『鍵』を探し出そうとしてるって。その『誰か』がウィルだって決めつけてやがる。アカデミーの奴らも、メモリーレムを根こそぎ取るなんて事が出来るのはウィルくらいだという奴がいる。みんなでウィルを疑っている」
シンは小さく息を吐いた。
メモリーレムとは、その夢を見ている人物にとって忘れられない、忘れたく無い思い出が絡んだ夢だ。幸せな夢だけでなく辛い夢もあるが、その夢を消す事、奪う事は禁忌とされている行為だ。組織でも、メモリーレムには触れてはいけないとされている。それをレイが慕うウィルの仕業だと言われたら、怒るのも無理はないだろ。
「何も知らない奴ほど、言いたいことを言うもんだよ」
シンが静かにそう言うと、レイは「フン」と鼻を鳴らす。
「まぁ、上層部が疑いたくなるのも分からなくはない。メモリーレムを根こそぎ奪うのは、ハンター達では無理だ。そもそも、ハンター達はメモリーレムを回収する方法を知らないだろう」
シンは本を持ち直し再び開くと「それに」と言って世間話をするかのように続ける。
「今、起きている事件からすれば、ハンター達が普段喰う空想夢の方が可愛いもんだ」
レイは下唇を噛んでシンを一瞥すると「まぁな」と同意する。溜息を一つ吐き、上等な服が汚れる事も構わず仰向けに寝ころんだ。
「『鍵』は……本当は一体何なんだろう……。上層部が騒ぐほどだぞ……。時空間を繋ぐ意外にも何かあるのか……。なんでウィルは二千年代の記録を読んでいたんだ……?」
レイが独り言のように呟いた言葉に、シンは答えることなく本のページを捲る。
「チームを組んで、現実界の二千年代へ行けって」
シンは、まるで我関せずとでもいうように「ほぉ」と、小さく声を上げる。その反応にレイは勢い良く起き上がると、シンを睨み付けた。
「ほぉ、じゃなくて!当然シンもチームに入れるからな。準備しておいてくれよ」
その言葉に、シンは本から目を離し迷惑顔でレイを見る。
「巻き込むなよ……」
「巻き込むよ。俺の知っている優秀な騎士団員はシンくらいだからな」
次期団長と名高い親友を誇らしげに見ながら、レイは答えた。その顔を見て、シンは肩を落とす。
「他にもいるだろう……。お前を慕っている奴らは山と居る」
組織の中でも五本の指に入る腕の良い法術師だ。頭の回転も良くその見目も相俟ってレイを慕う人間は多い。
「頼むよ。シンしか居ないんだ」
隣で頼み込んでくる人形の様に整った顔を恨めしげに見つめる。整い過ぎて一見冷たそうにも見えるが、実際は熱い男だという事をシンは知っている。この真剣な眼差しは、これ以上何を言ったところで聞きそうにない。出来れば面倒なことが起こりそうな仕事は避けて通りたいのだが、と心の中でぼやく。
シンは本で口元を押さえ、レイにばれないように小さく息を吐き出した。
「他は?法術師はお前だけでも良いとして、記録士はどうする。騎士だって最低もう一人は必要だろ」
シンは本を閉じ、真剣な顔つきで訊ねる。
その言葉にレイがそっと微笑むと、周りから短く黄色い声が上がった。さっきからチラチラとこちらを見ている女性たちの声だ。レイはそれを気にする事もなく話を続ける。
「ありがとう、シン。そう言ってくれると信じていたよ」
シンは目を細め、頷いた。
「騎士は俺の部下でいいか?」
「ああ、頼むよ」
シンが自分の部下の顔を思い浮かべていると、レイは顔を輝かせながらメンバーをどうするか話し出した。
「法術師なら俺だけで十分だろう。騎士はシンともう一人か二人いればいいだろうし、記録士なら一人、目ぼしい人物が居るんだが……」
横目でちらりとシンを見る。シンは、なんだ?と言う顔をしたが、レイの言わんとすることを直ぐに察し、顔を歪めた。
「やめろ。あいつだけは。あれを呼ぶなら俺は降りる」
心底嫌そうな顔つきでレイを睨みつける。
「でも、腕は良い」
と、愛想笑いとも着かない笑顔をシンに向ける。レイが笑うと、目の前を歩いていた少女が一瞬足を止め、またすぐに歩き出した。少女の顔はほんのり赤くなっている。
シンは隣で笑顔を向ける男を呆れた様に、しみじみと見つめた。色の白い細面の顔に、僅かにつり上がった大きな二重、その中には深い緑色の瞳が輝き、真っ直ぐ筋の通った高い鼻と大きすぎず小さすぎない唇が、バランス良く収まっている。声も凛とした透明感があり、心地の良い響きを持っている。
その顔を見ていると、不意に妙案が浮かんだかのように目を見開いた。
「それなら俺も一人、法術師だが推薦したい人物が居る。法術師が二人いれば、仕事も早く片付くとは思わないか?」
シンは口角を少しあげて、心なしか意地悪く笑う。
「法術師で?」と何度か瞬きをし小首を傾げたが「まぁ、シンの推薦なら誰でも受け入れるよ」と頷いたのを見て、シンは満面な笑顔で「よし」と頷く。再び周囲から黄色い声が上がったが、シンはそれが自分に対してのものであるとは気が付いてない。そもそも自分も充分人目を引く容姿である事に彼は気付いてないのだ。
「じゃあ、一週間後でいいか?さっさと済ませて犯人はウィルじゃないと、あの狸じじぃに分からせてやる」
レイは勢いよく立ち上がると、さっきまでご立腹だった顔つきは一気に野性味溢れる美しき狩人のような顔つきになっていた。
「しかし、二千年代全部を探すには無理がある。メモリーレムがどの時代、どの国でよく消えているか調べて、絞り込んだ方が良い」
シンが立ち上がりつつそう言うと、レイは頷いて「善は急げだ」と言い微笑む。
「スカウトもかねて、今から中央記録庫へ行こう」
「本当に奴を勧誘するのか?」と、シンはあからさまに嫌な顔をしながら大きく息を吐き出し、ゆっくり歩き出した。
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