第二十四話 小波
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本日2話投稿予定です。次話は昼か夕方には……。
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圭はガレージから自転車を出し、ミユウの家に目を向けた。今日はミユウが待っていないので、おや、と思ったのだ。
出会ってからというもの、毎日のように一緒に登校していたせいか、随分と昔から一緒に学校へ通っている様な気がした。ミユウが居ないことが当たり前なのに、圭は少し寂しさを覚えミユウを呼ぼうかとも思ったが、鬱陶しがられるのも嫌だなと思い直しす。「いいお隣さん」としての、最低限のマナーだと自分に言い聞かせ、自転車に跨った。
圭が自転車で去った後、ミユウとレイはその後ろ姿を物陰から見送っていた。
「気をつけてな、ミユウ。本当に無理だけは絶対するな。すぐ救援要請しろよ?」
「大丈夫よ。お兄ちゃんは心配しすぎ」
圭からメモリーレムの香りがした話をしてから、何度かレイはミユウにレムアドミニスターへ帰る様に伝え、チームから外そうとした。更に今朝方のハンター襲撃もあり「やっぱり、帰った方が……」と再度、言い出した。それを朝から諌めるのにミユウは苦労したが、なんとかシンやアサトの言葉で渋々頷き、今に至る。
「お前の初めての仕事だというのに。こんな危険な任務で心配にならない方がおかしいだろう」
レイは心底心配そうにミユウを見つめる。ミユウは苦笑して、兄の肩をポンポンと叩く。
「じゃあ、行ってくるね」
そう言うと、小さく呪文を唱えた。
「ル・バーディス」
レイの周りを「行ってきます」とでも言うように、真っ白い小鳥が一周する。
「気をつけて」と、レイの言葉を聞くと、空高く舞い上がり、あっと言う間に見えなくなった。
「気をつけろよ、本当に」空に向かって呟くと、後ろから「大丈夫さ」と声がした。
レイが振り向くと、シンが塀に寄りかかり腕を組んで立っていた。
「まさかシンが俺の大事な可愛い妹を巻き込むとは思わなかったよ」
レイは少々恨めしい顔でシンを睨み付ける。
シンは苦笑しながらも、どこか楽しそうに言った。
「ああ見えて、アカデミーではお前の再来とか言われて、学年だけでなくアカデミー全体で最高成績だったし、首席で卒業したんだぞ?お前だって知ってるだろ。難しい陣だってすぐにマスターした。魔力も、お前ほどではないが強いし量もある。変化だって基本の鳥はもちろん、難しいとされてる小動物になれるんだ」
シンは、まるで自分のことを話すように自慢げに言う。
法術師は夢の中で、まず先陣切ってハンター達を追い込む為の結界を張る。その為、日常でよく見かける動物に変化し、夢の主やハンターに気取られ無い様にするのだ。
人間の姿のままでは、夢の主が「知らない人」が夢に突然現れ、動揺すると事もある。主によっては話し掛けて来る事もあり、それを避けるためだ。犬や猫、小鳥といった生き物は人間の生活の中では日常に溶け込んでいるため、夢の中に出て来ても不審に思われにくい。
レイも中型犬に変化をし任務に当たるが、小動物に変化する法術師はなかなか居ない。何故ならレイは試した事は無いが、小動物に変化するには、それなりの魔力量と技術も必要とされている。レイはシンの言葉に訝しげに首を傾げた。
「小動物?」
「あぁ、リスだ。シマリス」
「リス?」と、レイはそんなの俺は知らないと言いたげな仏頂面だ。
「そう。リス自体は日常に溶け込んだ生き物ではないが、どうせなるなら小動物が良いとか言ってな。夢の主に気がつられない様にって言うなら、小さい方が見つかりづらいだろってな。なかなか可愛かったぞ?」
レイは下唇を突き出し「ふうん」と返事とも溜め息ともつかない声を出した。
「俺もアカデミーの特別講師、やれば良かったな」
レイは「今更ながら」とぼやく。
「まぁ、あの頃のお前はミユウとの接点を避けていたしな。それに、あんなもの、なるもんじゃないぞ。臨時教師とはいえ、散々な目にあったしな……」
シンは口角を下げ、渋い顔をした。その顔を見て、レイは苦笑する。シンはその笑い顔を見て、そっと微笑み、自分より僅かに低いレイの頭を軽く叩いた。
「ミユウは大丈夫だ」
「あぁ。何と言っても俺の妹だしな」
「そうそう」
二人は笑い合いながら玄関へ向かった。
その様子をじっと息を潜め覗っていた人物が居たとは、微塵も気がつかなかった。その人物に声をかけられるまでは。
ーーーーー
白い小鳥は上空から自転車に乗る圭を追った。特別変な行動を起こすこともなく、圭は学校へ到着し、校舎の中に入っていくのを見届けると屋上へ向かった。人目のつかない所に降り立つと、暫くして制服姿のミユウが現れた。ミユウは鞄からブラシを取り出し、ボサボサになった髪を軽く解かす。
「よし。行きますか!」
気合いを入れるように独りごちると、校舎の中へ入っていった。
教室へ入りクラスメイトに挨拶をし、ミユウは自分の席へ向かう。圭が先に席について、机の中に教科書を入れていた。ミユウは圭の後ろを通りさり気なく香りを嗅いだ。しかし、圭からは何の匂いもしない。ミユウは不思議に思った。匂いは簡単には消えないと勉強していたからだ。
『身体についた香りは、一週間は続きます。その香りを追って、犯人を捕まえることが出来ます。メモリーレムの香りは、どんなに消臭をしても、消えることはありません……』
頭の中にアカデミー講師の声が響いた。昨日、レイも同じ事を言っていた。
(おかしいわ。昨日の今日で消えるはずがない。あの匂いは、現実界には無い香りだし……。嗅ぎ間違えたというの?)
ミユウは険しい顔つきで席に着いた。圭はミユウに気がつき「おはよう」と愛想良く言ってきたので、「おはよう」と作り笑顔で答える。その笑顔にぎこちなさを感じ取ったのか、圭は直ぐに「何かあった?」と心配そうな表情をする。ミユウは慌てて「何も。なんで?」と首を傾げる。
圭は少し考えるような顔つきをしてから答えた。
「何か、いつもと違う感じがしたんだ。っていっても、俺らは出会ってまだそんな経って無いけどね」
と笑ったが、すぐに笑顔は消えた。
深刻な顔つきで押し黙っているミユウを、圭は再び心配そうに見つめる。気のせいか、いつもよりも顔色が白く見える。
「本当、大丈夫?顔色も良くないし、今日は帰ったら?」
「ううん、大丈夫。ただの寝不足だから。心配してくれて、ありがとう」
そっと微笑むが、やはりぎこちがない。やっぱり何かあったのだろうと圭は感じたが、そっとしておくのが一番いいことだと思い、それ以上、詮索をするのを止めた。
(転校してきて慣れ始めた頃だろうし、疲れているのかもしれないし)
そう考えていると、廊下側に座る一馬に大声で呼び出された。振り向くと、一馬は嬉しそうに廊下を指さした。一馬の指さす方向を圭の視線が追うと、その先には保健医の井上沙也加が立っていた。
「二宮くん、ちょっと。健康診断の検査結果のことで話しがあるから、後で保健室来てちょうだい」
沙也加はいつもの姿と違い、白衣をきちんと着て、長い髪も後ろで一本に結んでいた。
真剣な顔つきをし、教師らしい声で「いいわね」と念を押すように言う。
圭は渋々「はい」と返事をした。それを聞くと、沙也加は顎を引いて立ち去った。
クラスが小波のようにざわつく。圭は胃の辺りに鈍い痛みを感じた。沙也加が圭に目をつけているという噂は、ここ最近ではクラス中に浸透している。現に噂ではなく、本当にそうであるのだが。圭は下を向いて小さく息をついた。目を瞑り、波が収まるのを待つ。
教室の前のドアから担任教師が入ってきて波は一瞬で静まり、いつもの日常に戻る。
ミユウはその様子を、静かに観察していた。
圭にどうやってミクロ探知機を仕掛けるかと考えていたが、その必要は無くなったと確信した。
小さな唇をきゅっと結んで、黒板を睨み付けるように真っ直ぐ前を向いて。
その目は兄同様、狩人のような目つきをしていたが、その事には誰一人、気がつかなかった。
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