第二十一話 調査
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最初に言葉を発したのはアッシュだった。
「……彼の筈は、無いです……。ミユウ、何かの間違いという事は無いですか?」
その言葉に、全員が驚きの表情で彼を見遣る。
「間違いの筈はないわ。ただ……確かに、朝は何の香りもしなかったけど……それが不思議と言えば不思議だけど……」
ミユウは今日の事を思い出そうと、視線を下ろし左頬に手を当て考える仕草をする。
朝、自転車で登校した時、圭はミユウの後ろを走っていて、香りが分からなかっただけかも知れない。しかし、自転車置き場では何も感じなかった。そんな事をつらつらと考えていると。
「アッシュ、なぜそう思うのか聞いても良いか?」
レイが鋭い視線を向け訊ねた。その瞳は相手の嘘を見抜く時の色を宿している。
「……彼は……」
と言うと、暫し沈黙が流れた。
何かを言い淀む様にも見えたが、レイはアッシュの言葉を待った。
スッと息を一つ吸い込むと、アッシュは眉間に皺を寄せ困惑した様子で切り出した。
「……二宮圭が、メモリーレムを飲めるとは思えません。現実界の人間である事は、間違い無いです。例え、加工された物を口にしたとしても、現実界の人間が口にすれば拒絶反応が出る筈です。メモリーレムを飲んで普通の状態で居られる事はまず無い。空想夢や幻想夢と違い、毒性が強い。万が一、彼が飲んでいたとして……。一口でも飲めば、下手すれば死にも至ります」
アッシュが告げたその意見には全員が「確かに」と思えるものだったが、実際に香りがしたとなると誰もがその意見に両手を上げて賛同は出来なかった。
「アッシュ、二宮圭のデータ分析を見せてくれ」
レイはアッシュの出したデータ画面を睨み付ける様に眺め、顎に手を当て考え込む。
「記憶操作された時のデータを出してくれ」
アッシュが再びキーを打ちつけ、データを出す。その後もレイはアッシュに圭のデータを細々と打ち出させたが、何度やっても同じ結果で、白とも黒ともはっきりと区別が出来ず、ついに椅子の背もたれに身体を預け、深い溜め息をついた。
ーーーーー
「今夜、二宮圭の夢に入るか」
シンは椅子に深く腰掛け、腕を組んでレイを見上げた。
レイは記録庫の二階に上がって資料を漁っている。
過去の事件で「メモリーレムを飲まれた事件」について調べているのだ。今まで何度も調べた本ではあるが「普通の人間が飲んだ」という記録はないか、改めて探していた。
しかし、どこにもそのような事件の記録は無く、この前代未聞の出来事に、どう行動を起こすかレイの頭は目まぐるしく回転していた。
小さく息をつくと開いていた本を閉じ、棚に戻した。後ろを振り向き、シンを見下ろすと「もう一度、最初から見直して作戦を練ろう」と言い、階段を走るように降りた。
五人はテーブルを囲み、これから自分たちが起こす行動について細かく話し合いを始める。
「今夜すぐに行動を起こすのは危険だろう。ミユウに香りについて指摘されて、警戒しているかもしれないからな。まずは、二宮圭の監視を強化し、彼の行動に不自然な点が無いかを調べ直そう。アッシュ、ミクロ探知機、用意出来るか?」
「えぇ、準備はしてあるので、いつでも」
その返事にレイは僅かに口角を上げる。
「では、それを彼に装着する。メモリーレムの香りの継続は一週間。期間から言って、三日前の物を服用したと考えられる。次の若潮までまだ時間はあるが、二宮圭のメモリーレムは書き換えられる。今回は自分たちが実際に動かないと、事実を知ることが出来ない」
レイの言葉にシンが頷く。
「そうだな。それに、どのくらい服用したか分からないが、今日香りがしたってことは、今夜もまたメモリーレムを飲むとは限らない」
レイは僅かに顔を歪め俯きながら「それと、」とシンの言葉に続ける。
「二宮圭の周囲に黒猫が現れていないか調べる必要もある……」
「だな。メモリーレムを奪われた直後にこれだ。俺たちが見落としている何か……。二宮圭とウィルの間に必ず何かしらの接点はあるはずだ」
シンは腕を組んで小さく何度か頷く。レイはシンの言葉に同意すると、ミユウに視線を送る。
「……ミユウ、お前本当に帰らないのか?」
その言葉に、ミユウはあからさまに大きく深い溜め息を吐きだすと「またその話?」と情けなくも呆れた声を出す。
圭からメモリーレムの香りがすると話してから、レイはミユウに「この任務から外れろ。レムアドミニスターへ帰るんだ」と言って来ているのだ。
「もぉ!さっきから何度も言ってますが、これは仕事です!私の初の長期任務!何かしら危険が付き物である事は覚悟の上で来てるって、言ってるでしょう!だから、私は帰りません!」
鼻息荒く捲し立てるミユウにレイは深刻な顔つきで「しかし……」と発すると。
「しかしも何もなぁい!!お兄ちゃん、しつこいっ!」
「し、しつこいって……」
レイは少なからずショックを受けた様に一瞬動揺を見せたが、すぐに周りのニヤついた視線に気が付き咳払いをした。
気を取り直すように、勢いよく立ち上がりメンバーを見回した。
「わかった。では取りあえず、学校の方はミユウに任せる。俺たちはこの地区周辺を徹底して調べ直そう。どんな些細な事でもいい。疑問や違和感があれば全て記録に残す」
その場にいた全員が黙って頷いた。
ーーーー
トイレへ向かおうと記録庫を出た時だった。
「アッシュ」
振り向くとシンが腕を組んで壁に寄りかかり、こちらを見ている。
「シンさん。どうかされましたか?」
「お前、俺たちに何か隠してないか?」
「何か……とは?」
「レイがお前を追求しなかった所を見ると、嘘は言って無いんだろうが、二宮圭について何か隠してる事がある様に俺には見えたんだが……?」
アッシュは顔色一つ変えず、視線を逸らすことも無くシンを真っ直ぐに見つめる。
「僕はデータ分析の結果を事実として述べただけです。現実界の人間であるなら、メモリーレムをそのまま口にする事は出来ない事くらい、シンさんもご存知でしょう」
シンは鋭い瞳をそのままに、黙ってアッシュを見据える。微動だにしない人形の様なその顔からは何の感情も読み取れない。無表情のまま真っ直ぐシンの瞳を見返す紫の瞳の奥を見る。揺らぎはない。
暫し沈黙が流れて、シンは息を吐き出し「そうだな」と言って視線を逸らした。
「疑って悪かったな」
「いえ……」
アッシュは自分の前から立ち去るシンの背中を無表情に見つめ、その背中が見えなくなると、小さく息を吐いた。
首から下げているネックレスの陣にそっと触れ、すぐに手を離すと廊下をゆっくり歩き出した。
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