第二十話 標本
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ミユウは記録庫のドアを勢い良く開け息を切らし、室内を見渡す。
「アッシュ!どこ?」
「ここですよ」
ドアの上から声が降ってきた。ミユウは数歩室内へ入ると、声がした方向へ顔を上げる。
アッシュは三階の手摺りから身を乗り出し、ミユウに手を振った。
「おかえりなさい、ミユウ」
「アッシュ!」
アッシュはミユウの只ならぬ表情を見て、顔を曇らせた。
「どうかされたのですか?」
「ねえ、アッシュ。記憶を……メモリーレムが放つ香りのサンプル、ある?」
ミユウは真剣な面持ちで真っ直ぐアッシュを見上げる。
アッシュは何度か瞬きをすると「はい、ありますよ」と言って軽やかに階段を降りて来た。隣の続き部屋の扉を開けて入って行く。
隣の部屋はアッシュの実験室になっていて、どんな実験をしているのかミユウは良く知らなかったが、レムアドミニスター内ではアッシュの研究はかなりの評価を得ている。
暫くして、ガラス製の標本箱を大事そうに持って、いつもの席に着いた。ミユウはアッシュの隣りに座り、じっとアッシュの手元を見つめる。
アッシュがガラスの蓋を開けると、中には四つの四角い箱が入っており、そのうちの一つを取り出しミユウに手渡す。片手に収まる程度の小さな箱を、ミユウは大事そうに受け取った。
「そちらが、メモリーレムの香のサンプルです」
ミユウは静かに蓋を開け、顔を近づける。
最初に鼻を掠めるのは甘さのある香りだが、次第に清涼感のある香りが押し寄せる様にやってくる。目を瞑り匂いを嗅ぐと、炭酸水の中に浸っている様な感覚に陥る。
その様子をアッシュは困惑顔で見ていた。
ミユウは静かに蓋を閉め「ありがとう」と言ってアッシュに手渡した。アッシュは黙って受け取ると、静かに箱の中にしまいながら、ちらりとミユウを見る。
「ミユウ、一体どうしたのですか?」
アッシュの顔を真っ直ぐ見つめるその顔は、兄に良く似た厳しくも凛とした美しい表情。
「アッシュ、みんなを呼んで」
アッシュの通信により自室に居たレイが直ぐにやって来てた。レイは無精髭を綺麗に剃り、睡眠と食事を取ったのか、朝よりも血色が良かった。
外出していたシンとアサトは三十分ほどで記録庫へ戻って、ミユウは記録庫に全員が揃った姿を見渡し、アッシュに「みんなにもメモリーレムの香りを」と、嗅がせるよう促した。
最後に香りを嗅いだレイが、箱をそっとテーブルの上に置くと、黙ってミユウの顔を見た。その顔は鋭く美しい。生気が漲る狩人のようだ。ミユウは一息つくと、凛とした声で言った。
「今日、これと同じ匂いを嗅いだの」
男四人は「え?」と驚きの声を発し、同時に質問し出した。
「一体どこで!?」シンは目を大きく見開く。
「いつ!?」アサトがミユウの腕を取った。
「誰からだ!」レイが鋭い声で訊き、身を乗り出す。
「詳しく教えてください!」アッシュがキーを打つ姿勢を取る。
「待って、同時に言わないで。ちゃんと話すから!」
詰め寄るように問いかける男性陣に、ミユウは大きな声で制した。
「まず、場所は学校よ。朝のホームルーム。匂いを発していたのは……」
「発していたのは?」四人は息を飲みミユウの顔を見る。
「二宮、圭」
その名を聞き、全員の表情が驚きと共に一気に強張った。
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