第十四話 黒猫
読んで頂き、ありがとうございます。
今回は、プロローグの話を回収します。
よろしくお願いします。
玄関に入った途端、ミユウが強張った表情で立ち尽くすのを見て、アサトはミユウの横顔を覗き込んだ。
「どしたの、ミュウちゃん。圭くんに何かあった?」
「おかしいの」
アサトは「ん?」と眉を下げ、困った顔で首をかしげた。
「どう、おかしいの?」
ミユウはアサトの質問に答えず、くるりと向きを変え、記録庫へ走り出した。
「あ!ちょっ!ミュウちゃん!?」
アサトは慌ててミユウの後を追った。
記録庫のドアを勢いよく開けると、レイとアッシュがテーブルの上に書籍を山積みにし、何やら真剣な面持ちで話しをしていた。
「お兄ちゃん!」
ミユウは勢いよく二人の元へ歩み寄り、楕円形のテーブルに、ばん、と両手をついた。
椅子に座っていたレイとアッシュは少々驚いた顔でミユウを見上げる。
「どうした?」
レイは妹の顔を不思議そうに見上げる。
「昨日、ここで行った圭くんのメモリーレム、細かい設定って無かったわよね?最小限の設定だけのはずよね?」
ミユウは鼻息荒く、目を見開き兄を見た。
「ああ、記憶はそんなにいじってはいけないからな。最低限のことだけしか行っていないが……って、まさか……また修正されたのか!?」
驚きながら答えると、ミユウは「どうなってんの!?」と大声を上げ、三人は口を開けてミユウを見つめた。
ミユウは圭が家の前で話したことを三人に話して聞かせた。
「学校で彼を観察していたけれど、少なくとも昼休みまではおかしなところは全く無かったわ。朝だって平気だったのに……」
それからのアッシュの行動は早かった。素早くキーを打ち、圭のデータを見る。
そして「どうなっているんだ?」と囁くように言ったが、その声には熱が込められており、アッシュの様子を見ていた三人の耳にしっかり入ってきた。
「どうした?」とレイが鋭く聞く。
「これ、見てください」
アッシュは全員に見えるようにデータ画面を拡大させる。画面はスクリーンの様になって、宙に浮いた。
レイは圭のメモリーレムのデータを見た瞬間、その目を見開いた。
「今度は書き加えられている……」
その言葉を聞いたミユウとアサトは顔を見合わせた。
「それも……」
アッシュは言いずらそうにミユウを見て言った。
「ミユウが目を離している時間と思われます……」
「え?」
「……昼の十二時半過ぎです……」
「お兄ちゃんと通信して、教室に戻ったときには寝ていなかったわ。でも、そのあと寝ようとしていたけど、三分足らずでクラスメイトに起こされていた。書き換えるにしても、三分では細かい設定は無理でしょう……?」
「三分……か」
四人が押し黙って居るところに、記録庫のドアが開いた。
「おお、二人とも帰ってたか」
四人は一斉に声の主を振り向く。
「シン」
シンは目を見開き「なんだ?」と四人の顔を見回した。
シンはレイの後ろに立って画面を眺め「ほお」と小さく声を上げた。
「どういう事だと思う?俺たちが書き加えたものについては、現実界の人間には変更は出来ないはずだ。なのに、この二宮圭には出来ている。しかも、たった三分で」
レイは後ろに立つ背の高い男を見上げた。
シンは画面を見たまま「ふうん」と鼻を鳴らし、下唇を突き出す。そして「もしかしたら」と口を開いた。
四人はじっとシンの言葉を待つ。
「俺たちの他に、この地区に別のチームが来ているとか?それなら、三分でも不可能ではないだろう」
その言葉に四人はキツネに抓まれたような顔でシンを見た。その顔を見回し、シンは何てことはない、という顔をし肩をすぼめる。
「可能性としては、十分あり得る話しだ。なんせ、今回俺らの任務は、ほぼ極秘みたいなもんだしな。俺らが来ていると知らない、あるいは気がつかない鈍感チームは居るだろうな」
「でも、そうだとしても、僕が書き加えたデータだと言うことは記録士なら気がつくはずです。それに、僕であっても三分でミユウが言うほどの細かいデータを組み立てるのは難しい……」
「しかし、もし、俺の推測が正しければ、昨日のことも頷ける。予め組み込むデータを作っておけば、三分でも余裕だろう」
シンは腕を組んで横目でアッシュを見た。
「彼のデータだけ変更したと言うのですか?何のために?変えるのであれば、この地区全体を変えるでしょう?」
アッシュは戸惑った顔でシンに意見する。シンは耳の後ろを人差し指で掻きながら、面倒臭いと言わんばかりの顔で「まぁな」と返事をした。
五人はそれぞれの考えをまとめるかのように押し黙った。しばらくして、レイが顔を上げ沈黙を破る。
「取りあえず、二宮圭については後でじっくりデータを検証しよう。今日は何か他に収穫はあったか?」
アサトは、はっと思い出したように「はい」と勢いよく答えた。
「僕が通い始めた学校の教師の話しなんだけど」
そう言うと、アサトが話しを始めた。
「最近、メモリーレムが消えたと思わる人物が一人。彼には婚約者が居たんだけど、三年前に突然の病気で亡くなった。もともと明るい教師で、生徒にも人気があったらしいんだ。でも婚約者を失った後、その教師は笑うことも無くなって、生徒とも距離を置きだした。人との距離自体を取っていたって。毎日、与えられた仕事を黙って淡々とこなしていたんだ。でも、一週間前に、いきなり何もかも吹っ切れたかのように学校へ来た。婚約者が亡くなる前のような明るさで生徒に接し、他の教師達とも以前のように接しだした。みんな、とうとう壊れたのかと思ってる見たい。それで、今日は彼の周辺を探ってみたんだけど、婚約者の記憶を一切なくしてる事が分かったんだ」
アサトの話を聞き終え、シンが「なるほど」と呟き「俺もちょっと興味深い情報がある」と言った。
「アッシュに調べてもらったデータを元に、この近辺でメモリーレムが消えている人物の付近を調べてみた。それで分かったことが、一つ。どの人物にも共通して、ある生き物が目の前に現れ、いつの間にか消えている」
「ある生き物?なんだそれは?」
レイが眉を顰めシンを見上げると、シンはレイの隣りに腰掛け、神妙な面持ちで全員の顔を見回した。
そして低い声で一言発した。
「黒猫だ」
シンの言葉を聞き、それぞれが驚き息を呑んだ。
レイは両肘をテーブルにつき、組んだ手を口元に当て目を閉じた。
「黒猫はウィルの得意変化だ」
シンは静かな声でそういうと、ミユウは戸惑いながらも意見した。
「でも、たまたまかもしれないじゃない……。黒猫なんて、案外、沢山いるのかも」
「メモリーレムを失っている人物の全員がたまたま黒猫を数日間飼っていたというのか?偶然にしては出来過ぎだ」
ミユウはシンの言葉に何も言い返せなかった。
机の一点をじっと見つめていたアサトは、顔を上げ真剣な面持ちでシンを見た。
「シンさんが調べてきた人のリストって、今ありますか?」
シンは「ああ」と言うと、ジーンズのポケットから小さく折りたたんだ紙を取り出し、机の上に広げた。
アサトは紙を引き寄せ、素早く目を通す。四人が黙ってその様子を見ていると、アサトは四人の顔を見て小さく頷いた。名前が書かれた紙の一番下を指さし、四人の前に差し出す。
「この人、今さっき僕が話した教師」
四人は紙に目を落とす。
「作戦会議を始めよう」
レイは凛とした声で言った。
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