第十話 虜囚
今回、後半に暴力的表現があります。
苦手な方は回避をお願いします。
では、よろしくお願いします。
黒いドアの前に一人の男が立っていた。
男は胸ポケットから小瓶を取り出し痛々しくそれを眺めると、キュッと握り目を瞑った。
小瓶を再び胸ポケットの中へ戻し、黒いドアを一瞥する。その顔は面を被ったように無表情だ。男はそっと腕を持ち上げ、ドアを三度ノックする。
「入れ」
中からの返事を聞くと、男はドアを静かに開け、部屋の中に入った。
室内は煙草の煙で充満し、日の光がその景色を幻想的に見せる。
窓際に置いてある真っ赤なソファーの上に横たわるようにして水煙草を吸っている女が一人。
肩が大きく開いた黒いマーメイドラインのドレスを着た女は、部屋に入ってきた男を横目で見て小さくほくそ笑んだ。
「どうした、冴えない顔をして」
低く、ねっとりと身体にまとわりつくような声。逆光で男からは女の表情は見ることは出来ない。しかし、女がどんな表情をしているのかなど、男には興味がなかった。
男は何も答えず部屋の左隅を見た。大きな鳥籠の中に、何匹もの色鮮やかな鳥が翼をばたつかせ鳴いている。男は微かに眉を顰め、鳥籠から目を逸らし、スーツの胸ポケットから小瓶を取り出した。横目でそれを見ていた女は僅かに目を見開いたが、すぐにまた目を逸らし身体を起こした。
綺麗に縦ロールが巻かれたブロンズ色の長い髪を軽く払いのけると、水煙草を吸う。大胆にスリットの入ったスカートから細く長い足が投げ出され組まれた。
「今日はどんな夢だい?」
女は少し前屈みになると、組んでいる足の上に肘を置き、手の甲に顎を軽く乗せ、目を細めて男を見た。その表情は涎を垂らさんばかりに舌なめずりし、獲物を狙う肉食動物のようだ。
男は静かな声で「解放を」と、短く答えた。
女は一瞬、目を見開いたが、直ぐに「ふん」と鼻で笑い、身体をソファーの背もたれに預けた。
男から顔を逸らし、再び水煙草を吸うと「もう術が解けたのかい」と、煙を吐きながら呟くように言った。
「何のためにこんな事をさせている」
「これだから、あんたみたいな法術師は厄介なんだよ」
「交換条件だったはずだ。彼らを解放する代わりに、私がここに残り『鍵』の在処を探し出す」
男の声は、興奮による熱は込められておらず、無感情にすら聞こえる冷たさだ。
女は口元を歪め「ふん」と、男を見下すように鼻で笑った。
「私はお前に『瞳』を与えた」
男は黙って左右異なる色の瞳で女を見る。
「いいかい?その『瞳』は『鍵』を捕るために大事なアイテムなんだよ。私はお前に力を与えた。『瞳』に対するそれなりの礼があっても良いだろう。こやつらを解放するには、それなりの礼を私に持って来ればいい話だ」
水煙草がぼこぼこと音を立てる。
「私に術を掛け操り、夢を持って来させる。それはお前の言う礼に値する物ではないのか」
少し熱を帯びたはじめた声に、女は声を上げて笑い「足りないくらいだよ」と、言い捨てる。
「お前はその『瞳』の価値が分かっていないようだね」
女は鳥籠を一瞥し、椅子から立ち上がったかと思うと、瞬き一回ほどの早さで男の目の前に立ちはだかり、男の手から小瓶を奪っていた。
女は嬉しそうに顔を綻ばせる。次の瞬間、男の髪を掴んだ。年齢不詳の整った女の顔が、男の顔に近づく。
「術が解けていようが、効いていようが、結局お前は私に逆らえない。なぜか分かるか?その『瞳』だよ。お前はその『瞳』を欲した。私の下僕になると、契約を交わしたということさ」
女は目を見開いた。金色に光る瞳。女がゆっくり瞬きする。開かれた瞼の奥にある瞳孔は、蛇のように縦に細く、妖しげな光を放つ。
男は素早く目を閉じ言葉を発したが、女が発した言葉の方が、男の発した言葉と目を閉じるよりもコンマ数秒早かった。
男は防衛に間に合わなかった。
「こやつらの解放を望むのならば、早く『鍵』を見つけ出すことだ」
女は男の髪から乱暴に手を放した。
男は朦朧とした目つきで、ふらつきながらドアに背中を預けたが、直ぐさま体制を整えるようにして膝をつく。
女は指先で男の顎を上げる。
「ウィル、お前は私の言うことを聞いていれば良いんだよ」
と言い、乱暴に顎から手を放した。女の長い爪が男の顎を翳め、薄っすら血が滲む。
ウィルと呼ばれた男は頭を下げ「ヴァーミラ様の仰せのままに……」と静かな声で答えた。
ヴァーミラと呼ばれた女は、その様子を横目で見て口元だけ微笑んだ。そして小瓶の蓋を開けると、一気に中身を飲み干した。
ヴァーミラは蛇のような目を見開き「これは、なかなか」と呟き満足げに微笑む。
籠の中の鳥たちが一斉に大きな声で鳴き、翼をばたつかせた。煙に覆われた室内に羽毛が舞った。
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