第九話 変更
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ドリームハッカー達が仕事を始めます。
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「気になった?何が?」
シンは先を促すように訊くその瞳が、鋭さを増した様に見える。
圭は小さく息を吸うと「この家自体がです」とはっきりした声で言い、顔を真っ直ぐ上げた。その顔は、さっきまで脅え、申し訳なさで一杯だった表情とは一変し、真剣な顔つきだった。
「俺、結構、記憶力には自信があるんです。俺の記憶では、今朝までこの家が建っている場所は空き地だった。今朝、近所の犬が空き地で遊んでいるのも見たし……。さっき、その犬がすごく吠えていて……。それで思い出したっていうか……」
圭がそこまで言うと、圭以外、全員が目を見合わせていた。その顔には少なからず驚きの表情が見てとれたが、圭は気にせずに話を続けた。
「確かめに来たんです。自分の記憶と、現実を。本当は、瀬川さんに聞けば何か自分で納得するかなと思って。それで、ここへ来て。玄関が開いていて……悪いと思いながらも、つい、好奇心に負けて入ってしまい……」
圭は再び罰の悪そうな顔で俯く。
「記憶が戻ったというのか?」
シンが呟いた。
レイが「アッシュ」と声をかけた。圭はふと、アッシュに目を向けた。アッシュの目の前にはいつの間にかコンピューターらしき物が現れていた。作りはノートパソコンの様な形に見えたが、画面の部分が青緑のスケルトンになっていて、アッシュの上半身や後ろにある書棚が見て取れ、圭は首をかしげた。先ほどまでテーブルの上にはミユウが持ってきたグラス以外、何もなかった。……はずだった。
アッシュは真剣な面持ちで何かを素早く打ち込む。
「はい……。ちゃんと変更出来ています。完璧に」
と、画面を見ながら答えた。
「じゃあ、どうして?自己修正したってこと?」
アサトがテーブルに身を乗り出して訊く。
アッシュが再びキーを打つ。結果を見たアッシュは真剣な顔から一変、「あ」と声を上げ、驚きと困惑が混ざった顔で画面を見ていた。
「本日、二度データ消去がされています。一度目は……ミユウ、朝、彼に術を掛けてますね?」
質問を受けたミユウは「え、ええ……その……朝、ちょっと見られちゃたから……」と、兄をチラッと見ながら小声で言う。その兄は一瞬ミユウをギロリと睨み付け、すぐに大きな溜め息を吐き出した。
「ミユウが掛けたものが、昼に消去されています。そして、僕がこの地域一帯に掛けたものが、先程……三十分前に消去されています」
アッシュの報告に、一同が呆然とした表情で黙り込む。
「こちらから入れた変更ですし、自己修正自体こちらでデータ解除しない限り出来ないはずなのに……」
「どういう事だ?」
レイはそう呟くと、口元に人差し指を当てて何か考えはじめた。
「あの……先ほどから何を話しているんですか?俺の話、聞いてもらえてます?」
圭は恐る恐る発言した。四人の男は、一斉に圭に視線を送る。圭はビクつきながらも見返した。この際、思ったことを全て話してしまえと思い、早口で立て続けに疑問を投げかけた。
「あの、俺からも質問良いですか?この家、一体どうやって半日でここに現れたんですか?それって、さっきから皆さんが話していることと関係してます?それに、不法侵入しておきながら何ですが、この家、おかしいですよね?俺が記憶している敷地の大きさ、この家を外から見たときの広さとは明らかに違う。しかも、部屋数が尋常じゃない。何でですか?皆さんは、俺に誰だと聞きましたが、皆さんこそ、一体何者ですか?」
圭は言い終わると、肩で息をした。運動したわけでもないのに、短距離を全力で走ったような気分だ。心臓は早鐘を打ち、息づかいが細かい。その様子を見たアサトが、圭の側に近寄り「まあ、落ち着いて。一旦、座ったら?」と、圭の両肩に手を置いた。アサトは力を入れていた分けでもないのに、圭はすとん、と椅子に腰を下ろした。ほんの一瞬だけ、全身の力が抜けたような感覚に、圭は戸惑った顔で自分の両足を見たり、身体を触ったりした。
「どうする?」
シンがレイを見て訊ねる。
レイは腕を組み真っ直ぐ圭を見つめ、暫くして再び「アッシュ」と声をかけた。
「彼だけもう一度、『変更』してみてくれないか。この場で」
「「「「この場で?」」」」
レイの言葉に、圭以外の住人が驚きの声で同時に言った。
「この目で確認したい」
レイは相変わらず圭を真っ直ぐ見ている。圭も負けじとミユウの兄である美青年のレイを見返した。
アッシュはレイと圭を交互に見て「了解」と返事をした。
アッシュは席を立つと、書棚から迷いもなく一冊の本を手にして席に戻った。
「今度は直接、彼のリーディングブックに刻んで見ましょう」
アッシュは本を閉じたまま「リ・エディラル」と一言、呪文を唱えた。本は徐々に光を帯び、本の姿から球へ変化した。と、同時に、圭はテーブルの上に倒れ込むようにして俯せた。
ーーーーー
「圭?居ないの?けぇいぃ?」
圭は「うぁい」と、言葉にならない声で返事をした。重い瞼を無理矢理開ける。ぼんやりしながらベッドの上に起き上がると、机の上に置いてある時計を見た。学校から帰ってきてから、三十分経っていた。疲れてベッドに横になり、そのまま寝てしまっていたらしい。
圭は大きく伸びをして、窓の外を見た。
間もなく夕焼けに変わる空色。圭は夕焼け空の時間帯が好きだった。茜色と群青色が交わる頃、一番星が現れる。その色が一番綺麗だと感じるのだ。
「けぇいぃ?」
下で母親の塔子が呼ぶ。
圭は小さく息を吐き出し、部屋を出て一階へ下りた。台所へ行くと、塔子は大張り切りで夕飯の支度をしていた。
「お父さん、今、東京駅だって。もうすぐね」
鼻息を荒くして塔子が言う。
「そう。じゃあ、俺、駅に迎えに行こうか?どうせ、またすごい荷物だろうし」
「うん、お願い」
「うん」
圭は自転車の鍵を取ると、玄関に向かい靴を履いた。
「気をつけて行ってきてね」
塔子が台所から顔を出して声を掛ける。
「うん。行ってきます」
「いってらっしゃい」
玄関を出ると、ガレージに行き自転車を道路に出した。
自転車に跨り、駅に向かおうとしたとき、ふと隣の家を見た。緑に囲まれた洋館の窓から、ほのかに明かりが漏れている。
(相変わらず、日本には不釣り合いな家だ)
「こんにちは」
ロンを連れた婦人がにこやか挨拶をしてくれる。ロンが尻尾を振って圭に近寄ると、その頭を撫でてやる。
「あ、こんにちは。ロン、夕方の散歩か。良かったな。またな」
ロンと婦人が去った後、自転車を漕ぐ足に力を込めた。電灯を付けて走らせる自転車は、それなりに力がいる。一漕ぎ一漕ぎ、徐々にスピードを上げ、駅に向かった。
「どう?」アサトが囁くように訊く。
「行った」シンが短く答える。
「大丈夫そうでうすか?ワンちゃんにも今回掛けて見ましたが……」アッシュが不安そうに訊くと。
「今度は大丈夫だ」安心したようにレイが答えた。
「なんでさっきは駄目だったの?」ミユウは四人の顔を見回した。
四人はそれぞれの顔を見回し、ミユウを見ると、首をかしげ「さぁ……」と、声を揃えた。
五人で首をかしげていると、突然アッシュが「あ」と声を上げた。
「どうした?」とシンが訊く。
アッシュは、首から提げている陣を模ったペンダントを手に取り見つめ、言った。
「みなさん、お仕事の時間ですよ」
群青色に変わりつつある空には、一番星が現れた。
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