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プロローグ 〜漠〜

訪問いただき、ありがとうございます。

異世界から現実世界へ来た「夢処理人」達が活躍するローファンタジーです。

よろしくお願いします。


ー睡眠ー


 私たち人間は、一晩にレム睡眠を四~五回繰り返している。レム睡眠とは、「夢」を見るための大切な「睡眠状態」の事を言う。レム睡眠時、身体は麻痺状態だが、頭の中は覚醒時同様、目まぐるしく働いている。

 朝起きて妙にだるかったり、痣が出来ていたり、いつもより気分がすっきりしていることはないだろうか?

 それは、あなたが「夢」を見ていたと思っているだけで、実際、「体験」していることなのかも知れない。そして、その「体験」を、つまり、その「夢」を覚えていないのは、「彼等」があなたの「夢」の中にも現れているからなのかも、知れない。


 


***************




 誰もいない桜並木の真ん中で、桜の花が舞い散る様子を一人の男がぼんやりと眺めていた。男以外、誰もいない。何の音もしない。

 男はゆっくり顔を上げ、桜の木々の間から見える青い空を眺めた。雲一つ無い、よく晴れた綺麗な空だった。


「……あい……」


 男は空に向かって、小さく呟く。その瞬間、下から突き上げるような突風が吹き、桜の花びらは空に向かって舞い上がった。


(……弘樹……)


 頭の中に響く声に誘われるかのように、弘樹と呼ばれた男は、空に向けていた視線を桜並木に移した。

 並木道の真ん中に、真っ白いワンピースを着た女が立っている。日の光が女を包み込む様で眩しい。顔はよく見えないが微笑んでいる事を弘樹は知っていた。女に優しく微笑み返す。柔らかくウェーブのかかった色素の薄い女の長い髪が、静かに風に揺れる。

 女に近づこうと一歩足を踏み出したと同時に綺麗な桜並木は一瞬で消え去り、目の前には慌ただしく走り回る看護師と医師がいる。


「退いてください!」


 弘樹は看護師に押され、壁に背中を打ち付けた。そこは病室の中。


「心肺停止!心臓マッサージ!」


 看護師が大声で数を数える。

 呆然としながら、ふらつく足で近くにいる看護師の隣に立つ。

 身体中に管をつけた女がベッドの上に寝ている。医師と看護師が何かを叫んでいが、弘樹の耳には届いていない。


「あい……あい!」


 ベッドに寝ている女の元に近づこうとしたが、隣にいた看護師に止められた。


「離れてください!」


「あい!あい!!放してください!彼女は僕の婚約者なんです!」


 前に進もうと踠くが、看護師の力は思いの外強く、前に進めない。


「あい!」


 叫ぶと同時に、ふと身体が軽くなる。

 今度はコンクリートに囲まれた薄暗い部屋にいた。

 目の前には線香が一本立っていて、その奥には白い布を被せられベッドに寝ている人物がいる。手を伸ばし、顔にかけられた布を捲ると、真っ白い顔で眠るように亡くなった恋人。涙が頬を濡らしていたが、拭こうともせずそのままにしていた。


「あい……もうすぐ、退院できたのにな……」


 恐る恐る手を伸ばし、あいに触れようとした瞬間、彼女は消え、弘樹は真っ白な世界に立っていた。左右を見回し、白い世界をぼんやりと眺める。

 どこからともなく男の声が響く。


「こんなに悲しい夢を見続けて。さぞかし辛かったことでしょう」


 弘樹は流れる涙もそのままに、素早く辺りを見回した。

 どこまでも続く、ただただ真っ白な世界。そこには弘樹意外、人はおろか何も存在していない。


「でも、安心してください。今後はこのような辛い夢は見なくて済みます」


 後ろを振り向くと、いつの間にか数メートルほど先に真っ黒いスーツを着た男が立っていた。帽子を深く被っていて、顔が見えない。

 男はスーツ以外に、シャツもネクタイも靴も被っている帽子も手袋も全て真っ黒だった。ただ、手に持っているステッキの枝だけが銀色で妖しい光を放っている。

 弘樹は男を訝しげに見つめ「誰だ、あんた」と言った。


「私ですか?私は……そうですね、所謂『獏』とでも申しますか……」


「獏?」


「そう。現に、ここはあなたの夢の中ですからねぇ」


「俺の夢……?」


 男はにっこり微笑みながら被っていた黒い帽子を脱いだ。

 少々長い真っ黒な髪がふわりと男の顔を隠す。男は顔にかかった前髪を軽く掻き上げた。髪の下から見せたその顔は、好青年の笑みを浮かべている。太すぎず、細すぎない形の良い眉の下には、優しく微笑む瞳。すっと筋の通った鼻梁に形の整った唇。同性でも好感が持てる、美しいが男らしく整った顔つきだ。

 少々驚きながらも男の顔をじっと見つめた。失礼なほど見つめる弘樹をお構いなしに「獏」と名乗った男は淡々と話を進めた。


「ええ、ですから、安心してください。あなたのこの辛い夢も、今夜からは二度と見ることも無くなります。二度と魘される事もありません」


 そう言うと、男はいつの間にか弘樹の顔の目の前に来ていた。驚いて尻餅をつきそうになったが、男が素早く弘樹の腰に手を回し、身体を支える。

 驚きながらも身体を反らし男の腕から離れ、自分の身体を確かめるように触った。夢のはずなのに、確かに触られた感覚があったのだ。

 男は一歩ずつゆっくり笑みを絶やさず再び弘樹に近づき、柔らかな声色で話す。


「大丈夫です。怖がる必要はありません。痛くも何ともありませんよ。私の左目をただ見つめるだけでいいのですから」


 そう言うと、男の笑顔がふと消えた。

 見開かれた男の瞳は左右別の色を持っていて、右目は深い海の底のような青色。左目は右目とは対照的な太陽の光のように輝く金色。

 男は弘樹に顔を近づけ「よぉく見てください」と囁く。心地の良い、低い声。

 見入るように男の金色に輝く瞳を見つめた。

 男の声が遠くに聞こえる。


「目が覚めれば何もかも全て忘れ、新しい『あなた』が待っています。こんな辛い過去とはもうお別れしましょう。あなたはもう、自由だ」


 男の透き通るような声に、弘樹は心ここにあらずという顔でゆっくり頷いた。男は何かを呟いたが、聞き取ることはできなかった。

 男の瞳を見つめてから数秒後、弘樹の額から青とも緑ともつかない色をした卓球ボールほどの大きさの球体が浮かび上がる。

 男はスーツの胸ポケットから手の平に収まるほどの小さな瓶を取り出すと、蓋を開け素早くその球体に近づけた。球体は小瓶に吸引されるかのように形を変え、中に収まる。

 男は小瓶を近づけたときと同じような素早さで蓋を閉めると、スーツの胸ポケットにそっとしまった。

 弘樹は視点の定まらない顔で、ぼんやりと真っ白い世界を見つめている。


「さあ、新しい朝の始まりですよ」


 男はそう言うと、左手の手袋を外し、弘樹の目の前で指をぱちんと鳴らす。


 目を開いたと同時に目覚まし時計のベルが、けたたましく部屋中に鳴り響く。目覚ましのベルを止めると、何やらいつもとは違う、すっきりした目覚めのような気がした。


「……何か、不思議な夢を見ていたような……」


 弘樹は少し首をかしげ、ぼんやり考えた。不思議さと、もう一つ。何かとても大事な「何か」を忘れてしまった様な気がした。考え込んでいる弘樹の膝の上に、黒猫が座り込んだ。昨晩、雨の中ずぶ濡れになってマンションの前で震え、蹲っていた猫だ。飼うつもりはないが、あのまま放っておく事が忍びなく、部屋に連れてきたのだ。きっと誰かに飼われているのだろう、人懐っこく、風呂に入れるときも大人しく、とても利口な猫だった。黒猫は「みゃあ」と一声鳴くと、弘樹の手に顔をすり寄せてきた。弘樹は黒猫を抱き上げ、顔を見る。黒猫の瞳は、左右違う色をしていた。青い瞳と、金色の瞳。黒猫の瞳を見つめていると、何かを思い出せそうな気がしが、黒猫はまた一声「みゃあ」と鳴き、弘樹は溜め息と笑いが混じったような息を漏らす。「まあ、いいか」と、ベッドから出た。


「朝飯食べたら、今日は自分の家に帰るんだぞ?」


 黒猫にそう言いながら、カーテンを開けると、眩しい朝日が部屋中に差し込んできた。


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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